本編14万PV記念、10魔法少女の裏話2
ex10−1 魔法少女の指導
少年に魔法を教えたのは、殆ど戯れのようなものだった。
私の邪魔をする為なら努力を惜しまない兄が、魔法学校の入学試験を突破する為の基礎を習得するのに要した時間が、2年。
それと比較すれば、酒場で短時間、口頭で伝えられる情報なんて、有って無いようなものだ。彼の知的好奇心をくすぐるくらいは出来ても、酒の席の戯言の域を出ない。そんな些事。
だから、最初に断っておいた。
「重要なのは、イメージよ。何を、どうしたいのか。具体的に、強く念じるの。どんな理論も学説も、結局はそのイメージを補完する為のものでしかないんだから」
真剣に魔法を勉強している人が聞けば顔を真っ赤にして怒るだろう暴論だ。けど、先入観がない彼にとっては、小手先の理論に頼らず兎に角集中する事が大きな要素となる……可能性も無くは無い。一応は。
貴族の成人男性が魔法を本気で学んでも年単位の修学が必要になる基礎と理論の裏打ちを、イメージの力だけで突破出来るなら大したものだ。そんな人間は、年に1人みつかるかどうか怪しい。けど、そんな事を伝えてもイメージの邪魔にしかならないので、私は沈黙を選んだ。
「魔法の学問で最も広く知られているのは、四大属性魔法。火・水・土・風の4属性で世界の神秘を紐解こうという分野よ。貴方もまずはこれを目指してみると良いわ」
そう枕して、それぞれの魔法の簡単な性質と、初歩の初歩レベルの魔法を私は彼に伝えた。
火は、小さな種火を起こす魔法を。
水は、コップ一杯の飲み水を。
土は足場を固める意外と実戦向きな魔法を。
風はイメージが特に難しいのでそよ風を起こす程度の魔法を。
発動出来なくても、彼に責任はない。むしろ失敗して当然で、そう簡単に使えるはずがないと笑い話にするのが常なのだ。
だから、私は彼の失敗を当然のものと考えていたし、適当に励ます心の準備もしていた。自棄酒一杯くらいなら付き合っても良い。そんな風に思いながら、自分の指先を凝視する彼の横顔を見守っていた。
額に滲む汗を、それを拭う事も無く真剣な目で集中する姿を、普段見る事のない誤摩化しも演技もない姿勢。いつの間にか息を止め、顔色が徐々に悪くなる。普通、ひと呼吸もの時間試して成功しなければ、諦めるか、騙されたと疑う所だ。
彼の人間性を知るには、それだけで十分だろう。やっぱり彼は……。
と、私の思考が形になるかならないかの所で、小さく弾ける音。揺れる影。
まさかと驚き視線を動かせば、彼の指からは小さな火が真っ直ぐに立っていた。
高級な
まず、発動出来たというのが驚きだった。そして、発動を喜んで集中を乱し、火が消えるというお約束を挟んでいないのも。なにより、その火の美しさも。
「魔法は人の心を映す鏡である」なんて言葉がある。私はそれを「術者が自由に変更出来る現象に、心を映すも何もない」と笑ったけど、案外、それは正しいのかも知れない。
彼の真っ直ぐな態度と、その指に灯る火を見ながら、そんな事を漠然と考えた。
やがて、彼は満足したのか、息を吐きかけて火を消した。
それが、彼に取って火を消す為のイメージ。儀式。そういった想像を補完する補助動作を伴えば、魔法はより簡単になる。そんな事は全く教えていないのに。
「これまでにもどこかで教わった事があるの?」
発現が、偶然今回で、下地はあったのではないだろうか。そんな質問には、肩をすくめられた。
「全くないとは言わないが、あんた程具体的ではなかったかな」
私の説明は全く具体的ではない、むしろ暴力的な程に乱暴なものだったのに、彼はそんなことを言う。
いずれにせよ、大したものだという事実は変わりないか。
現実逃避は止めて、素直に賞賛しよう。
手を叩こうとした矢先、彼はコップを手元に引き寄せて再び集中を始めてしまった。
成功体験を忘れないうちに、「出来る」という確信を持って挑むのは良い事だ。
とても、邪魔なんて出来ない。出来るはずがない。
もし私が風の魔法にもっと精通していたなら、消音魔法で周囲の雑音を排除出来るのに。ちょっと歯痒く思いながら、私は彼を見守った。
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