ムー大陸人 九

 再び意識が戻った時、そこはムー大陸の居室に設えられたベッドの上だった。


 つい数日前まで寝起きしていた部屋である。


 そして、ベッドの傍らにはムーちゃんの姿があった。


「気づかれましたか?」


「え? あ、ど、どうも……」


 目が覚めた直後、声を掛けられてびっくりした。


 すぐ近くに立った彼女の姿を目の当たりにして、胸が強く脈打った。


「失われていた表皮や臓器は、こちらの大陸へ移動する最中にご説明したとおり、ムー大陸の施設を利用することで復元させて頂きました。また、体内に埋め込まれていた機器についても、全て除去しております」


「…………」


 言われて両手を確認すると、確かに爪が生えていた。


 シャツを捲ると、腹部の縫い跡も綺麗に消えている。


 どうやったんだろう。


 臓器というフレーズついては、本人もまるで理解していなかったので、さっぱり分からない。ただ、彼女の言葉が正しければ、真っ白な部屋で何かしら抜き取られていたのだろう。お腹の縫い跡はその関係で生まれたに違いない。


 体内に埋め込まれていた機器とやらについては、詳しく尋ねないでおくとしよう。グロテスクなお返事が返ってきそうで怖い。ムーちゃんが全て除去したと言うのだから、そのお言葉を素直に信じて安心するのが、きっと正しい判断だ。


「具合はいかがですか? 気になることがあったら仰って下さい」


「……たぶん、大丈夫ッス」


「それは何よりです」


 これといって痛いところはないし、気分も落ち着いている。意識を失うまで感じていた不快感は、一眠りしたことで綺麗さっぱりなくなっていた。おかげでどれくらい眠っていたのか、お尋ねするのがちょっと怖い。


「あの、今回はどれくらい眠ってたんですかね?」


「三日ほどとなります。臓器の製造に時間が掛かったため、日にちを要してしまいました。ですが今回の一件を受けて、専用の施設を新たに用意した為、次回以降はより短時間での治療が可能となりました」


「な、なるほど」


 そんな大層な施設を作ってしまって大丈夫なのだろうか。


 いや、大丈夫なのだろうな。


 ムー大陸だし。


 それよりも気になるのは、自分が眠っている間の出来事である。銀髪ロリの人とか、パイロットの人とか、あとは大陸に向かって出発して以来、一度も連絡を取っていない母国の人たちとか。


「あの、他の人たちは……」


「前管理者は地下の拘束施設に入れております。また、戦闘機のパイロットについては、来賓施設で過ごして頂いております。母国からは安否を気遣う連絡が入っております。いかがしますか?」


「え? あ、連絡っていうのはどういった感じで……」


「そちらの端末にメッセージが届いております」


 ムーちゃんの視線が向かった先には、ベッド脇に設けられたサイドテーブル。そこには以前、彼女からもらったムー大陸製のノートパソコンがおかれていた。今回のトークに併せて、わざわざデスクから移動させてくれたのだろう。


 けれど、どうしてノートパソコンなのか。


「ムーちゃん、あの人たちと連絡先とか交換してたんスか?」


「ご主人が楽しまれているソーシャルメディアに通知があります」


「あ、なるほど」


 きっとツイッターのダイレクトメッセージのことだろう。


 どうして個人的な通知をムーちゃんが把握しているのだろう。前にも思ったことだけれど、やはりこちらの大陸で行う通信は、彼女の監視を受けていると考えて間違いなさそうだ。エロ画像など収集した日には、性癖がモロバレである。


「…………」


「どうされました?」


「いや、な、なんでもないッス」


「ご安心下さい、職務上知り得た情報を流出させることはありません。そうした情報は、ご主人のムー大陸における生活の質を向上させる為に利用されます。それ以外の用途では一切利用しません」


「……うぃす」


 やっぱり見ているようだ。


 おかげで焦る。


 どうしよう、今後のオナニー事情。


「ちなみにどんな内容なんスかね?」


「安否を気遣う挨拶と、返信の催促となります」


「なるほど」


 やはり、通知の存在だけでなく、内容まで見られてしまっているようだ。たとえば今後、ムーちゃんにそっくりなAV女優の画像を集めたりしたら、それも彼女に知られてしまう、ということのなのだろう。


 恐ろしいと感じると同時に、少しだけワクワクしてしまうのは何故だろう。


「如何されますか?」


「行ったり来たりで申し訳ないんスけど、改めて挨拶に向かわせてもらってもいいっスか? お借りしてた戦闘機とか、なるべく早くお返しした方がいいと思うんスよ。それにパイロットの人も、ちゃんとお送りしないとですし」


「承知しました」


「あと、ムー大陸が他所の国に攻撃をしてるって、あっちで聞いたんスけど……」


「そちらは管理者権限が移譲された時点で、既に停止しております」


「あ、どもッス」


 よかった、意識を失っていたとはいえ、三日間を丸々放置とか流石に申し訳ない。町の燃えている映像は、未だ脳裏にしっかりと焼き付いている。ムーちゃんが気を利かせてくれていて助かった。


 おかげで自然と口は動いていた。


「ムーちゃん、色々と面倒を見てくれてありがとうございました」


「いいえ、これも大陸の管理を行う上で必要な仕事ですので」


「おかげで助かりました。めっちゃ嬉しかったです。自分、見ての通り本当にどうしようもない人間ですけど、もしよければ、もう少しだけ面倒を見てもらえると嬉しいッス。ムーちゃんと一緒にいると、なんだかとても落ち着くんです」


「…………」


 彼女に面と向かって、こういうことを言う機会は意外と少ない。


 だから素直に気持ちを伝えてみせた。


 すると少しだけ、ムーちゃんの顔が穏やかになった気がした。

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