ex1−4 魔法薬師の願い
少年がアトリエにやって来たのは、5日後の事。
前の仕事が終わって疲れを取って、その後すぐに行動してくれたらしい。
それほど急いではいなかったんだけど、気にかけてくれたのだろう。嬉しい事だ。
「ご依頼の品、持ってきましたよーっと」
彼が持って来たのは、背負い篭一杯の薬草だった。
指名依頼には出来高としたし、あるだけ買い取るとも書いたけど。
1人で取って来るには、多すぎる。背負い篭なんて持って行って、戦闘なんて碌に熟せる筈もないし、逃げるのにだって苦労する筈だ。随分と無茶をしたなぁ、なんて呆れながら査定の為に手に取ってみると、そのからくりが判った。
「……ズルしたね?」
「不正ではない筈だけど?」
いつの間にこんな手を覚えたのか。彼の持って来た薬草は、殆ど彼が摘んだ物ではないようだ。それどころか、協力者は1人2人ではない。摘んでから時間が経っている物も混ざっているようだし、大方、ギルドで広く提供者を募集したのだろう。
彼への指名依頼だったというのに。
確かに彼が摘んだ物に限定した訳でもないし、秘密にする様指示した訳でもない。不正とは呼べないだろう。
けど、看過できない点はある。
「……私は、君の摘んでくる薬草の品質を期待したんだ。とても同じ値段では買えない様な物が多すぎる」
「それは仕方がないね。俺はとにかく量が必要なのかと、急いで手配しただけだから。そもそも同額で買って貰えるとは思ってないよ」
ああ言えばこう言う。
純粋無垢な弟が、しばらく会わないうちに生意気になっていた。そんな気分だ。
誰の影響を受けたのやら。……いや、冒険者なんてやってれば、いつまでも純粋では居られないだろうけれど。
生きていく為の知恵で、成長なのだ。彼らしいかは兎も角、冒険者らしい。
それが嬉しくも、寂しい感じがしてなんと表現するか難しい所だ。
仕返しという訳ではないけれど、提示した買い取り価格は大分安くした。集めるのにどれくらいのお金を使ったのかは知らないけれど、線引きを間違っていたのなら、赤字の可能性もあるくらいには。
「じゃ、これで依頼は終了だね」
悔しさをちらりとも見せずに、少年は嬉しそうに言う。何故か私の方が悔しくなった。
後になって噂で聞いた話と買値をすりあわせた所、やっぱり少年はこのとき結構な赤字だったらしい。誤摩化しながら信用を勝ち取るつもりならもっと上手く立ち回るべきだし、価格交渉したいならもう少し粘る余地もあったはずだ。
やっぱり彼は、多少表情を作れる様になった所でまだまだ半人前だ。
それからも私は度々少年に指名依頼を出した。
わざと安すぎる報酬を設定したりもした。
それでも少年は一切の値段交渉をしなかった。
「待遇の改善は、言いなりになればいいって物じゃないのにさー」
誰もいない食堂で、私はぐったりとだらしなく机に突っ伏した。
女亭主は客室の準備があるからと相手をしてくれない。
私だって暇という訳ではないけれど、広くも無い店で1人調合作業ばかりしていては気が滅入ってしまう。週に何度かはこうして息抜きをしないとやっていられない。
この宿を利用する客の多くは、この時間、暇をしている事はあまりないのでガランとしていた。私はというと、魔法薬というのはそもそも卸売りの方が中心なので、多少店を閉めている位の機会損失は構わない。必要に駆られてから魔法薬を求める様な間抜けな客は、まず居ないのだから。
宿屋に卸したり、各種ギルドに卸したり、そういった大口顧客が主な取引相手なのだ。冒険者相手の取引は、むしろ副次収入に近い。まぁ、最近は名前が売れて来たのか、少しづつ来店者は増えている様な気がするけれど。
安定した対個人取引というのは、もっと大手の専門従業員を雇える様な所がする事だ。それでももし私が始めるとしたら、誰かと結婚して、子供を弟子として育てながら、夫に店番をさせるとか。少なくとも、独り身の今考える事じゃない。
独り立ちの為に
最低条件は、「女だてらに」なんて馬鹿にせず、私の努力を認めてくれる人だ。そうじゃないと、これまで頑張った甲斐がない。
理想を言えば、ちょっと頼りない位がいい。姉貴分の彼女の様に、とは残念ながら無理だけど、頼りになる女性像に憧れがあるのは間違いない事実。「おかあさん」的な魅力は無くても、「おねえさん」くらいにはなれないだろうか。
そう。素直に頼ってくれる、弟みたいな人がいい。それで、いざというときにはちょっと男気を発揮して頼りになる様な——いや、それは望み過ぎか。私を頼るくらいの人なんだから、男気を発揮して盾になってくれるんじゃ無くて、私の手を握って逃げてくれる人だ。頼りない感じの人がいいと言っても、置いていかれる、というのは流石にちょっと嫌かなぁ。
独り立ちを実現して、これからという時期。だからこそ、一緒に人生を歩んでくれる存在を探すべき時期。頭では判っているけど、そう都合のいい出会いがある筈もない訳で。
そもそも、薬の調合ばかりして引きこもり気味な私だ。意識して食事などの機会は外に出る様にしているけど、あからさまなナンパ目的で声をかけて来る様な人には関心を抱けない。
……堂々巡りだ。
溜め息を吐いた。
いや、今日は私の事はどうでもいい。
少年の事だ。冒険者としてやっていくには、魔法薬の調合ばかりに傾倒していた私との交渉くらい丸め込めなくてどうするというのか。そんな事では、また騙されて身包みを剥がれるよ?
……まだ謝れていないその一件の損失分位は、少年の支えになれているだろうか。
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女魔法薬師ノノ視点は一旦ここまでとなります。
この時点での彼女から少年への感情は、「弟みたいな男の子」「罪を償わなければいけない相手」といった所です。ただ、少年の存在に引き寄せられる様に、様々な価値観が変わりつつある模様。彼女は自覚していない部分で。
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