ムー大陸人 七
すったもんだの末、ムーちゃんと共に空へ飛び立つ運びとなった。
生まれて初めて搭乗する飛行機が、弾薬を詰んで本番離陸した戦闘機というのは、如何なものかと思わないでもない。しかし、まさか旅客機で向かう訳にもいかないので、こればかりは我慢する他にない。
おかげで気分は遊園地のジェットコースターにでも乗っているようだ。
離陸の瞬間など、心臓がキュンとした。
ちなみに気になる本機の運転手は、以前もムー大陸まで、神絵師のお役人さんを運んでいたパイロットの方である。そういった過去の経緯も手伝って、今回もご一緒する運びになったのだと説明を頂戴した。
「ほ、本当に空を飛ぶんッスね」
「……飛行機ですから」
「自分、飛行機は初めてなんで、感激ッス」
「…………」
コクピットには自分とパイロットの方の他、卵型のムーちゃんが乗り込んでいる。パット見た感じ一台しか見受けられないけれど、彼女の言葉に従えば更に三台、透明になって乗り込んでいるのだとか。
ちなみに現在は日本を出発して、海の上を進んでいる。
距離にして基地から数百キロほどだという。
何故そこまで具体的に分かるのかというと、コクピットの随所にムーちゃんプレゼンツの半透明なウィンドウが浮かび上がり、あれやこれやとマップ的なものを表示しているからだ。これにはパイロットの人も随分と驚いていた。
「そちらのポッドは、単体で位置情報も取得できるのですか?」
おっと、パイロットの人からご質問だ。
相変わらず無口な方だから、こうして話し掛けてもらえると嬉しい。一方でムーちゃんの反応はというと、卵型のボディーの中央に浮かんだ目玉っぽいデザインの丸みが、筐体をクルリと回転させることで、こちらを見つめるように向けられた。
『今の質問に答えてよろしいですか?』
「い、いいんじゃないんですか? その方が安心できると思うし……」
『承知しました』
こういう細かいところ、とてもムーちゃんっぽい。
自分が頷くのに応じて、ツラツラと説明が流れ始める。
『こちらのポッドと同様に、ムー大陸由来の衛星が幾つか独立して可動しています。機体にフィードバックを与えているデータは、そちらから与えられる情報を元にしています。ただし、その数はムー大陸が管理する全体の一パーセントにも至りません』
「……ご回答ありがとうございます」
どうやら空の上でも、サポートに回ってくれているようだ。
自分がボヘっと銀髪ロリの人と問答をしている僅かな間に、そこまであれこれと考えて動いてくれていたムーちゃん凄い。おかげで彼女の助言を無視してまで、管理者権限をお返ししてしまったことに胸が痛む。
まさか他所の国と戦争が始まるとは思わなかった。
『他国の機体が迫っています。ご注意下さい』
そうこうする内に彼女から物騒な声が上がった。
警告が行われた直後、ムーちゃん印の半透明なウィンドウには、他国の戦闘機と思われる赤い点が幾つか現れた。その各々に警報が表示される。曰く、ミサイル注意報発令、ミサイル注意報発令。真っ赤な文字で点滅している。
「これは?」
『赤い点が敵影です。こちらの機体のセンサーは貧弱である為、衛星とリンクして取得したデータを表示しています。また、ミサイルと思しき発射物の動作シーケンスを検出しました。事前の対応をオススメします』
ムーちゃんの言葉に従い、ウィンドウ上の赤い点から黄色い点が分離した。それが赤い点より尚のこと速く、画面の上を移動し始める。ウィンドウ中央に位置する、我々が乗り込んだ戦闘機に向かって来ている。きっとこの黄色い点がミサイルなのだろう。
「っ……」
淡々とした彼女のアナウンスを受けて、パイロットの人の雰囲気が変化を見せた。ヘルメットのようなマスクを装着しているので、表情こそ窺えないけれど、今まで以上に緊張されているのは違いない。
おかげで自身も背筋が凍る思いである。
だって、ミサイル。
ロックオンされたら、どれだけ逃げても付いてくるアレである。
「ム、ムーちゃん、どうにかならないんスかね?」
『独立可動する衛星から攻撃のサポートを行うことが可能です。しかし、そうなるとムー大陸のシステムに我々の動きを捕捉される可能性が跳ね上がります。いわゆる最後の手段となりますが、いかがしますか?』
「待って下さい。大陸の兵器を相手にするよりは、他所の国のミサイルの方が遥かにマシです。相手の機体情報はもらえますか? なんとかしてみようと思います。武装と機体性能が正確に判断ができれば、やりようがないわけではないので」
『承知しました。そちらのコンソールへ衛星の情報を投影します』
「恐縮です」
こちらの心配を他所に、パイロットさんとムーちゃんの間で格好いいトークが始まった。後部座席に座らせてもらっている自分からは、位置的にほとんど見えないけれど、彼の手元で薄い画面が賑やかになっていくのがチラリチラリと窺える。
しばらくして、パイロットの方が厳かな調子で語ってみせた。
「……これなら、いけそうです」
『ご面倒をお掛けしますが、どうぞよろしくお願いします』
「必ずやお二人を大陸まで送り届けて見せます」
なんて力強いお返事だろう。
なのでお荷物以外の何物でもない自分は、黙って座っておくことにする。下手に騒いで彼の邪魔をするような真似は控えなければ。ゲーセンでレースゲームとかやっている時、隣でお喋りされるとめっちゃ気が散るもの。
「お手数ですがムーちゃんさん、サポートを頂けたら嬉しいです」
『承知しました。できる限りお助け致します』
「恐れ入ります。それと町田さん、これから急旋回を繰り返しますので、舌を噛まないように歯を食いしばっていて下さい。また、嘔吐にはくれぐれも気をつけて下さい。喉を詰まらせて窒息死する可能性があります」
「う、うぃす」
パイロットの方がから注意事項が伝えられる。
これに頷いた直後、案内にあったとおり機体の動きが急変した。ぐいっと前のほうが持ち上がったかと思いきや、そのままウィリーするかの如く、空中で一回転してみせた。宙返りというやつだ。
当然、ビビった。それはもうビビった。
悲鳴を我慢するだけで精一杯である。
『各国における過去の戦闘機の運用データから、敵機の進路予測を行いました。今後、リアルタイムでコンソールに反映します。確度については左上の表記を参考ください。現時点では九十八パーセントです』
「……まさか他国のデータバンクにクラッキングを?」
『こうした事態を見越したのでしょう、管理者権限が移譲される直前、ポッドにデータがコピーされておりました。必要な情報があれば仰って下さい。該当する情報があれば、コンソールに表示させて頂きます』
「ご協力、誠にありがとうございます」
パイロットの人の声色が、何やら極まった感じで震えて思える。
どうやらムーちゃんのアシストは、それくらい凄いもののようだ。
「ここまでお膳立てされては、負けることはできません」
旋回から直後、飛行機の外でキラキラと強い光りが輝いた。
まるで花火のような煌めきだった。
何事かと外を眺めて目を瞬かせていると、その直後に何かがすぐ近くを前から後ろに通り過ぎていった。もしかして、今のがミサイルだろうか。めっちゃ気になるけれど、わざわざ確認して迷惑を掛ける訳にもいかない。
そうこうしていると、直後にガガガと振動が届けられる。
間髪を容れずに、ズドンと空の一角で爆発が起こった。我々の乗り込んだ機体は、その噴煙を突っ切るように進み、再びウィリーの要領で空中一回転。もと来た進路を取るように移動を始めた。
『敵機、撃墜を確認しました』
ムーちゃんから戦況の報告が入った。
どうやら今しがたの爆発は、他国の戦闘機だったようである。言われるまで全然分からなかった。っていうか、気づいたら終わっていた。パイロットの人、めっちゃ凄いじゃないですか。同じ人間とは思えない。
「初めての撃墜が機関砲になるとは思いませんでした」
『当たれば何でも構いません』
「…………」
そうこうしていると、手元のコンソールに大量の赤い点が浮かび上がってきた。向かって正面、幾十という赤いポツポツが、こちらに向かって迫ってくるように並んでいる。もしかしてこれ、全部が全部、敵になる戦闘機なのだろうか。
幾つかのグループに別れているあたり、色々な国の軍隊が、我々の行く手を阻んでいるのだろう。こちらは喧嘩をするつもりなど毛頭ないのだけれど、きっと大人には大人の事情があるんじゃなかろうか。
『敵機を多数補足しました』
「これはまた……」
『敵機群、及び敵ミサイルの予想機動の計算を開始します』
赤い点から、わらわらと黄色い点が分離し始める。
ムーちゃんの応対する声が淡々とコクピットに響く。
その落ち着いた声色が、今すぐにでも逃げ出したい自身の豆腐メンタルを癒やしてくれる。もしもパイロットの人と二人きりだったら、早々に挫けていた。全てを諦めて、モリモリと脱糞していたに違いない。
『こちらの機体の性能及び、人体の耐久性を加味した上で、コンソールに最適な進行ルートを表示します。可能であれば指示に従った飛行をオススメします。表示のルートを取った場合の撃墜確率は、現時点で五パーセントです』
「これはまさか、敵機ミサイルの飛行進路も?」
『含めています。なので急な進路変更にはご注意下さい』
「……承知しました」
それからの飛行は凄かった。
パイロットの人は、我々が乗り込んだ戦闘機を操って、次々と赤い点を落していった。飛行機ってこんなに簡単に落ちるものなのかと、なんだか恐ろしい気分になった。まるでフライトシミュレータのゲームでも眺めているようだった。
おかげで当初は幾十と存在していた赤い点が、小一時間と掛からない内に半分にまで減っていた。一方でこちらの機体は、ムーちゃん曰く、オールグリーン。これといって損傷も無いのだという。
おかげで自ずと声が漏れていた。
「す、すごいッスね……」
「滅相もない。そちらのサポートのおかげです」
そちらというのは、ムーちゃんの指示を指してのことだろう。
やっぱりムー大陸の技術は凄いようだ。
勝手な想像だけれど、パズルゲームをチートツールを利用して解いているようなものだろう。ゲーム画面の上に矢印を表示して、そのとおりに指を動かすと簡単にステージをクリアできるようになるの、あるらしいじゃない。
戦闘機というモノそのものに関しては、ムー大陸の技術は関係していない。少なくとも出発までの間で、ムーちゃんが機体を弄くり回すような素振りはなかった。それらしいご報告も頂戴していない。兵装というのも自衛隊の人たちが全部やってくれた。
もちろんパイロットの方の腕前が凄いというのはあると思う。
ただ同時に、人工衛星とIT技術の大切さを理解したよ、ムーちゃん。
『大陸の障壁が近づいて来ました。突入のタイミングはこちらで管理しますので、なるべく速度を一定に保って下さい。また、突入時にはアフターバーナーを利用する必要があります。コンソールの指示するポイントで使用して下さい』
「了解です」
そしてどうやら、いよいよムー大陸が近づいてきたようである。
自分だけ役に立っていない感じが本当に申し訳ない。
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