エピローグ?

 すったもんだの末、我々は再び自衛隊の基地に戻ってきた。


 管理者権限を取り戻したことで、例によって瞬間移動的な仕組みが利用できるようになった。おかげで移動は一瞬だ。ムーちゃんの合図を受けて直後、気づけば数日前に訪れた基地の格納庫に移動していた。


 予期せず現れた我々に対して、基地の人たちはとても驚いていた。ただ、こちらに敵意がないこと、また格納庫に移動することは事前にお役人さんに伝えていたので、これといって撃たれたりはしなかった。


 先方はメッセージの盗聴による他者の襲撃を心配していたけれど、そこはムーちゃんが解決してくれた。我々の移動に先立って、基地を守るように大陸の戦力を展開したとのこと。何がどのように展開されたのかは気になったけれど、聞くことは控えておいた。


 きっと自分が聞いても分からないだろうから。


 そんなこんなで三日ぶりに神絵師のお役人さんと再会した。


「あの、連絡が遅くなって申し訳ないです」


「いえいえ、こちらこそ催促してしまいすみませんでした」


 基地の格納庫、お返しした戦闘機の傍らで言葉を交わす。


 周りには見覚えのある自衛隊の偉い人たちの姿もある。基地出発の前と比較して、心なしか表情が穏やかになっているような気がしないでもない。誰も彼も顔が怖い人たちだから、こちらとしてはありがたい限りだ。


「その様子だと、無事に管理者権限は取り戻せたようですね」


「あ、はい。おかげさまで元通りになりました」


「それは何よりです。我々も頑張った甲斐がありました」


 お役人さんはホッと胸を撫で下ろすと共に語ってみせた。


 きっと自分たちの知らないところで、色々と動いて下さっていたのだろう。彼らがどのような立場にあるのかは分からないけれど、連絡が取れない三日間は、きっとストレスフルであったに違いあるまい。


「戦闘機、ありがとうございました」


「見たところ随分と綺麗ですが、直して頂けたのでしょうか?」


「パイロットの方が頑張って下さったおかげで、無傷で到着できたんスよ」


「な、なんとまあ、それは凄いですね? 本当ですか?」


「本当ッス」


 素直に頷いてみせると、格納庫の随所から声が上がり始めた。小銃を片手に各所で守りを固めている自衛隊員の人たちが、まるで珍獣でも見るような目でパイロットの人を見つめている。偉い人たちも目を点にしていらっしゃる。


 おかげで機体の脇に立った本人は、とても居心地が悪そうだ。


 それからしばらく、我々はお役人さんから世間の説明を受けた。


 ムー大陸からの攻撃が止まったことで、戦争騒ぎは段々と落ち着きを見せてきているそうだ。しかし、既に幾つも町が焼けてしまっている都合もあって、その後始末はとても大変なものになるだろう、とのことである。


 それでも幸い、母国や周辺についてはあまり被害が出ていないらしい。


 白い部屋で白衣の人が言っていたとおりである。


 しかしながら、被害を受けていなければ、受けていない分だけ、それはそれで面倒なことになるだろうと、お役人の人は語っていた。如何せん中卒には難しいお話だったので、その辺りについては、適当に相槌をついておいた。


「なので当面は、ムー大陸に籠もっていた方がいいでしょう」


「……そうッスか」


「何かお困り事でも?」


「あ、いえ、そういう訳じゃないんですけど、その……」


 世の中から見たら、ムー大陸は完全に悪者である。


 きっとニュースとかでも、フルボッコにされるんだろうな、なんて考えると、当面はネットサーフィンも控えたほうがいいかも知れない。ムーちゃんの悪口とか書かれていたら、きっと切ない気持ちになってしまうもの。


「今回の騒動について、事情はムーさんから伺っています」


「え?」


「貴方が気にすることではありませんよ」


 お役人さんに慰められてしまった。


 そこまで分かりやすい顔をしていただろうか。


「……そうですか?」


「むしろ貴方は世界を救ったのですから、褒められて然るべきかと」


「いえ、自分はムーちゃんの言うことを聞いていただけで……」


「それでも身を張って奮闘されたのは事実ですし、なかったことにするべきではありませんよ。貴方がいなければ世の中は今頃、もっと酷いことになっていると思います。この国も在り方を変えていたかも知れません」


「……そうッスかね」


「気分が優れませんか?」


「いえ、そんなことはないんですけど」


「もしよろしければ、心理療法士を派遣することも可能ですが」


「だ、大丈夫ッス!」


 メンタルの病気とか、ちょっと怖いので遠慮させてもらいたい。


 自分はまだ健康なつもりである。


 ムーちゃんも太鼓判を押してくれている。


「しかしながら、先の一件を受けて我々の国は、今後かなり厳しい位置に立たされることになると思います。そうなったときにムー大陸の方々には、ぜひご助力を頂けると嬉しいのですが、どうかお願いできませんか?」


「あ、はい。それはもうもちろんッスよ」


「ありがとうございます。その一言で我々も安心できます」


 ムー大陸の侵略が始まる以前から、日本はフルボッコだった。自分も詳しくはわからないけれど、ニュースなんかだと、それはもう酷いことになっていた気がする。海外の人たちがプラカードを持って怒っている写真とか、普通に流れていた。


 それを思うと、今後の反感は今まで以上になりそうである。


「あの、大丈夫ッスよね? ムーちゃん」


「承知しました。今後はそのように対応いたします」


「ど、どもッス」


 よかった、思ったよりもすんなりと承諾してもらえた。


 ムーちゃん的にはあまり面白いお仕事じゃないだろうから、もしかしたら断られるかとも思ったけれど、今回はどうにかなりそうである。彼女の本音を理解したからこそ、どうしても色々と考えてしまう。


 出会って間もない頃、調子に乗っておせっせをお願いしなくてよかった。


 本当によかった。


「本日はそれが確認できただけで、我々としても十分です」


「そうなんですか?」


「細かなご相談は、また後日改めて行わせて頂きます。本当なら歓迎パーティーをご用意すべきところですが、あまり長いことお引き止めしていると、また上の方から要らない面倒が降ってくる可能性もありますので」


「お気遣いどうもです」


「以前お会いして頂いた先生が、謝罪をしたいなどと言っておりましてね」


「いや、あの、できればそれは勘弁で……」


「承知しておりますとも」


 そうしてムー大陸を巡る一件は、色々と難しい問題を抱えつつも、ひとまずは一件落着と相成った。




◇ ◆ ◇




 結果的に向こうしばらく、我が身はムー大陸で食っちゃ寝である。


 母国から大陸に戻ることしばらく、連日にわたって怠惰な生活を営んでいる。銀髪ロリの人の騒動から数日も経つと、ムーちゃんの怖い一面も段々と薄れてきて、普通にあれこれと面倒を見てもらっている。


「あ、ムーちゃん、ちょっといいっスか?」


「なんですか?」


 昼過ぎ、ベッドのシーツを取り替えにやって来たムーちゃん。


 その姿を確認して、お声掛けさせて頂く。


「今晩のご飯なんですけど、カレーとか駄目ですかね?」


「承知しました。今晩の食事はカレーに致しましょう」


「マジですか? ありがとうございます」


 ツイッターのタイムラインで、神絵師の人がカレーの画像を上げてたの見つけて、どうしても食べたくなってしまったのだ。マグロ漁船に乗っていたときは嫌というほど食べて、もう見たくもないと思っていたのに、人体とは不思議なものである。


 ムーちゃんのことだから、きっと美味しいカレーをご用意してくれることだろう。間違ってもマグロの内蔵が放り込まれたカレーなど出てはくるまい。あれはあれで悪くなかったけれど、個人的にはもう少しお上品なカレーが好みである。


「仕事の邪魔しちゃって申し訳ないっス」


「いえ、なんら構いません」


「なんだったら夕食を作るのとか、少し手伝いたいんですけど……」


「結構です」


「……そうッスか」


 言葉を交わしていたのも束の間、小さく会釈をして、テキパキとベッドメイクを行うムーちゃん。マットレスのシーツを張り替えたり、枕のカバーを取り替えたりと、非常に熟れた様子で作業を進めていらっしゃる。


 自身はそうした彼女の姿を、デスクの正面に置かれた椅子に腰掛けて眺める。


 腰を曲げるのに応じて、クイッと突き出されたお尻がラブリーだ。


「…………」


「……なにか?」


 何をするでもなく眺めていたら、声を掛けられてしまった。


 掛け布団のカバーをピンと伸ばしながら、こちらを振り返ったムーちゃん。おしりを突き出した姿勢のまま、顔だけがこちらを向いている。おかげでエロさ百倍である。ムーちゃんってば、お尻が大きめなの凄くいいと思います。


「な、なんでもないッス」


「そうですか?」


「そう、そうッス」


「ならいいのですが」


 ベッドに向き直ったムーちゃん。


 その背中を眺めていて、ふと思った。


 そして、気づけば衝動的に口が動いている不思議。


「あ、あの、カレーなんですけど……」


「なんですか?」


 ベッドメイキングの手を止めて、再びムーちゃんがこちらを振り向く。フカフカの枕を腕に抱いた姿が可愛らしい。一方で首から上は極めてクール。その淡白な眼差しに恐る恐る、穀潰しの居候はお言葉を続けさせて頂く。


「海鮮フライとか、トッピングしてもらっていいっスか?」


「承知しました。本日は海鮮フライをトッピングしましょう」


 直後に頷いてみせた彼女の表情は、少しだけ笑っているような気がした。

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ムー大陸、急浮上! 俺、初上陸! ぶんころり @kloli

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