大陸の全権限 一

 結論から言うとムー大陸は本物だった。


「長いこと海に沈んでいたところ、つい今し方に浮上したと」


「はい、そうです」


「そこへ自分が流れ着いたと」


「その通りです。ようこそムー大陸に」


「…………」


 なるほど。


 まあ、こちとら同大陸の浮上に巻き込まれる形で命を救われた身の上、感謝することはあれど、文句を言うつもりなど毛頭ございません。しかしながら、これと合わせて伝えられた内容にはどうしたものか。


「どうして大陸の権利をくれるんッスか?」


「そのように決定されたからです」


「もう少し詳しくお願いします」


「浮上より最初に足を踏み入れた者に、大陸の全権限を引き渡すよう、最後の議会で決定されました。私は大陸の管理者代理として、これを全うする責務がありました。結果として貴方に全ての権利が渡りました」


「……最後の議会ってのはなんでしょうか?」


「この大陸で最後に開かれた中央議会です」


「その議会の参加者の人たちはどうしたんスか?」


「他の大陸の民と共に、全員が永眠なされました」


「おぅ……」


 ちょっと状況が読めないな。


 心中というヤツだろうか。


 だとしても大陸の住民が丸ごとというのは大した規模だよ。


「どうして死んじゃったの?」


「長く生き過ぎた。宇宙の行く末に辿り着いた。感情を失った。やることがなくなった。色々と理由は挙げられておりますが、総じてまとめるのであれば、この世に飽きた、というのが正しいのではないでしょうか」


「マジですか」


「マジです」


「……ちなみにどのくらい生きてたの?」


「もっとも遅く生まれた方で、二千歳ほどでした」


「…………」


 そいつは凄いな。


 どんだけ長生きだったんだよムー大陸の人。


 もう少し頻繁にセックスしなきゃ駄目だろ。


「寿命に関しては種族としての安定性を求めた結果、完全にコントロールされた出生が成されるようになり、個人における死の危険性が消失した段階で、新たな出生もリスクとみなされ、完全に絶たれるようになりました」


 なにそれ凄い。


 理想の世界じゃん。


「つまり、その中央会議とやらで心中が決定されて、ここはもう要らないけど、捨てるのも勿体無いし、いつか誰かにあげちゃおう、みたいな感じっスか? しかも偶然通りかかっただけの、どこの馬の骨ともしれないアジア人にプレゼント、みたいな」


「はい、そんな感じです」


「なるほど」


 おかげで太平洋を遊泳していた金槌野郎は命を助けられたと。


 グッジョブ過ぎるだろ、ムー大陸の人。


「いかがなさいますか?」


「え? いかがって?」


「食事になさいますか? お風呂になさいますか? それともセックスですか?」


「その言い回し、もしかしてムー大陸にもあったんスか?」


「いえ、大陸が海中に沈んでいる間も、小型の探査機は地上で活動しておりました。その間に発生した文化文明に対する調査は絶えず行われており、今こうして私が話している言葉のように活用されております」


「なるほど」


 つい今し方まで抱いていた疑問が一つ解消したぞ。


 まさかそんなものが世界中を飛び回っていたとは思わなかった。よくまあ世の中の人たちに見つからずに、本日まで過ごしてきたものである。大陸と大陸外との技術格差は、きっともの凄いものなのだろう。


「食事になさいますか? お風呂になさいますか? それともセックスですか?」


「……とりあえず、お風呂に入って着替えたいッス」


 海を彷徨っていた都合、海水でベトベトなのだ。


 今も靴の中がぬっぽぬっぽしていて、とても気持ち悪い。


「承知しました。それではこちらにどうぞ」


「ども」


 ちなみにこの子、いわゆるアンドロイドというヤツらしい。


 気になるお年は二十七万歳とのこと。


 やくいね。


 彼女にセックスの機能が付いているか否か、確認はまた今度の機会としよう。


 自分の生殺与奪権を握っていそうな相手に、喧嘩売る訳にはいかない。


 それくらいは中卒だって、空気とか読めるもん。




◇ ◆ ◇




 案内された先は、リゾート施設のそれを思わせる広大な浴場だ。プールのような湯船に湯が満たされて、穏やかにも湯気を上げている。半露天風呂というヤツだろうか。湯船にはジャグジーのようなものも備えられている。じゃぶじゃぶしている。


 それとなく周りの様子を窺えば、デッキチェア的なものも並んでいたりするぞ。


「……力加減はいかがでしょうか?」


「いい感じッス」


 そんな場所で、背中、流してもらってる。


 最高に気持ちいい。


 あと、アンドロイドって脱いでも人と変わらないんですね。


 スージーが無毛だった。


 しかも少しモリマン気味だった。


 設計したヤツ良い仕事してる。


 無毛のモリマンって理想ですよ。


「痒いところなどございましたら、指摘して下さい」


「大丈夫ッス。おまかせで」


「承知しました」


 互いにタオル一丁の姿格好で、混浴プレイと来たもんだ。


 良かった、太平洋に突き落とされて。


 今なら心の底からそう思える。


 マグロ漁、最高。


「ところで一ついいっスか?」


「なんですか?」


「ムー大陸ってどれくらいの大きさがあるんですかね?」


 その手のオカルト雑誌では、諸説あったような気がする。議会云々と彼女は語っていたので、それなりの数が人々が暮らしていたのだと思う。そうなると水源や燃料の問題とか、どうしても気になるじゃないですか。


「現在の北海道より少し大きいくらいです」


「なるほど」


 かなり大きいんですね。


 どんなふうになっているのか、軽く一周歩いて回りたいな、なんて思ったけれど、とてもではないが難しそうだ。それこそ飛行機でも利用しなければ、何日掛かるか分かったものじゃないぞ。


「一周りしましょうか?」


「いや、別にそこまで興味はないんで、またの機会で」


「そうですか……」


 むしろ、このアンドロイドさんとお風呂入ってる方が幸福度高いって。


 あ、そういえば名前を聞いていなかったな。


「今はムーちゃんとこうして風呂に浸かってる方がいいッス」


「……ムーちゃん?」


「駄目ッスかね?」


「いえ、承知しました。以後、呼称をムーと改めます」


「どもッス」


 ムーちゃん、とっても癒されるわぁ。


 クールな感じのお目々にジッと見つめられるの堪らないわぁ。

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