ex9−3 棍棒少女の接触
基本的には無害な人——少なくとも、彼の事はそんな印象が皆に広がったみたいだ。
私達に背を向けて装備の点検と手入れを始める彼に隠れて、視線で簡単に意見交換。
ついさっきまでと比べれば、随分警戒の度合いが下がって安心感が見て取れる。
まずは1歩。私は彼の背中を見ながら、事態が良い方に転んだ事を喜んだ。
とりあえず、いつまでもこんな格好では寒いので、急いで夜着に着替える。
布1枚2枚の違いでも、あるのとないのではやっぱり大違いだ。
夜着より戦闘装束のほうが扇情的というのは、やはり何とも慣れない気分で、どちらが恥ずかしいかと聞かれると難しい。それでも、彼相手なら大丈夫だろう。
「今日はお疲れー」
時間を掛けて丁寧に作業を進める彼の横合いから、声を掛けてみた。
わざわざ横に回ったのは、彼のさっきの反応から見て今振り向くのは難しいだろうと考えてだ。
彼はおっかなびっくり僅かに振り向いて、私を見た。探るような視線。表情と、姿勢と、その内心を。はじめて私だけに向けられた、飾りのない彼の感情がそこにあった。戦闘能力はないと散々繰り返すあたりにその事情があるのか、彼は怯えていた。
その性格故に斥候として有能、ということなのかも知れない。
もし私に戦う力がなかったら。
それでも、私はきっと冒険者になっただろう。周囲の全てを疑いながら、手探りで安心出来る場所を求めて彷徨っていただろう。そう考えると、彼は私によく似ている。
彼に対する好意が、親近感からくる物だと気付いたのは今更だ。
彼が敵を見つける。私が戦う。
判りやすくて、足りない部分を補い合う関係。……悪くなさそうだ。
「ああ。お疲れ」
じりじりと四つん這いで距離を詰める私に、彼は「とりあえず」といった調子で返事をくれる。そこには「これ以上近付くな」という牽制もあったのかも知れないが、特に刺のある響きもなかったので無視だ。
「尤も、君等が疲れる事になった原因の多くは俺にあるんだろうが」
反省なのか、冗談なのか。ちょっと判断のつかない微苦笑に、私は笑った。
「大丈夫大丈夫、アルの案内無く森を歩いてたら、倍は疲れてたって」
ちょっと勇気を出して、彼に愛称をつけてみる。
形から入る親しみやすさがあっても良いだろうから。
幸い、彼は拒絶しなかった。私の事は愛称で呼んでくれないけど。
「そうか? 慰めでも嬉しいよ。ありがとう」
首を傾げ、肩をすくめ、それでも彼は笑って。
やっぱり、彼の中では私は子供扱いらしい。夜着で四つん這いなのだから、胸だって見えているはずなのに、彼に緊張の色は無い。
だから、少しだけ仕返しをする事にした。
隙だらけな彼の膝に飛び込んで、それを枕にする。
戸惑う彼の表情が面白い。
それでも、拒絶だけはなかった。彼の根底にあるのは、多分、孤独。誰かを信じたいという渇望と、誰も信じれないという絶望。何があったのかなんて聞く必要はない。間違っているならそれで良い。
彼の癒しになりたいと思ってしまった自分の心だけは、間違いのない事実だから。
「嘘じゃないってー。行きも帰りも余計な戦闘なし、休憩時間も大体安定して挟めて、多すぎる群れとか予定外の大型もなし。むしろ、アルはホントにこの森初めてなの?」
「初めてだよ。やっぱり実際に歩くのと聞いただけの情報では全然違うね。今日は定点狩りで良かった」
知り尽くしている森だ、と言われても不思議ではないような案内だったと思う。けど、彼にはまだまだ不満らしい。
「ふーん? フツーは定点狩りの方が釣り役の人大変じゃない?」
「移動狩りは挟撃や追い打ちのリスクが常に隣り合わせだからね。そうなったら俺も戦闘に加わらないわけにはいかないし……」
戦力外だ、と常々主張する彼には、そんな状況は御免なのだろう。斥候役を非戦闘員に数えるかは微妙な所だけど、斥候に特化した彼を護るのは私達の役割だ。戦闘に参加させてしまうような事態になったなら、それは私達の落ち度でもある。
彼が1人で気に病む必要はないのだけど、強い責任感の現れなのだろう。どれだけ私が励ました所で、解決はなさそうだ。
だから、見る点を少し変えてみる。
「へぇ。凄い自信だねぇ」
意外そうな顔をする彼に、自覚はないのかも知れない。
「だって、「移動狩りは」って言う事は定点狩りならまず起こさせないって言う自信の現れでしょ?」
「……絶対に防げる、とは言わないけどね。移動狩りと比べれば、その危険はかなり低いと見てるよ」
苦笑する彼に、私は体重を任せた。
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