本編10万PV記念、7斥候少女の裏話1

ex7−1 斥候少女の休日

「今日も?」

「うん、ちょっとね〜」

 もう慣れたやり取り。

 パーティの休日には、いつも彼女は出かけていく。

 冒険者やっている人なんて事情の1つや2つ抱えている物だ。お金が必要なんていうのはよくある事。疲れを次の冒険に持ち込まないなら、彼女が人足系の仕事をどれだけ熟しても、私達が口を出す所ではない。

 本気で隠そうという気がないのか、ちょっと間抜けなだけか。彼女は活動履歴を非公開にしていないので、彼女が何をしているか知るのは簡単だった。


 今の私達は「疲労をとる1日」「自由に過ごす1日」「探索準備をする1日」の3休を挟むのが通例だ。普通の人間は獣人やドワーフと違って疲労が残るので、短縮できるとしても真ん中の1日だけ。

 無茶を重ねて冒険して、体調を崩しては元も子もない。

「……しかし、余暇時間を削ってしまっては、それぞれやりたい事が出来なくなるだろう?」

「私達は『冒険狂』などではないからな」

 リーダーと盾の人が言う。

 私達にとって冒険は、生きる為の手段の1つ。十分な蓄えあるなら、才能獲得の為に普通の修行をするべきだ。それが出来ないから、私達は「1日の自由時間」を確保している訳で。

 事情を明かさない彼女1人の都合の為に、全員の未来を犠牲にする事は出来ない。

 至極当然な判断だった。


 ◇◆◇


 思い返してみれば、私が家を出た理由なんてただの幼稚な反抗心だ。

 人形でい続ければ、私は何不自由なく一生を過ごせただろう。

 親の決めた相手に嫁ぎ、その人の命令に従って生きる玩具おもちゃ


 苦労も悩みも知らない人形であり続けたら……。

 私は、皆に出会えなかった。

 だから私は、後悔なんてしない。

 私ができる仕事なんてたかが知れているけど、いつか彼女が私達に助けを求めて来たとき、少しくらい力に成れるくらいには、貯金を頑張ろう。

 誰に強制されるでもなく、私の自由意志で。


 そんな決意を胸に抱いて翌日。

 自由時間の日。私はギルドに足を運ぶと、いつか見た少年に遭遇した。

「お」

「……」

 名前も知らない相手だ。一応、恩はある。けど、素直に感謝する気にもなれない。

 だから、彼が歩み寄って来ても、私からは何も言わなかった。

「久しいな」

「……殆ど初対面」

 私が彼に何かを言ったのはこれが初めてで、気軽に挨拶をする様な仲ではない。

 そんな私の非難は、通じなかったらしい。

「まぁ、そう邪険にしないでくれ。何なら、酒の一杯くらいおごるぞ?」

「……いらない」

 法的な制約は無くても、「酒は子供が飲む物じゃない」という通念はある。

 だから、彼の言葉は、私を1人の女と認めてくれているという事だ。いつも子供扱いされてばかりの身としては、一瞬頷いてしまいそうになるくらいには、嬉しい言葉だった。

 それでも、見ず知らずの男の誘いに簡単に乗る程、私は軽く無い。

 否を示した私に、彼は軽く肩を竦めてみせる。

「そうか。まぁ、とにかくだ。もう『きこりの噂』は聞いたか?」

 樵と言われて一番に思い浮かぶのは、仲間の事だ。今日もどこかの木工工房に薪割りに行っているはずの。

 訝しむ私に、彼は続ける。

「いや、この手の噂は共有しておくに越した事はないと思ってな。もし良ければ、そっちでも知り合いに伝えておいてくれ」

 そういって、彼はそれなりに名の知れた木工工房の噂を話始めた。


 ◇◆◇


 それは所詮、噂だ。

 真実とは限らない、酷く無責任な。


 けど、同じ事を誰も彼もが話せば、それが事実であると考える人も出てくるし、どうしても印象は悪くなる。

 そんな張りつめた空気の中で掲載された、彼の木工工房の『伐採部隊護衛依頼』は、疑心を確信に変えるのに十分な内容だった。

 護衛——つまり、安全の保証に対する評価が軽く、護衛中のモンスター討伐実績を高く評価するという報酬形態。追い払ったりそもそも近寄らせない様に警戒するという、安全重視の対策を否定する内容だ。この報酬バランスでは、護衛依頼というより討伐依頼と言う方が的確な程で、むしろモンスターを呼寄せるアイテムを使った方が儲けになる。

「危険を軽視する」

「報酬を出し渋る」

 という噂の一部が肯定された形だ。そうなると、残りの部分も真実味がましてくる。


 噂が出回るタイミングが余りに良過ぎた気もするけど……所詮噂、なんて笑い飛ばせる冒険者はそう多く無いと思う。

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