ムー大陸人 二
暴走気味のムーちゃんと怒り心頭の大陸人の方。
結局のところ両者の話し合いは平行線であった。そうなると巡り巡って話の行方が向かってくるのは、現行の管理者であるらしい自身の身の上となる。頑固一徹のムーちゃんを無視して、銀髪ロリの人が吠えた。
「私に管理者権限を譲渡しろっ! 緊急時だ、口頭承諾で構わない」
「脅迫による管理者権限の譲渡は管理者権限法の第五条に違反します」
「うるさい、同じことを何度も繰り返すな!」
どうしよう。
個人的にはお返しした方がいいんじゃないかと思う。
元々棚ぼた的に手に入れた代物だ。元来の持ち主が返して欲しいと言っているのであれば、返してあげるのが世の情けではなかろうかと、自身の内側にある良心的な部分が訴えている。だって申し訳ない。彼女にとっては生まれ故郷だ。
ただ、それでも今の生活は非常に魅力的だ。
日本に戻ったら、またバイト三昧な生活がこんにちは。
それに何よりも、過去の一件から我が身は一部に顔バレしている。住所もある程度公に特定されていることだろう。ムー大陸というキーワードが風化するまでは、まともに社会生活を送れるとは思えない。自宅のドアにいたずら書きとかされると思うんだ。
「あの、一つ伺いたいんスけど」
「なんだよ?」
「管理者権限をお返ししたとして、向こうしばらく、こちらでお世話になるっていうのは大丈夫ですか? 自分が元々住んでいた場所だと、今回の一件が色々と話題に上がっていることもあって、どうしても帰り辛いっていうか……」
「あぁ? ……まあ、それくらいなら構わないか」
「本当ですか?」
「ああ、本当だとも」
そういうことなら、お返ししてしまってもいいんじゃなかろうか。
然るべき人が持っていた方が、有効活用できそうだ。あの薄い半透明のウィンドウも、存分に使いこなしていた。あれってどうやったら出てくるんだろうね。まるで仕組みが分からないんだけれど。
「いけません。彼女は嘘を吐いています」
「え?」
「そのアンドロイドは暴走している。話に耳を傾けるな」
「…………」
ムーちゃんが暴走気味なのは、なんとなく分からないでもない。
銀髪ロリの人の話が本当であれば、彼女は大陸の人たちを皆殺しにしたヤバイ人である。一方で土左衛門を海から水揚げの上、管理者なるアッパーステージに引き上げるという、訳の分からないことを行ってもいる。
ムーちゃんの目的はなんなのだろうな。
自分は彼女のことが嫌いではない。
力になれることがあるのなら、ご協力したいとも思う。
もう少し彼女の近くで生活していたら、いつか教えてもらえるだろうか。
「いいっスよ。管理者権限というの、お返しします」
「言ったな?」
こちらが承諾の声を上げるのに応じて、眼の前に半透明のウィンドウが浮かび上がった。そこには何やらゲージのようなものが浮かび上がり、これが瞬く間に右から左へ充填されていく。ナウローディングって感じ。
そして、同じ光景が銀髪ロリの人の前でも発生していた。対戦ゲームのロード待ちみたいな雰囲気を感じる。その様子を眺める彼女の顔には、ニヤニヤと笑みが浮かんでいた。ちょっと邪悪な感じがするのが気になった。
やがて、ゲージのすべてが埋まった瞬間のことだ。
「よし、管理者権限の移譲を確認」
「それじゃあ自分は、キッチンで水でも飲んで部屋に戻るので……」
「そこのアンドロイド、早速だがこの男を国外へ放り出せ」
「承知しました」
「え……」
間髪を容れずに銀髪ロリの人からムーちゃんに指示が飛んだ。
ムーちゃんはこれに粛々と応じて歩き出す。
「こちらへいらして下さい。日本までお送りします」
「あの、ちょ、ちょっと待って欲しいんスけどっ!」
「馬鹿な男だな? ムー大陸の管理者権限だぞ? それを不確かな口約束一つで他人に受け渡すなど、どれだけ頭が湧いているんだ。まあ、元々は我々の持ち物なのだから、返すのは当然だと思うがな」
「向こうしばらくは暮らさせてくれるって約束じゃあ……」
「さっさと連れて行け。素直に受け渡した代わりに、命だけは助けてやる」
「承知しました」
「マジっすか……それ、マジっすか……」
ムーちゃんの手がこちらの手首を掴んだ。
せめてもう少し話をできないものかと考えて、踏み止まろうとするも、彼女ってばとってもパワフル。ぐいと引っ張られたら、いとも簡単に足が動き出してしまった。ムーちゃん、なんて力強いんだろう。
◇ ◆ ◇
いつぞや神絵師のお役人さんや自衛隊のパイロットの方々を日本にお送りした時と同様、自身もまた謎技術による瞬間移動で、日本に送り出される運びとなった。それはもう一瞬で見慣れた景色が戻ってきた。
移動した先は崩壊した自宅アパートの正面である。
「こちらで失礼させて頂きます」
「あ、はい……」
どうやらムーちゃんともお別れらしい。
なんだかとっても悲しい気分である。しかし、そもそもの発端が一方的な受け入れであったことを思えば、仕方がないとも思える。数週間のリゾート、入院ドック付き。そんなふうに考えれば、決して悪くはなかった。
「……あの」
「なんですか?」
「どうもありがとうございました。楽しかったッス」
「…………」
ジッとムーちゃんに見つめられる。
大きな青い色の瞳が愛らしい。
こんな可愛い子にご飯を作ってもらったり、背中を流してもらったりだなんて、普通に生きていたら絶対に経験できなかっただろう。マグロ漁船から突き落とされて良かったと、今となっても心の底から思える。
だからこそ自然と、お礼の言葉は漏れていた。
すると何を考えたのか、彼女はボソリと呟いてみせた。
「貴方は私に仕事を与えるのが上手かった」
「え?」
「……独り言です。気にしないでください」
「あ、はい」
ムーちゃんが独り言だなんて、珍しいこともあるものだ。
短い付き合いではあるが、初めて耳にした。
そして、向き合っていたのも僅かな間である。
「……失礼します」
彼女は静々と頭を下げてお辞儀をしてみせた。
とても綺麗なお辞儀だ。
なのでこちらも慌てて頭を下げる。
「こ、こちらこそ色々とどうもでしたっ!」
それはもう深々とお礼をさせてもらう。
時間にして数秒ほど。
やがて、ゆっくりと腰を戻して頭を上げると、そこに彼女の姿はなかった。こちらを訪れる際と同様に、何かしらムー大陸の仕組みを利用して、元いた場所に戻っていったのだろう。ほんの僅かばかり、足元の砂利に足跡が残っているばかり。
「…………」
やっぱり、とっても寂しい感じ。
ただ、感傷に浸ってばかりはいられない。
差し当たって本日の晩ごはんと、お宿をどうにかしなければならない。不幸中の幸い、転出届はまだ出していなかったので、役所に向かう必要はない。アパートも焼け焦げてはいるが、原状復帰は大家さんの仕事だし、向こうしばらく凌げば当面は大丈夫だろう。
ということで急ぐべきは日雇いの仕事を得ることだ。
できれば賄いがもらえる仕事がいいな。
「……行くか」
気分も新たに一歩を踏み出す。
すると直後、背後から声が掛かった。
「すみませんが、町田清彦さんですね?」
「え? あ、はい」
振り返るとそこには、スーツ姿の男性が立っていた。
三十代も中頃と思しき人物である。サングラスを着用の上、片耳にイヤホンを入れている。背丈は百八十以上あるのではなかろうか。ガッチリとした体格の持ち主である。髪型はごくごく普通の七三分け。パット見た感じ、シークレットサービス的な。
しかも何故なのか額から血を流している。
「すみませんが、私と共に来て頂けませんか?」
「あの、どちらさまで……」
「この国の者です。すみません、急いでおりますので何卒」
「あ、はい」
なんだかとても辛そうにしているので、思わず頷いてしまった。
小一時間前、銀髪ロリの人に騙されたばかりなのに、まるで学習していない自分自身に気づく。しかし、それも仕方がないことだと思う。だって右手には拳銃を握っており、指がトリガーに掛かっている。
銃口に付いている長い筒状のヤツ、サイレンサーっていうんですよね。
前に映画で見たから知ってますよ。
「こちらです。車の用意がありますので」
「ど、どうも……」
ムーちゃんとの別れを受けてしんみりしていたのも束の間、促されるがままに移動。アパートの正面に用意されていた自動車は、黒塗りの高級セダン。窓ガラスにはスモークが張られており、めっちゃ厳つい感じがする。
それじゃあと一歩を踏み出すと直後、眼の前を何かが通り過ぎていった。
目にも留まらぬ勢いでブォンっと過ぎていった。
「狙撃だ! A班、B班、対応に当たれ」
スーツの人が口元のインカムに向けて、クールな台詞を口にした。
狙撃、狙撃である。
こちらのアパートに戻って当初さながらのピンチを予感させる。しかも本日は隣にムーちゃんが留守だ。まさか落ち着いてはいられなくて、駆け足で自動車に乗り込んだ。ここは本当に日本なのかと、所在を疑いたくなる展開だ。
自身に続いて、スーツの男性も助手席に乗り込む。
すると自動車は急発進。
まるで映画のワンシーンのように、キュルキュルと甲高い音を立てて走り出した。時機を合わせてリアガラスからビシビシと、妙な音が聞こえてきた。なんだろうと思い振り返ると、そこにはクモの巣状のヒビが幾つもあった。
「あの、これってもしかして……」
「ご安心下さい、防弾車両です」
「…………」
防弾車両って、本当に防弾してくれるんだな。
玄関ドアにいたずら書きどころの話じゃなかったよ、ムーちゃん。
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