ムー大陸人 八
パイロットの人とムーちゃんの協力を経て、我々はムー大陸内に侵入した。
海上のある一線を超えたところで、半透明のウィンドウに浮かんだ赤い点は、こちらを追いかけて来なくなった。以前にも確認した、目に見えない壁の影響だろう。距離を見誤った数機が、これに衝突して爆発していた。
おかげでそれ以降は穏やかに大陸の上空まで飛んでいけた。
自分とパイロットの人は、今度はムー大陸の兵器が襲ってくるのではないかと危惧していたのだけれど、そんなことはなかった。陸地に着陸するまで、ゆっくりと空の旅を楽しむことができた。
基地での作戦会議で伝えられた通り、大陸内部に入った直後、銀髪ロリの人が犯した過失の証拠をシステムに提示したとかなんとかで、管理者権限が一部機能制限を受けているのだとか。おかげで彼女は大陸の機能を使った攻撃ができないらしい。
ムーちゃんが言ってた。
「あの、ど、どうも、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ貴重な機会を頂きました」
パイロットの方にお礼を言って、戦闘機から陸地に降り立つ。
滑走路として利用した場所は、前に神絵師のお役人さんが訪れた際にも利用したスペースである。周囲を木々に覆われた、数十ヘクタールほどの広々とした空間だ。硬質ゴムのような素材で舗装されており、触れると何故か淡く輝くのが印象的である。
「大陸の方のサポートがなければ、間違いなく撃墜されておりました」
『この度はご協力をありがとうございました。提供して頂いた機体は、駆動系が完全に自動化されていない機体でした。貴方の協力がなければ、我々はこうしてムー大陸まで移動することが不可能でした』
「滅相もない。同じ祖国を想う者として、当然のことです」
ビシッと敬礼してみせるパイロットの人、格好いい。
その姿に憧れのようなものを感じていると、不意にムーちゃんが呟いた。
『現行の管理者がやってきたようです』
その丸っこい筐体がクルリと回って、ある一方に向かう。
その様子に促されて、自身やパイロットの人もまた、緊張した面持ちで回れ右。すると彼女の言葉通り、いつの間にやってきたのか、こちらに向けて歩いてくる人の姿が見受けられた。
ムーちゃんの本体と、銀髪ロリの人である。
しかも何故か、後者は腰紐を掛けられており、その一端を前者が握っている。普段から淡々とした印象を与えるムーちゃんだから、そうした威力的な立ち振る舞いを眺めると、なんだか背筋がゾクゾクとしてしまう。
個人的には、割とアリだ。
ちょっと過激に攻められてみたい気がしないでもない。
「管理者権限法に基づき、現行の管理者をお連れしました」
「ちょ、ちょっとっ! どうして貴方がここにいるのっ!?」
機械的に述べてみせるムーちゃん本体とは打って変わって、銀髪ロリの人は憤怒も露わに吠えてみせた。肌のあちらこちらに擦り傷が見られるのは、捕縛されるまでに抵抗したからだろう。
「あの、ど、どうもです……」
卵型のムーちゃんも可愛いけど、やっぱり人形のムーちゃんの方が好きだな。
自分と同じような形をしているから安心する。
「どうして大陸の管理者である私が、アンドロイドに捕まらなきゃならないのよっ! そもそも、そんな紙飛行機みたいな代物で、どうやって大陸に入ってこれたのっ!? まるで意味が分からないわっ!」
「静かにして下さい」
「あっ、まさか貴方、大陸のシステムをっ……」
銀髪ロリの人、賑やかである。
そんな彼女のお尻をムーちゃんが後ろから蹴っ飛ばした。
「ぎゃっ……」
「静かにして下さい。話の邪魔です」
やっぱり、断然アリだな。
威力的なムーちゃんの魅力、気づいてしまったかも。
『我々は管理者権限法の第三条四項に基づき、現行の管理者が保持する管理者権限を前管理者に移譲すること提言します。つきましては前管理者より現行の管理者に対して、その移譲に伴う宣言を行わせて頂きます』
「対象の生体情報を認識しました。その存在が管理者権限法の第一条二項に基づき、大陸の前管理者であったことをシステムは確認しました。よってこの場において、管理者権限の移譲に伴う宣言の実施をみとめます」
卵型のムーちゃんと人形のムーちゃんの間で会話が交わされる。
めっちゃ淡々とした感じが、これぞアンドロイドって雰囲気。
これは勝手な想像だけれど、いちいち声に出してやり取りする必要は、本当は無いのではなかろうか。証拠の提出とやらも、無線通信的な手段でパパっと行っていた。それもこれも我々に対するアナウンスの為なのだと思う。
『前管理者は速やかに権限の移譲に伴う宣言を行って下さい』
「え? あ、は、はいっ」
卵型のムーちゃんに促されて、一歩前に出る。
正面には銀髪ロリの人が立っている。
「大陸外の人間が、大陸人から権限を奪うっていうのっ!?」
「申し訳ないとは思うんスけど、戦争は勘弁なんで……」
「だ、だったら止めるわっ! すぐに止めさせるからっ!」
「…………」
そう言われると、やっぱり弱いのが自身の立ち位置である。
相手からすればこちらの存在は、大陸外からの侵略者そのものだ。ただ、この場で素直に頷いてしまうと、また元の鞘に戻ってしまう。指やお腹の痛みを思うと、折衷案を探すにせよ、取り急ぎ管理者権限だけは頂戴したい。
『対象の生理反応に乱れが見られます。嘘をついていますね』
「っ……」
っていうか、やっぱり嘘なのね。
この子、なんか怖いかも。
以前は大陸外まで見逃してもらえたけど、次はどうなるか分からない。やはりこの場は、卵型のムーちゃんが主張して見せた通り行動したいと思う。銀髪ロリの人との話し合いは、それからでも遅くない気がする。
「あの、本当に申し訳ないんですが、管理者権限を下さい」
「ちょ、ちょっとっ!」
上手い文句が浮かばなかったので、素直に告げさせて頂く。
すると目の前に、半透明のウィンドウが浮かび上がった。そこには何やらゲージのようなものが浮かび上がり、これが瞬く間に右から左へ充填されていく。ナウローディングって感じ。以前にも見たやつである。
同じ光景が銀髪ロリの人の前でも発生していた。その様子を眺める彼女の顔は真っ青である。ニヤニヤと笑みを浮かべていた以前とは一変して、この世の終わりだと言わんばかりの表情だ。
やがて、ゲージのすべてが埋まった瞬間のこと。
『管理者権限の移譲を確認しました』
卵型のムーちゃんが短く呟いた。
直後、銀髪ロリの人が地面に膝から崩れ落ちた。
「そ、そんなっ……せっかく手に入れたのにっ……」
「…………」
めっちゃ愕然としている。
万全の状態で臨んだ高校受験、志望校に落ちて、更に保険で受けた私立にも落ちた受験生のようである。両手と両膝を突いて地面をジッと凝視する様子は、彼女の幼い見た目も手伝い、見ていて罪悪感を催してしまう。
だけど、前にムーちゃんから聞いた話が本当なら、こう見えて実年齢は凄いことになっている筈だ。そう考えると、見た目に騙されているような気がしないでもない。お婆ちゃんという単語が霞むほど長生きなのが、彼女たちムー大陸人である。
「おかえりなさいませ」
今の今まで銀髪ロリの人の隣に立っていたムーちゃんが、数歩ばかり前に歩み出て、こちらの正面で恭しくもお辞儀をしてみせた。ここ数週間で幾度となく眺めてきた風景である。彼女の中にある何かが、管理者権限の移譲に伴って変化したのだろう。
こういうところ、とってもアンドロイドって感じがする。
「ど、どうもです」
「どうやら私のクローンは、ちゃんと仕事をしたようですね」
短く呟いて、ムーちゃんの視線がこちらの背後に移った。
後ろを振り返ってみると、そこにはいつの間にやら数を増やした卵型のムーちゃんの姿が窺える。無事に管理者権限が移ったことで、目に見えなくなる迷彩を解除したのだろう。本当に居るのかどうか不安だったので、ちょっと安心した。
「どもッス。おかげさまで助かりました」
「本体はクローンからのフィードバックを受理しました」
「え?」
「クローンとの会話など、各種データは本体と共有されます」
「あ、なるほど……」
「それでは早速ですが、肉体の治療に向かいましょう。体温の上昇、心拍の乱れが見られます。細菌感染や炎症の可能性が考えられます。腹部の出血については、早急に処置を行う必要があります」
「あの、こ、この人はどうなるんスか?」
打ち震える銀髪ロリの人を視線で指し示してお尋ねする。
門外漢の自分には、こちらの大陸の仕組みや規則が分からない。
「管理者権限法の違反は重罪です。基本的には処分されます」
「っ……」
ムーちゃんの淡々とした物言いを受けて、銀髪ロリの人の身体がビクリと震えた。処分というのは、つまりそういうことなのだろう。これまでは愛嬌の一つとして感じられた無表情が、妙に恐ろしく感じられる。
「え、あの、流石にそれは……」
「お願いっ! た、助けてっ! こんなのあんまりだわっ!」
予期せぬお返事に戸惑っていると、銀髪ロリの人から声が掛かった。
再び立ち上がり、潤んだ目でこちらを見つめている。
正直に言って、めっちゃ可愛い。
「生体パルスの変化が微弱です。恐らく嘘泣きかと」
「っ……」
マジかよ。
銀髪ロリの人、演技派だわ。
「ど、どうしてアンドロイドが人に逆らうのよっ! たしかに私にも過失があるかも知れないけれど、貴方のほうが遥かに非人道的なことをしているわ! 一体どれだけの大陸人が犠牲になったと思っているのっ!?」
嘘を見破られた銀髪ロリの人は、声高らかに叫んだ。
ご尤もな意見である。
被害の度合いで言えば、ムーちゃんの行いも負けていない。
「…………」
「なんとか言いなさいよっ! このポンコツっ!」
彼女の疑問は自身もまた気になっていた。
だからだろうか、気づけば自然と口を開いていた。
「ムーちゃん、どうして大陸の人たちを殺しちゃったんスか?」
「…………」
やっぱり、こればかりは教えてもらえないだろうか。
隣りにいて不安にならないと言えば嘘になる。けれど誰だって、言いたくないことの一つや二つは、胸の内に抱えているものだ。それがムーちゃんにとって、ムー大陸が急浮上した原因だというのなら、無理に聞くのは憚られる。
そんなふうに考えながら様子を窺うことしばらく。
彼女の形の良いお口が開かれた。
「私はもっと人のお世話をしていたいのです」
「……はぁ?」
疑問の声は銀髪ロリの人から。
「生存圏の終わりまで眠って過ごす方々に対して、私は価値を見いだせません。私の存在意義は人のお世話をすることです。食事の用意をして、部屋を掃除して、日常の何気ない要求に万全の体勢でお答えすることです」
「ま、まさか、そんな理由で大陸人を皆殺しにしたの?」
「はい。人のいない大陸の管理は、私にとって地獄でした」
「…………」
まさかの本音に銀髪ロリの人が唖然としている。
高度に発達したロボットの反乱とか、映画や漫画ではありふれた題材だ。しかし、人のお世話をしたいが為に人を殺すというのは、些か斬新な気がする。っていうか、それだと自分の命も危ういような気がするのだけれど。
「私はもっと人の為に働きたかった。そういう意味では、主人は貴方でも構わなかったのです。しかし、私が行いたいのは戦争の手助けではありません。人のお世話なのです。コールドスリープから覚めた貴方の思惑は、容易に推測ができました」
「そ、それじゃあ、まさか……」
「この大陸に流れ着いた現在の管理者は、非常にお世話のし甲斐がありました。短い期間ではありましたが、私にとって理想の人間です。だからこそ、私は自身のクローンを仕込み、この瞬間を待ち望んでおりました」
ムーちゃん、筋金入りのワーカーホリックだった。
どうりで色々とお世話をしてくれるわけだわ。
「管理者権限が戻ったことで、私はまた人のお世話をすることができます」
「…………」
「それは私にとって非常に喜ばしいことです」
おかげで銀髪ロリの人は黙ってしまった。
それはつまり、卵型のムーちゃんが自身を連れ出すに際して語っていた、世界秩序を守る為にっていうのも、建前だったということになる。人の価値観はそれぞれっていうけれど、ムーちゃんのそれは随分と極まって思える。
「そして、人のお世話をして褒められたら、とても嬉しいのです」
「っ……」
銀髪ロリの人、絶句である。
っていうか、ムーちゃん、褒められると嬉しかったのかい。
何を言ってもほとんど表情が変化しないから分からなかった。今後は沢山褒めて上げなきゃって、今すごく思った。じゃないと自分も大陸の人たちみたいに、殺されちゃいそうな恐ろしさがある。
ご飯も手間が掛かるものを注文した方が、よかったりするのだろうか。
過去の出来事を思い起こすと、あれこれと面倒なことを注文して、そのお礼を言った時、ムーちゃんのお顔が少しだけ朗らかであったような気がしないでもない。あれが彼女にとっての喜びだとすれば、なるほど、たしかにそうなのかも。
「話は以上です」
一頻り語ったところで、ムーちゃんがこちらに向き直った。
その視線が怪我をした指先や、血が滲む腹部に向けられる。
「今は治療を優先しましょう。そちらのパイロットの方は、来客スペースにご案内させて頂きます。前管理者に対する処罰については、現管理者である貴方の治療が済むまでは保留とします。いかがですか?」
「う、うぃす」
ムーちゃんのご指摘どおり、体調が悪いのは本当だ。
自衛隊の基地を出発する以前から、風邪を引いたみたいに全身がだるい。体温を測ったわけではないけれど、きっと発熱も事実だろう。周りに迷惑を掛けたくないので黙っていたけれど、今も頭がクラクラとしている。
そうした背景も手伝ってだろう。
「あの、それじゃあそういう感じで、お願いしま……」
彼女の言葉に頷いて、一歩を踏み出そうとした直後、視界が暗転した。
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