ex3−2 魔法少女の空転

 彼との再会は早かった。

 幾ら彼が気配を殺すのが上手くても、四六時中息を顰めている筈も無い。そもそもあんな場所に居たのは十中八九冒険者という事で、ギルドを利用していれば、彼と再会するのは時間の問題だったのだろう。

 改めて彼の装備を遠目に観察すると、本当に最低限の防具だった。

 武器も戦闘用ナイフ1本。一応、採取用のナイフも携えているようだが、実戦には向かない仕様だというのは素人目にも判る。特に戦闘用ナイフはギルドから支給される低品質な物で、彼が駆け出し冒険者なのが伺える。見るからに戦士に向いていない細腕と、ぱっとしない印象の顔立ち。どこまでも印象の薄い少年だった。

 出会いが衝撃的でなければ、私は彼を覚えていなかっただろうと思う。


 あの日言いそびれた礼を口にするべく私が立ち上がった頃には、彼はどこかへと姿を消してしまって。あるいは他の誰かと談笑していて。はたまた険しい顔で何かを考えている風で。

 目にする度に感謝とプライドに苛まれる私の事なんて、目に入っていないようで。それがどうしようもなく癪だった。


 少し調べて判ったのは、彼は最近冒険者パーティから脱退したらしいという事だった。彼の冒険者としての活動実績情報を手に入れるのは簡単な事だ。冒険者にとって指名依頼を貰える可能性が僅かでもあるなら、その為の判断材料を依頼者向けに公開している事なんて、珍しく無い。彼はその例に漏れなかった。

 その前も、そのまた前も。彼はパーティを転々としているらしい。その切っ掛けは、この町を離れる事を望まないという事だったり、報酬の分け前について揉めたり。これだけを見ると、世間知らずの駆け出し冒険者という印象だ。大した活動実績がある訳でもなくこれなのだから、指名依頼を出す人はなかなか居ないだろう。記録には、近場での採取依頼しか指名で受けた物はなかった。

 単身での活動は、採取に傾倒しているらしい。装備からしても戦闘が得意な様には見えないし、納得だ。たまに罠を使ってモンスターを狩っているようだが、猟師の出なのだろうか。

 戦士よりは彼にお似合いだと思う。

 そう、思わず苦笑した時だ。

「……俺に何か用か?」

 またしても、背後から声を掛けられたのは。

「……用があっても無くても、同じ支部で活動している冒険者の情報を知っておくのは当然の備えでしょう?」

 振り返りながら、一応それらしい言い訳をひねり出すと、彼は「確かにそうだな」と頷いてみせた。

 ……なんで騙されちゃうんだろうか。

「俺以外の冒険者がこの部屋に居るのは珍しいからついな。気の済むまで調べてくれ」

 彼自身が、頻繁に他の冒険者の情報を収集しているのだと、聞いても居ないのにこの場に居る理由と私の説明に納得した理由を明かして、彼は苦笑する。そのまま私の反応を待たず、身振りで軽く謝罪の意を示して、別の棚に行ってしまった。追いかけてみるも、すぐに真剣な顔で資料に目を落とすので、声を掛けるのは憚られる。

 仕方がないので、私は彼の資料の続きを読む事にした。


 まず気になる点としては,パーティに所属しているときもそうでない時も、頻繁に活動しているという点だ。早ければ帰還の翌日、休んでも2・3日。しかし、それだけ活動をしているのに、見るからに貧相な装備だ。田舎に仕送りでもしているのだろうか。

 それとも、見た目には判らないが詐欺にでもあって借金を抱えていたりするのだろうか。……騙されやすそうだし。

 そんな失礼な想像をしているうちに、いつの間にか彼は居なくなっていた。

 私が資料に没頭していたからではなく、彼が気配を消していたからだ。流石に一個人の資料を流し読みするだけで、広くも無い部屋に他人が出入りする事に気が付かない程迂闊ではない。


 次に彼を目にした時は、彼は配達の依頼中で。その次は屋根の補修中で。更にその次は教会の炊き出しの手伝いで。活動実績に成らない様な小さな仕事をしている所ばかり目につくのは、森の中でばったり出会うなんて事はまずないだろうから、仕方のない事かも知れないけれど。

 なんというか、本当に、冒険者という肩書きの似合わない少年だった。


 気が付けば彼の背中を追いかける事1ヶ月。

「流石にそう何度も見張られていると、気になるんだが」

 と、当人に言われて、私は自分の奇行を初めて認識した。

 言われてみれば、当初探そうとしていた筈の得意な稼げる依頼探しも全くする事無く、適当に見つけたパーティに同行して簡単な散策だけを繰り返す日々だ。自分で言うのも何だが、元々加護持ちであった事に加えてこれまでの活動で水魔法の才能まで得ている私は、比較的安全な——要求レベルの低いこの町で活動する冒険者の中では、頭1つ抜けている。多少選り好みしても、相手の方が頭を下げてパーティへの加入を願って来る位には、実力者だった。

 そのおかげで、いつの間にかもう1度旅に出れるくらいの貯蓄ができている。

「そう。気に障ったのならごめんなさい。貴方が余りに、冒険者らしく無いものだから気になってね?」

「よく言われるよ。けど、誰もが剣を使える訳じゃない。俺は俺なりの戦い方しか出来ないんだ」

「責めている訳じゃないわ。私だって、剣じゃなくて魔法を使うんだし。以前のあれも、一応貴方なりに私を心配してくれての事だろうとは判っているし」

 人の機嫌を伺いながら言葉を選ぶなんて、久しぶりの事だった。護衛団の臨時メンバーをしている時は、利害関係だけ気にしていれば良かったからだろうか。相手が下種な考えを持っていないかを警戒する程度で全ての人間関係が終始したのは、媚を売る必要がない私に取っては楽だったと言える。

 だからか、今の私の言葉選びは、自分で口にしながら自覚する程に不器用なものだった。こんな言葉では、感謝を伝えたなんて事には成らない。自分が酷く無礼な人間に成り下がった気分だ。

「理解してくれる人がいる、というのは助かるな」

 そう言って、彼は深く溜め息を吐く。どうやら、中々に苦労をしているらしい。

 直接戦闘能力を重視する傾向は、特に駆け出しの冒険者に強い。冒険者全体としても、死に戻りを視野に入れた強行偵察を恐れないのが勇気ある真の冒険者だ、という声が多数派だ。そんな彼等の半数位は元貴族のはずで、それなら何故、その蘇生に多額の税が使われているという事に配慮が回らないのか、甚だ不思議なのだけれど。

「変な所で感謝するのね?」

 改めてお礼を口にするべきだという理性に反して、口は余計な事を指摘する。

「短絡的な考えではあるが、否定しかして来ない連中よりは、心を許せる相手だろう? 1人で居る時が一番落ち着く、なんて人生は御免だね」

 それはきっと彼の本心で、人生観で、どこまでも彼が冒険者向きではない証左だった。

「あまりそんな事を口外しない方がいいわよ? いつ誰が、貴方に取り入って騙そうとするかなんて判らないんだから」

「そう警告してくれる人は、信頼してもいいかなと思えるじゃないか」

 どれだけ人の好意に飢えているのか、彼はなおも苦笑して、私の忠告を聞き流す。私は警告をしたし、これ以上の干渉は流石に度が過ぎる。彼の自己責任だと切って捨てるのは、簡単な事だった。冒険者なら誰もがそうする様に。

「いつか痛い目を見るわよ」

 その言葉には、善意の忠告を流された苛立と、私を信頼したいという彼の言葉に対する何とも言えない感情が綯い交ぜに成っていた。目の前の彼が気付いた様子はないけれど、自分の心は騙せない。

 人肌の温もりが恋しくなっているのは、何も彼だけではないのだとしながら。

「今、ソロなんでしょう?」

 判りきった確認を敢えてするのは、これから口にする言葉に、多少の勇気が必要だったからだ。反応を待たずに、私は言葉を続ける。

「だったら少し、私と組んでみない?」


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第1話の少し前くらいのお話です。

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