ムー大陸人 六

 ムーちゃんに連れられてやってきたのは、自衛隊の基地である。


 どこにある何という名前の基地かは知らない。


 全部お任せでムーちゃんが連れてきてくれたから。


 おかげでビビる。


 幾ら何でもそれは無理でしょうと、隣にプカプカと浮かぶ卵型な彼女に声を上げたくなった。しかし、こちらの危惧とは裏腹に、入口のゲートはすんなりと開いて、我々を基地内に迎え入れてくれた。


「マジっすか……」


『話は通してあります。ただし、ごく一部ではありますが』


「…………」


 それって後で怒られるタイプのやり取りじゃないですかね。


 たしか自衛隊って、総理大臣とか、国会とか、そういう偉い感じの許可がないと動いたらいけなかった気がするんだけれど。ちゃんと社会の授業でならったから、中卒の自分だってそれくらいは分かる。


『大丈夫です、安心してください』


「う、うぃッス」


 基地に入場すると、すぐに自動車が近づいてきた。


 そして、ムーちゃんが運転する自動運転車の脇を並走し始める。装甲車というやつだろうか。迷彩柄で分厚い装甲や機関銃のようなものが車体に取り付けられている。しかもかなり大きい。それが二台、左右からこちらを挟むように走っている。


 おかげでガクブルだ。めっちゃ怖い。


 そうこうしていると、更に一台黒塗りのセダンが近づいてきた。


 それがムーちゃんの自動運転車を先導するよう、正面を走り始める。きっと俺の後ろに付いてこいよってことなのだろう。既にムーちゃんとは通じ合っているようで、これといって指示が飛んでくることもない。


 もしかしたら今も自分と会話をする裏側で、誰かとやり取りしているのかも。


「ど、どこまで行くんですか?」


『こちらの基地に存在する通信端末と私の間で、位置情報を交換しております。現在は指示のあった基地施設に移動している途中です。必要であれば基地内の情報を表示しますが、いかがしますか?』


「あ、いえ、大丈夫ッス」


 下手に確認したら、後でまた怖い目に遭いそうだ。


 爪が生えていた部分がジクジクと痛む。


 世の中、知らない方が幸せなことって、意外とあるんだって知った。


 できればその事実についても、知らないまま老いたかった。


『……大陸に戻ったら肉体の治療も可能です』


「え?」


『失われた外皮や臓器は、大陸の施設を利用することにより、人工的に組成することで元に戻せます。そちらのポッドには以前の健康診断の情報も入っているので、高精度で修復することができます』


「お、お気遣いどうもです」


 ムーちゃん、優しい。やっぱりムーちゃんは最高だよ。


 そんなふうに言われたら、甘えたくなってしまうではないか。




◇ ◆ ◇




 それからしばらくして、ムーちゃん運転の自動車は基地内の建物に入っていった。地下にある駐車場で停車の上、なにやら物々しい通路を護衛と思しき自衛隊の方々に囲まれて、卵型のムーちゃんと共に移動していく。


 隊員の人たちは例外なく銃器を構えていた。


 おかげで終始ガクブルしながらの移動となった。


 そんなこんなで辿り着いたのは、巨大な格納庫である。学校の体育館を更に大きくしたような施設だ。随所には小銃を構えた隊員の人たちが立っており、我々を厳つい眼差しでジッと見つめている。


 そうした只中に、見覚えのある人物が待っていた。


「あ……」


「どうも、お久しぶりです」


 神絵師のお役人さんである。


 また彼の隣には、戦闘機のパイロットを務めていた、自衛隊員の方の姿もある。気さくに挨拶をしてくれたお役人さんとは対象的に、自衛隊員の方はいつぞやと同様、ピシッと直立姿勢で口を閉じている。


「お久しぶりです。でも、どうしてここにいるんスか?」


「我々もご協力させて頂いているのですよ」


「なるほど」


「大陸の方々と面識がある人間は少ないですからね」


「迷惑を掛けちゃって申し訳ないです」


「いえいえ、お気になさらず」


 神絵師のお役人さんがいると安心できる。


 治験のバイトも待遇が良かった。


 隣に浮かんだ卵型のムーちゃんも、これといって声を上げていないので、この場は素直に話をして大丈夫ってことだろう。


「いつぞやの一件は、大変申し訳ありませんでした。我々の備えが疎かであった為、よそ者の侵入を許してしまいました。おかげで町田さんには、とんでもないご迷惑をおかけしてしまったようで」


「原因は自分にもあるんで、それはいいッスよ。お互い様じゃないですか」


「ですが、とても大変な目に遭われたようで……」


 お役人さんの視線がこちらの手元に向かう。


 未だに血が滲んでいる指先だ。内数本は折れている。包帯を巻いたり何をしたりとする暇もなく、ここまでやってきてしまったから、傍目に痛々しい姿を晒している。あまり見られたくないので、それとなく背中に隠す。


 お腹も急な運動を受けて傷が開いたのかズキズキと痛む。それとなく様子を確認すると、衣服にじんわりと赤いものが滲んでいた。着用している衣服は、ここを出た時と変わらず病院の検査着だ。おかげで血が目立つったらない。


「いや、自分は大丈夫ッスよ」


 ムーちゃんもちゃんと治るって言ってくれたし、もうしばらくの辛抱である。


 それよりも気になるのは、自分が襲われたとき現場に居合わせた、食堂のお姉さんやオバちゃんの安否である。


「それよりも食堂の人たちは無事ですか?」


「ええ、彼女たちは無事ですよ。かすり傷を少し負ったくらいです」


「そうっスか。それはよかった……」


 その知らせを聞いてホッとした。


 今までずっと気になっていたのである。


「とりあえず場所を移しましょう。本来であればすぐにでも出発をしたかったのですが、その様子では手当をしたほうがいいでしょう。それに服も用意する必要がありそうですね。少しばかり時間を頂けませんか?」


「あ、はい。どうもッス」


 こちらが頷くのに応じて、お役人さんの足が動いた。


 我々の周りを囲っている自衛隊の人たちのなかでも、一番偉そうな階級章を付けている人の下に向かっていく。そして、あれやこれやと話をし始めた。よく分からないけれど、この場はお任せするのがよさそうだ。


 大人しく黙って二人の様子を眺めている。


 するとややあって、お役人さんから再び声が掛かった。


「医務室を貸して頂けるそうです。このまま向かいましょう」


「マジですか? ありがとうございます」


 めっちゃ嬉しい。


 せめて痛み止めの一錠でも頂戴できたら幸いだ。


「っていうか、お役人さんってもしかして、偉い人ですか?」


「いえ、そういう訳ではありません。ですが今回の一件に関して、現場の指揮権を頂戴しております。もちろん公にできるものではありませんが、少なくともこの場では、ある程度の裁量を頂いております」


「そうなんスね」


「こちらです、どうぞいらして下さい」


「あ、はい。どうもです」


 促されるがまま、お役人さんの後に続いて場所を移動である。


 ムーちゃんたちも一緒だ。ふよふよと浮かんで、付いて来てくれる。




◇ ◆ ◇




 医務室に到着すると、簡単な検査と共に手当をしてもらえた。


 おかげで身体のあちこちが包帯まみれである。ちょっと動きにくいけれど、こればかりは仕方がない。また、強めの痛み止めを出してもらったので、だいぶ気分が良くなった。身体の汚れも拭いてもらって、人心地ついた感じ。


 それに新しく服ももらった。


 これまでの検査着から一変して、ジーパンにTシャツ。


 着慣れた作りが動きやすい。


 自衛隊の人たちが着用している迷彩柄の服も着てみたかったのだけれど、自分がそれを着用しているところを誰かに見られたら、後々問題になる可能性があるとか何とかで、着させてはもらえなかった。


 それから我々はブリーフィングルームと呼ばれる部屋に向かった。


 何でも今回の活動について、作戦会議を行うのだという。


 部屋には自分とムーちゃんたちの他に、お役人さんと戦闘機のパイロットの人、それから数名ほど、こちらの基地の方々と思しき自衛隊の偉そうな人たちが集まっている。皆で一つの机を囲っての打ち合わせだ。


 男の子的に考えて、テンションの上がる光景である。


『それでは早速ですが、私の方から説明をさせて頂きます』


 参加者が揃ったことを確認して、ムーちゃんが声を発した。


 すぐ隣に浮いている卵型の彼女だ。ちなみに車内で受けた説明では、四台存在するとのことだったけれど、この場には一台しか姿が見られない。なんでも残り三台は、透明になり待機しているのだとか。


 居合わせた面々は、我々人とは程遠い彼女の姿を目の当たりにして、顔を強張らせている。同所を訪れてから、ずっと警戒されてるムーちゃんだ。ネット流出した動画を意識しているのかも知れない。自宅アパートで外人部隊を圧倒した一件である。


『今回の作戦の目的は、こちらに四台存在するポッドのいずれか及び、ムー大陸の元管理人の大陸本土への上陸です。想定される相手戦力は、他国からの妨害が主だったものになると考えられます』


 ムーちゃんが語り始めて直後、お偉いさんの一人が手を上げた。


『どうぞ』


「大陸からの兵器は戦力に数えないのかね?」


『我々の独立した行動については、未だ現行の管理者に伝わっておりません。決してゼロとは言えませんが、管理者は大陸周辺に展開されている障壁に防衛を任せているので、改めて攻撃型の兵器が出現する可能性は、今のところ低いです』


「なるほど」


「だが、本土上陸後の戦力は十分な用意があるのかね?」


 一人が手を上げたことで、次々と疑問の声が上がっていく。


『その点については問題ありません。こちらのポッド内には、現行管理者の不法行為に関するデータが収められております。これを大陸のシステムに提出することで、我々に対する攻撃行為を一時的に抑えることが可能です』


「そのシステムとやらは確かなのかね?」


「通信の手段は確立されているのか?」


『共に問題ありません。不法行為に関する情報のシステムへの提出は、ムー大陸における適法な行いです。たとえ管理者であったとしても、管理者権限法を無視してこれを阻止することは決してできません。ただし、通信の為には大陸の障壁を越える必要があります』


「……大陸のことは、任せるほかにない、ということか」


「そのようだな」


「まあ、こればかりは信じるしかないだろう」


『質問は適宜行って下さって結構です。他には何かありますか?』


 淡々とお話を続けるムーちゃん格好いい。


 自衛隊の偉い人たちは誰も彼も顔が怖い。しかも建物の随所には、小銃を構えた人たちが立っている。もしも自分一人でこの場に立っていたら、こうまでも上手くやり取りすることはできなかったと思う。


「続けてくれて構わない」


『それでは続けさせて頂きます』


 偉そうな人たちの言葉に従い、ムーちゃんからご説明が続けられる。


 それは自分がここへ来るまでに、車内で聞いた話と同じようなものだった。現行の管理者である銀髪ロリの人に対して、過去の不正行為を問い掛けて、これを根拠に大陸の管理者権限を過去の管理者である自身に移す、といった内容のお話である。


 偉い人たちからは、本当に可能なのかね、と再三にわたって質問が投げかけられた。これに対するムーちゃんのご回答は、問題ありません、の一言である。おかげで実際に現地まで赴いてアクションする立場の自分は、プレッシャーを感じている。


 やがてしばらくすると、話し合いは具体的な大陸への上陸方法に移った。


「あの大陸には見えない壁のようなものがあるのではないかね?」


「ミサイルはおろか、衛星写真すらも撮影できないそうじゃないか」


『そちらについては、我々が一時的にハッキングを行い無効化します。ただし、無効化していられる時間はコンマ数秒ほどとなりますので、その間に皆さんの言う見えない壁を突破して、大陸の内部に入り込む必要があります』


「ちょっと待ちたまえ、そんなにシビアなのか?」


『提供して頂ける機体性能から考えて、決して不可能ではありません』


「だが、突入のタイミングは誰が取るのだ? 海上からのバックアップは行えないぞ。今回の作戦は一台の戦闘機による単独でのものだ。本土からの通信も、恐らくまともに機能することはあるまい」


『そちらは私が機体の制御と併せて行います』


「それはつまり、我々の機体を乗っ取るということかね?」


『ご安心下さい。お返しする際には元通りにしますので』


「なっ……」


 無事にムー大陸の管理者権限をゲットできたのなら、大陸内の工場を利用することができると思う。なので多少傷つけてしまっても、すぐに修理することができるのではなかろうか。戦闘機ってお高いというから、やっぱりそういうのは気になるよな。


「そちらのポッドには、それほどの演算能力があるのかね?」


「う、うむ。それは私も気になっていたところだ」


『こちらのポッド単体でも、この国で可動する全てのコンピュータを上回る演算能力があります。詳しい説明は避けさせて頂きますが、タイミングを測るだけであれば、かなり高い確率で実現することが可能です』


「なんとまぁ……」


「…………」


 何気ないムーちゃんの言葉を受けて、居合わせた皆々の顔が強張る。


 え、マジかよ、みたいな表情だ。


「いやしかし、そうだとしても万が一失敗したらどうなる」「だが、そうでなければ世界の秩序は失われたにも等しい」「問題はこの国に限った話ではないのだぞ?」「既に被害を受けている国も多い。いつその矛先が日本に向くとも限らない」「この作戦が成功した場合、我が国が受ける恩恵は計り知れない」


 ムーちゃんの言葉を受けて、自衛隊の偉い人たちがあれやこれやと話し合いを始めた。どうやらゴーサインを出すのに躊躇している様子である。たしかに今の話を聞いただけだと、詐欺っぽい気がしないでもない。あまりにもスケールが大き過ぎて。


『他に質問はありますか?』


 ムーちゃんの声が室内に響く。


 ややあって、これに偉い人の一人が声を上げた。


「今回の協力に対して、無事にムー大陸の管理者権限が奪還された場合、我々は貴殿らからどのような見返りを頂けるのだろうか? 提供予定の戦闘機は決して安いものではない。我が国にとっては非常に重要な資産なのだ」


『その質問については、こちらの次期管理者に委ねられます』


「え……」


 卵型のムーちゃんが、くるっと回転した。


 正面に設けられた目っぽいのが、こちらを見つめている。


「その点に君は関与しないのかね?」


「私はムー大陸の運営機能を担うシステムです。運営そのものを判断、決定するのは、管理者の行いです。現在の私の目的は、自身という独立したシステムをポッドにクローンされる直前に与えられた、ムー大陸の管理者権限の奪還のみです」


「…………」


 ムーちゃんのお返事を聞いてお偉いさんたちの表情が渋いものになる。


 やはりというか、彼らの認識するこちらの立場は、ムーちゃんより下にあるようだ。もちろん、自分自身も同じように考えている。だからこそ、急に話題を振られたりしたら、どのようにお返事をすればいいのか全然分からない。


「……君は今後、ムー大陸をどのように利用するつもりだね?」


 しばらく悩む素振りを見せてから、偉い人から質問が繰り返された。


 ただし、問い先はムーちゃんから代わってこちらである。


 ジッと居合わせた皆々から見つめられる。


 まさか話を振られるとは思わなくて、めっちゃ焦る。この場で口を開く機会が訪れるとは考えていなかった。おかげで頭は真っ白である。そもそも戦闘機に見合う見返りってなんだよって思う。


「いや、あの、そ、それはその……」


 自衛隊の偉い人のみならず、お役人さんやパイロットの人からも見られている。しかもその表情はこれまでになく緊張した面持ちだ。これは絶対に失敗しちゃいけない状況だと、中卒の自分でも分かる。


 しかし、正しい回答がまるで見えてこない。


 何と答えたら、協力してもらえるのだろうか。


 チラリとムーちゃんを窺う。


「…………」


『…………』


 駄目だ、


 卵型の見た目も手伝い、これまで以上にクールな感じがする。


 こういうときのムーちゃんって割とスパルタだし。


 ちゃんと自分の意見を述べなさいと、暗に言われているような気分だ。


 そんなものほとんど無いのに。


「こ、この国は自分の生まれ故郷ですっ! だからその、こ、今後とも健やかであって欲しいというか、ムー大陸の管理者権限の有無に関わらず、いつでも帰省できるような場所であって欲しいと思いますっ……」


 もしもムー大陸が再び沈没したりしたら、そのときにはちゃんと帰れる場所であって欲しい。住民票的な意味で。その為に郵便番号だって付けてもらったし、大陸にいる間もニュースとかチェックしていた。


「……そうかね」


「は、はい」


 こちらの返答を受けて、偉い人たちは沈黙。


 おかげで自分は冷や汗をかきながら硬直。


 脇の下とかびっしょり。


 きっと緊張から全身がプルプルと震えていることだろう。


 それが時間にして数秒ほど。


「分かった。我々は君たちへ全面的に協力しよう」


「い、いいんですか?」


「君の想いは理解した。それは我々にとっても非常に大切なものだ」


 偉い人たちの表情が、一様に少しだけ優しいものになった。


 ほんの僅かではあるが、口元に笑みが浮かんでいるような気がする。元々が怖い顔なので、多少の変化であっても、妙に印象的なものとして映る。こういうギャップをツンデレって言うんだよな。


『ご協力を感謝します。それでは早速ですが作戦に移りましょう』


「ああ、ご所望の品まで案内する。付いてくるといい」


 どうやら自分は、ちゃんと正解を引けたようだ。

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