形無き宝石
紅月
記念番外編
本編1万PV記念、1魔法薬師の裏話1
ex1−1 魔法薬師の戯れ
珍妙な少年が居る。
商人同士の情報ネットワークは、恐らく冒険者のそれより遥かに早い。
それは、信頼関係こそが私達の何よりの商品だからだ。町中の噂話くらいは、店から1歩も出ずとも集まってくる。
その少年は、妙に立派な衣類を身に着けていて、ひょろっとした体躯に地味な顔立ちが特徴らしい。
裕福な者と言えば優れた容姿である事が多いという常識から判断すると、これだけでも相当に奇妙だ。貴族は言うに及ばず、裕福な商人も血縁を結ぶ際には相手の能力や血筋と同じ位に、容姿を重要な要素として検討するのだから、容姿に劣る者は自然、この連なりから淘汰される事になる。
そんな少年が、仕事を求めて町中を徘徊していると言う。
例えば仮に彼が貴族男児であり、家を継げず、職の斡旋も受けられず、家を出なければならないとなったのならば、まずは騎士を目指すだろう。しかし、彼の少年は剣の1本も帯びておらず、肉体労働どころか素振りさえした事のなさそうな細腕だった。騎士を目指すのは難しいと見える。
それが叶わないならば、役所などの職員か。勉強に時間と金をかけられる彼等貴族は、自然、そういった職場では重宝される筈だ。しかし話を聞いてみるに、そういった場所へのコネクションがないという。
なんとも難儀な話だった。
私がそんな事情に詳しいのは、単に噂を耳にしたからではない。実際に、彼が仕事を求めてアトリエにやって来たからだ。
女1人の身で居を構えている私に取って、単身男の客というのは理屈を抜きに警戒してしまうのだけど、彼の顔を見るとそんな緊張はどこかへ行ってしまった。
見るからに平凡な、大それた事をしよう等とは夢にも思わなそうな、地味な顔立ちの少年だったからだろうか。そんな容姿の彼が、少し目をやるだけで上等だと判る繕いの衣類を身に着けているのは、どこか滑稽だった。
「仕事が欲しい、ね」
「餓死は苦しいからな」
苦笑してみせる彼は、既にそれを体感したのだろうか。それにしては、肉がついているように思える。
「……それなら、まずその格好をどうにかしたらどうだい?」
商い事は基本的に世襲するものだ。どこかの大きな組織に組み入れて貰うというのでもなければ、下働きに使って貰うのが精々。だというのに、立派すぎる彼の格好は、その背後にある力を見せつけているようで、面倒事を恐れる者からは敬遠される事だろう。
「格好、か。これ以外服なんて持ってないし、買おうと思ったら高いというじゃないか。食うにも困ってるってのに、服を買えるお金なんてないんだけど」
「その服を下取りに出せば、2・3着はそこそこの古着が買えると思うよ」
私は服の価値を見抜ける程そちらの事情に詳しい訳ではないけれど、客の地位や影響力を見抜く力はある程度身につけているつもりではある。その判断材料の中で上位に位置するのが、衣類だ。大雑把な目利き位は、出来るつもりだった。
◇◆◇
翌日、少年はまたやって来た。
「おかげで着替えを手に入れる事が出来た。ありがとう」
と、わざわざ礼を言いに来たらしい。
ぼろ布よりはまし程度の、
「……何着買ったんだい?」
「3着買えたよ?」
なんでそんな事を聞くんだ、と言いたげに首を傾げる彼は何も判っちゃいない。その服なら、10着買ってもお釣りが来ただろうという事に。これでは私が詐欺に加担したようで、何とも座りが悪かった。しかも、恨まれるならまだしも純粋に感謝を向けて来るのだ。私はこれで罪悪感を感じない程、人間を捨てちゃいない。
売買において価格を誤摩化されるのは騙される方が悪いというのは商人の世界では常識だけど、そう思って切り捨てるには、良心が傷む。
なんとも、この少年は純粋過ぎた。
「で、ここに来たという事は、単にお礼を言いに来たという訳でもないんだろう?」
暗に、まだ仕事を求めているんだろうと言うと、彼は肩を竦めた。
「いや、確かにまだ仕事は決まってないけど。お礼を言いに来ただけだよ。邪魔をしちゃったみたいだね」
申し訳なさを顔に出して、彼は踵を返した。
……これがもし彼の駆け引きだとしたら、騙された私が悪い。
「……知り合いが宿屋をやっているんだ。給与はないけど、食事と住まい位は手配してくれるだろう。やってみるかい?」
仕事の斡旋は、リスクだ。
彼が不徳を働いたなら、それに伴う悪評は私にも伝播する。
信頼こそが商品の私達商人にしてみれば、気軽にできる事ではない。
それでも、私の一言で簡単に威を脱ぎ捨ててみせた彼の真っ直ぐさに、私は
それが、私と少年の出会いだった。
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1万PV記念番外、主人公アデルと女魔法薬師ノノの出会い。
これ、投降する前に2万PVに届きそうで戦々恐々としています。
閲覧、応援ありがとうございます。
p.s.
案の定、公開する前に2万PV突破しました。
レビュー付き評価も頂き、恐縮です。
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