大陸の全権限 二

 ムーちゃんと一緒に湯船へ浸かりゆっくりとしていた。


 あ゛ぁあああああ、って感じ。


 ムー大陸にも入浴の文化があって良かったよ。


 そうした最中の出来事である。不意に目の前の何もない空間に、パソコンの画面を半透明にしたようなものが、いきなり飛び出してきた。とても未来っぽい演出だ。未来という単語を耳にして、誰もが一度は想像する空中浮遊のウィンドウ。


 それが湯船の上で、なにやらツラツラと情報を表示している。


「ムーちゃん、これなんスか?」


「どうやら各国がムー大陸に対して侵攻を開始したようです」


「え? それって大変なんじゃ……」


「問題ありません」


「……そうなの?」


 太平洋のど真ん中に、伝説のムー大陸が北海道と大差ない規模で急浮上とか、他所の国からしたら大航海時代開始のお知らせだ。個人的にはもう少しでいいから、ムーちゃんとゆっくりお風呂に浸かっていたかった。


「現在の地球の文明レベルでは、平時の警戒レベルであったとしても、上陸することはおろか、衛星から大陸内の様子を確認することも不可能です。ご安心下さい」


「なるほど」


 そりゃ凄い。伊達に太古で大繁栄していなかったってことだ。


 大陸随一のロリっ子が二千歳超えというのも納得である。


「…………」


「……気になりますか?」


「そりゃまあ、少なからずは……」


 ご説明を受けて尚も、そわそわとしてしまう自分は気弱な男だぜ。


 だってそれも仕方がない。日常生活の何気ない会話に、各国とか、侵攻とか、いきなり出てきたら一般市民はビックリだ。もしもミサイルとか飛んできたら、どうやって防ぐのとか、めっちゃ気になる。


「それでは映像で確認しましょう」


「え、できるの?」


「各所からの映像をこちらに回します」


「マジですか」


 ムーちゃんが語るのに応じて、先程現れたものと同様の浮遊ウィンドウが、他に幾つか湯船の上に浮かび上がった。そこに映されている光景はと言えば、恐らくはムー大陸周辺と思しき海上や上空の様子である。


「おぉ、スゲェ……」


 なんかこう、テンションあがる。


 こういうのっていいよな。


 よく分からないけれど、管制っぽい感じがグッと来る。


 まるで自分が偉くなったみたいだ。


「こちらで動きがありますね」


 一枚のウィンドウを指し示してムーちゃんが解説を入れてくれる。


 そちらに視線を動かすと、画面は海中を映していた。数隻からなる潜水艦がゆっくりと進む様子が見て取れる。てっきり巨大な艦隊が轟々と近づいて来ているかと思いきや、意外と規模も小さく静かな感じ。


「ミサイルとか大丈夫なんスかね?」


「問題ありません。仮に地球上に存在する全ての兵器を一度に一点へ打ち込まれたとしても、大陸及び大陸近海は影響を受けません。汚染された地球環境の浄化も十分に行うことが可能な設備があります」


「そいつは凄いッスね」


 おかげでゆっくりとお風呂に浸かっていられるよ。


 しばらくを眺めていると、画面の先、潜水艦の船体が大きく揺れた。海の中にあるのは変わらず。ただ、見えない壁にでもぶつかったように、全体を大きく揺らしたのだ。よくよく画面に注目すると、先っちょが凹んでいる。


 一体何が起こったのだろう。


「……もしかしてこれ?」


「はい。物理的な侵入を防ぐ壁です」


「なにかあるんですかね?」


「理解を望むのであれば説明しますが、恐らく相当時間が掛かるかと」


「あ、じゃあいいッス」


「承知しました」


 勉強は嫌いじゃないけれど、きっと中卒には無理ゲーだろう。


 ムーちゃん大陸が無事ならそれでいいッス。


「……あ、ミサイル撃った」


「問題ありません」


「おぉ、なにもないところで爆発した……」


「この時代の兵器であれば、その全てを無効化します。熱も同様です」


「凄いッスね」


 こうして実際に生中継で確認させていただくと、安心感も一入だよ。理屈はさっぱり分からないけれど、おかげで一足お先に上陸してしまった土左衛門は、ムーちゃんと穏やかに入浴を楽しめるって寸法なのだろう。


「あ、こっちは人が直接カンコン叩いてる……」


 別のウィンドウでは、耐圧スーツを着用した人が頑張っている。ハンマーのようなものを手にして、見えない壁をカンカンと叩いているぞ。それも一人と言わず、二人、三人と並んで作業しているものだから、なんかちょっとコミカルな感じ。


 兵隊さんの装備には、取り立てて国名や国旗など、所属を示すような情報はプリントされていない。


「当然、人体も通しません」


「なんかロボット芸みたいなことになってる……」


 これって中の人は訓練に訓練を重ねた軍人さんなんだよな。


 そう考えると、ちょっと申し訳ない気分だ。


「いかがしますか?」


「え?」


「処分しますか?」


「いや、それはどうっスかね……」


 こっちまで絶対に来れないのであれば、どうこうする必要もないような気がする。好きなようにやらせておけば、その内に飽きて帰るだろう、なんて考える。幾らなんでも処分とか、罪悪感が刺激される案件ではなかろうか。


 マグロ漁船の乗組員には過ぎた判断だと思うんだ。


「本当にこのまま放っておいても、大丈夫なんスよね?」


「はい、万が一もありません」


「じゃあそのままで」


「承知しました」


 わざわざ綺麗なお手々を汚すこともない。


 このまま入浴継続としようじゃないか。


 段々と激しくなってゆく各国の対応をウィンドウ越しに眺めながら決めた。




◇ ◆ ◇




 風呂に浸かってゆっくりした後、食事を頂くことになった。


 ムーちゃんの案内に従い向かった先は、食堂と思しき一室だ。二十平米ほどのお部屋にテーブルと椅子が一式設けられている。卓上にはナプキンやら食器具やらが並んおり、促されるままに腰を落ち着けると、すぐに食事が運ばれてきた。


 部屋の一面は巨大なガラス窓となっており、外の光景を一望できる。小高い丘の上に建てられたコテージを思わせる一室からの風景は、もれなくオーシャンビューというやつだ。とても綺麗な景色である。


 ちなみにメニューは、前菜から始まって、スープだとか肉だとか何だとか、コース料理となって次から次へと運ばれてくる。伊達に地球全体を謎技術でウォチっていない。きっとレシピサイトとか参考にしたのだろう。


「味はいかがですか?」


「最高っス」


「それは良かったです」


「ムー大陸の人たちもこういうの食べてたんですか?」


「機能性の食品が主流となっておりましたが、美食もまた一つの文化として栄えておりました。最終的には全てが廃れて前者に収束してゆきましたが、その間の文化文明も、こちらの施設には取り揃えています」


「マジッスか」


 何歳まで生きたとしても、食欲と睡眠欲と性欲の三つだけは廃らないと思ってた。もしかしたら心中直前のムー大陸って、相当にヤバイ雰囲気とか漂ってたのかもしれない。想像すると少し切ない気分になる。


 自分もそのくらい悟るレベルで長生きしてみたいわ。


「デザートをお持ちします」


「あ、どうも」


 給仕も全てムーちゃんがやってくれた。


 カラカラと配膳台を押しながら戻ってきたムーちゃん。そこには続くメニューが乗せられている。エプロン姿がとても可愛い。全力で美少女している。お話をしているだけで癒やされてしまう。


 ただ、同所へ至るまで他に誰とも出会っていないのは、少し不安になる。彼女以外にアンドロイドは存在していたりしないのだろうか。決してムーちゃんに不満がある訳ではない。しかしながら、個人的にはハーレムとか大歓迎である。


「あの、一つ教えて欲しいんスけど」


「なんでしょうか?」


「ここってネット使える?」


「はい、使用できます」


「おぉ……」


 ダメ元だったのだけれど、即答だった。


 ムー大陸すごい。


「地球の周囲にはムー大陸のシステムと接続された五千七の衛星が存在します。うち幾つかは互いに繋がり合い、一つのネットワークを形成しております。大陸の浮上と同時に本稼働へと移行した、これら衛星を利用します」


「え、それ凄くない?」


 どうやって今の人類から隠しているんだろう。


 めっちゃ気になる。


「幸い現在の文明はネットワークへの出入り口として、電波が存在しております。これらを先程の映像撮影にも利用しているスパイ端末から、衛星を介して動的に集約することで、擬似的に大陸から大陸外へのネットワークとして提供することが可能です」


「もしかして、無料wifiのただ乗りを衛星使って集める的な?」


「お詳しいですね」


 デザートをテーブルに並べながらお答えしてくれる。


 皿の上には小奇麗にデコられたチーズケーキが。


「いやでも、それってムー大陸的に考えて、セキュリティとか大丈夫?」


「現在の地球の文明レベルでは、地上で活動する最末端のスパイ端末を特定することさえ不可能です。そこから更に衛星のネットワークを経由して、大陸本体まで到達する可能性は皆無となります。安心してご利用下さい」


「そ、そうっスか」


 少しネットサーフィンしたいくらいの欲求には過ぎた代物のような気がする。


 まあいいや。使っていいというのなら、便利に使わせて頂こう。


「コンピュータをお持ち致しますか?」


「あ、どうも。でも、ご飯食べてからでいいッス」


「承知しました」


 一日三食付いてネットもやり放題とか、最高じゃないか。


 おかげでちょっと申し訳なくなってきた。


 これから自分はどうすればいいんだろう。


 思い起こせばその辺り、まるで確認していなかった。


「っていうか、あの、自分ってここで何か仕事とかあるんスかね?」


「いえ、ありません」


「それじゃあ何かこう、滞在するのにお金が掛かるとか……」


「掛かりません」


「……自分、どうすればいいんスかね?」


「お好きなようにお過ごしください」


「………」


 このムーちゃん、男を駄目にするタイプのムーちゃんだわ。

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