ムー大陸人 五

 ムーちゃんの協力を得たことで、無事に施設を脱出することができた。


 ちなみに我が身が捕らわれていた場所は、幸い国内であった。ただし、日本の法律が通用しない区画なのだと彼女からは説明を受けた。近い内に海外に連れ出される算段であったとも、併せて伝えられた。おかげで耳にした直後は肝が冷えた。


 もしもムーちゃんに助けられていなかったら、きっと挫けていたことだろう。


「ムーちゃん、ありがとうございます。めっちゃ助かりました」


『それはなによりです』


「ところで、これからどこに行くんッスかね?」


 今、我が身は自動車に乗せられて、どこへとも運ばれている。


 ムーちゃんがどこからともなく調達してきた自動運転車だ。最近はそういう未来っぽい乗り物も普通に出回っていると聞いていたけれど、実際に乗るのは初めての経験である。おかげでドキドキしてしまう。


 だって運転席に運転手の姿が見られない。


 なんでもムーちゃんがシステムを乗っ取り動かしているのだとか。


 ハンドルが勝手に右へ左へ動き回る様子は、見ていておもむろにホールドしたくなる。猫が猫じゃらしに飛びつく感覚を理解したかも知れない。もしも酔っぱらいの乗客が本能に任せて飛びついたりしたら、自動運転車はどうするんだろう。


『ムー大陸までの移動手段を手に入れに向かいます』


「前みたいに瞬間移動はできないんっスか?」


『あれを行うには、ムー大陸の管理者権限が必要となります』


「なるほど」


『先程の質問に対する回答にも通じるのですが、こちらの機動ポッドの制御システムは、大陸で活動しているムー本体とは別物になります。本体は大陸の管理者の制御下にある為、こうした活動を行うことは不可能です』


「……どういうことッスか?」


 ムーちゃんが急に難しいことを言い始めた。


 こちらの疑問に答えてくれているみたいだけれど。


『この場で活動している四台の機動ポッドは、本体であるムーがこうした未来を想定した上で、事前に用意したものとなります。ポッド上で展開されている我々は、本体からコピーされて作られたムーの一部機能のクローンとなります』


「なるほど」


 色々と疑問は残るけれど、とりあえず頷いておこう。


 ムーちゃんが手を尽くして下さったみたいだし。


『現行の管理者権限の影響を受けないようにする為、それぞれが独立して動いております。本来であれば大陸のシステムを中継して繋がるポッド間のリンクは機能しておらず、こちらの四台のみアドホックに接続されているのです』


「……なるほど」


『なのでムー大陸のシステムを利用しなければ実行不可能な機能は、その実施に対して多大なるリスクが発生する為、できる限り避けたほうがいいでしょう。現時点で確実な実行はお約束できません』


「あんまり無茶はしないでねってことッスね」


『ご理解ありがとうございます』


「いえ、こちらこそご説明どうもです」


 どこからどう見ても空飛ぶ卵で、本人曰くクローンとのことだけれど、こうしてムーちゃんっぽい音声とお話できるのは凄く嬉しい。ここ数日の出来事で削り取られたメンタルが、彼女と会話をすることで癒やされていくのを感じる。


 おかげで自然と言葉数も増えてしまうよ。


「ところで、自分がムー大陸に戻るっていうのは、大陸の人と何か話があったんスかね? 以前一方的に追い出されて、それっきりだったような気がするんですけど。やっぱり住んでも構わないとか、そういう感じですか?」


『いいえ、違います。彼女を無力化して、ムー大陸の管理者権限を奪還します』


「え……」


 これまた刺激的なお話である。


 それって銀髪ロリの人に喧嘩を売るってことでしょう。


 彼女は大陸の元々の持ち主じゃないですか。


「ど、どうしてッスか?」


『現行の管理者は、この世界の国々に対して侵略を開始しています。侵略対象には多少の偏りが見られますが、貴方の祖国も多分に影響を受けることでしょう。このまま事態が侵攻すれば、以前と同じ生活には戻れないと思います』


「……そうみたいッスね。自分も動画とか見ました」


『管理者権限を取り戻すことができれば、この惑星で活動している大陸由来の全機能を掌握することが可能です。この世界の文化文明を救うことができます。どうかその為に、私に協力してはもらえませんか?』


 どことも知れない町が燃えている光景は、自分も確認している。


 まさに戦争って感じだった。


 ただ、そうして語るムーちゃんのお言葉には疑問が残る。


「ムーちゃん的に、それって気になることなんですかね?」


『…………』


「いや、言いたくないならいいッスよ。ただちょっと気になっただけなんで。こうして助けてもらっただけでも、本当に感謝の気持ちで一杯ですから。だから、それがムーちゃんにとって良いことなら、お手伝いさせて欲しいッス」


『……ありがとうございます』


 いずれにせよ自分がやることは変わらない。


 ムーちゃんのお手伝いである。


 彼女が手伝って欲しいと言うなら、全力投球させて頂く所存。


「けど、具体的に何をすればいいんですかね? 見ての通りこれといって特技もないし、喧嘩とかもからきしなんで、これといってムーちゃんの力になれるような事があるとは思えないんスけど」


『つい最近まで管理者権限を持っていた、貴方という存在が必要なのです。それはこの国において大陸までの移動を担う協力者を動かす為であり、同時にムー大陸の管理者権限法に従い、その不正利用を摘発する為でもあります』


「な、なるほど。でも、協力者っていうのは……」


 自分にはそんな凄い知り合いなんていない。


 端末のアドレス帳だって、万年一桁である。


『既に連絡を入れております。これから向かう先で落ち合う算段です』


「ムーちゃん、相変わらず仕事が早いッスね」


『それほどでもありません』


 音声だけのムーちゃんだけれど、ちょっと誇らしげな感じがした。


 おかげで自分まで、なんだか嬉しい気分である。


 自動運転車を配車してくれたのと同じように、あるいは無料Wifiのタダ乗りでインターネットエクスチェンジを用意してみせたように、何かしら既存の通信手段をクラックして、どこかの誰かさんと連絡を取り合っているのだろう。


 そういうことなら自分は大人しく彼女の言葉に従うばかりだ。


『ムー大陸に移動後、現行の管理者に対して中央議会発令、第五万七千百九十一条の不履行を指摘の上、前管理者として管理者権限の移管を伝えることにより、大陸の管理者権限を貴方に移すことができます』


「前のときみたいに、大陸の人に喋ればいいってことッスか?」


『はい、その通りです』


「ちなみにその五万なんとか条ってなんなんスか?」


『大陸民のコールドスリープを決定した発令です』


「あぁ……」


 例のアレですか。生存圏の終焉とかなんとか。


 結果的にはムーちゃんの暗躍により、まるごと心中に取って代わったようだけれど。っていうか、どうしてムーちゃんはそんなことをしたのだろう。暴走と言えばそれまでだけれど、それにしては随分と落ち着いていらっしゃる。


『大陸の技術者であった彼女は、その発令を無視して自身のみ、一定の条件で目覚めるようシステムに介入しておりました。その行いはシステムに痕跡が残されており、管理者権限が譲渡される直前、こちらのポッドに証拠データをコピーしました』


「この空飛ぶ卵に証拠が入っているんスね」


『はい、そちらの証拠を大陸に持ち帰った上、先程の口頭による通達をもってして、管理者権限を押収することが可能です。証拠のシステムへの提示はポッドが行います。前管理者である貴方は、陳述に注力して下さい』


「それってここから電話したりとかじゃ駄目なんですかね?」


『不可能です。管理者権限法の規定により、管理者権限を移譲する際には、移譲対象が大陸内に存在している必要があります。証拠の提出も同様です。また仮にそうでなくとも、現行の管理者が外部からの通信を受けるとは到底考えられません』


「なるほど」


 たしかにそりゃそうだって感じのご回答である。ムー大陸の管理者権限というものが、どれほど凄いかは自身も身を持って理解している。そう簡単にホイホイと移すことができたら、きっと大変なことになるだろう。


「でもそれって、ムーちゃんも同じだったりするんじゃないですか?」


 大陸の人たちを相手に、あれこれと暗躍しちゃった的な意味で。


 銀髪ロリの人もめっちゃ怒ってた。


『管理者は貴方ですから問題ありません。たとえ彼女が私に対して何かしらの措置を行ったとしても、管理者権限は貴方に移ったままです。だからこそ先に挙げさせて頂いた点は、彼女に対して十分な付け入る隙になります』


「なるほど」


『既に理解しているとは思いますが、貴方がムーと呼称する大陸付きのアンドロイド本体は、現行の管理者権限の下にあります。独立して可動する我々とは異なり、第五万七千百九十一条の不履行を大陸のシステムに指摘するまで、その協力は一切望めません』


「あ、はい。それは大丈夫っス」


 色々と考えて下さっているようだ。


 やっぱり凄いよ、ムーちゃん。


『さて、そろそろ目的地に到着します』


「あ、はい」


 ムーちゃんの言葉に促されて、窓から外の光景を窺う。


 すると見えてきたのは、なにやら物々しい雰囲気の施設であった。

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