第22話

 戦況はすぐに変わる。急ぐほかに手はない。

 狂介は鳥埜と、百メートルほど離れた崖の上に跳んでいた。

 跳んだ先では「蟲」の集団の密度は薄い。集団が引き返して来るにも、かなり時間は見込めた。

「また爆破する。イメージはさっきの炎で」

「もう覚えたから」

 視力を能力で高めないと、細かな狙いはつけにくかった。

 一体が爆発し、裂けた肉が燃え上がる。

 続いて二体。三体。何体かが、のっそりと振り返る。そのうちに、この崖にも襲い掛かって来る予感があった。

 燃料を内蔵しているのは、対戦車用と思えた。吹きかければ戦車を炎上させられる。

 もちろん、タイプⅢの防御スーツも、炎の海ではそう長くは持たない。

 炎は厄介だった。

 酸はパワードスーツ、あるいは――とにかく対人用だろうと思えた。

 まだ、「対能力者」専用の生物兵器らしいものはいない。

 用意しているだろうという予感はあった。

 どんな姿なのか、どう攻撃してくるのかは想像がつかない。


 悪意――「蟲」は紛れもない悪意が姿を取ったようなものだったけれども、同じくらいに自分たちも不気味だろうという思いはあった。「蟲」と互角に戦い、どこから攻撃するかはわからない。

 だが――そのくらいでなければ対抗はできない。どう思われようと構わない。

 化け物には、化け物で対抗するのが筋だ。


 ――能力者たちはどこへ行った? 居たら応答を頼む。

 軍の連絡系統から通信が入る。

「そちらからは見えない崖の上にいます。援護しますか?」

 ――ヘリが出る。攻撃に巻き込まれないように、防護服の識別信号だけは確認しておいてくれ。

 戦車部隊だけでは追い返せないと見たようだった。

 主な兵装は40㎜の機関砲。ロケット弾。「蟲」に追われる危険性はない。

 肉の奥底まで破る力はあるだろうか。燃料に誘爆はさせられるだろうか。

 攻撃に巻き込まれないように、と注意されたということは、戦線から離れた、今いる崖の上まで戦域が拡がる可能性があるということだ。

 ヘリで後方から「蟲」を包囲するのか?

 そう考えている間にも、鳥埜が五体ばかりを片付けていた。

「まだこっちへは来ない。そんなに「蟲」は遠くまでは見えない? あの「蟲」、目が良さそうには見えないもんね」

 こちらは百メートル先を狙っている。「蟲」は的が大きいから視認は簡単だ。燃料のある腹部は、細かく見なければならないが。

「蟲」の集団から見れば、こちらは視認は難しいか。

 そう考えて、既に伏せて居る鳥埜に合わせて伏せる。

 匂い。気配。何かで感づかれる可能性はある。


 そもそも「蟲」には能力もある。何に特化しているのか。最大でどれだけの力があるのか。

 襲撃されてからそんなに時間も経っていない、と思えばそうだった。

 が、それは言い訳に思えた。Aクラスの能力者として――狂介は、もっと、「蟲」を分析していなければ、と思う。


 ――押し寄せた「蟲」が戦車の一台に乗り上げる。一面に燃料を吐いた。

 音は遠くて聞こえないが、ごうごうと燃えているだろう。

 そう簡単には引火しないはずだった。高く上がった炎の中を一台が撤退する。

 乗員が戦車の外へ退避するのは、危険すぎる。持ちこたえてくれるかどうか、見ていた。

 思ったより火力は強い。

「蟲」そのものも、炎に巻き込まれていた。自死をものともしない。

「蟲」の意志はどうなっているのだろうか。

 ――精神は。

 狂介は自死も厭わないような「蟲」が何かを「考えている」のかどうか、探ろうとしていた。行動に謎が多すぎる。

 能力が使える以上、戦意は高揚していても「蟲」の脳は「人並み」のはずだった。盲目的に自らも燃え上がるように、命令されているのだろうか。あるいは、戦意が高揚する何かを与えられているのか。

 炎に包まれた戦車が止まる。そのまま、炎に包まれていた。

 戦車の中の人の気配を探り、諦めた。救援に飛び込めば、自分も炎に巻かれただろう。

 ――ドームを守ろうという目的は同じだ。

 思わず、狂介は近くの岩を殴っていた。

 鳥埜が狂介の背を、軽く叩いた。

「狂介……あたしたちは助けに回るんじゃなくて、「蟲」を早く倒す。そうしよう? 軍には軍の指揮系統がある。勝手に乗員を連れだしたりしたら、きっとそれはあたしたちの範囲じゃない、でしょ? 悔しいのはわかるけど、ね」


 丁度、交代するようにヘリの一団が飛んで来ていた。

 対戦車に特化したような「蟲」を前に、戦車の列は後退しながら砲撃している。

 ヘリはかなりの高度を保ち、上空から「蟲」に銃撃を浴びせていた。

 戦車に代わりヘリが来ても、局面が変わった、というほどの効果はないようだった。

 だが、上空であれば、少なくとも簡単には「蟲」に攻撃されることはない。

 さらに、頭部らしいところにヘリの銃撃を集められた「蟲」が地に倒れ、やがて動かなくなった。

「頭も、急所?」

 鳥埜もその様子を見ていた。

「うまく狙えば、行けそうだな」

 さっきの銃撃には、運の要素もあったようだった。他の「蟲」では、頭部への銃撃の弾が、目に見えて減速する。「蟲」が戦車砲を受けた時と同じだった。

「試しに頭を狙えるか? 鳥埜」

「的が小さいけど、大丈夫」

 鳥埜は視力を強化したようだった。よく動く「蟲」の頭は狙いにくいだろうとは思った。

 頭部すれすれで炎が立ち、鳥埜の攻撃が、何度目かに頭を焼いた。弾け飛んだ頭部。「蟲」はびくびくと動き続けた。戦う能力は失われているだろうが、完全には死んでいない。

「狙いのつけやすさだけなら、燃料か」

「……何体か練習してみる」


 最初に俯瞰した時の「蟲」の数は、およそ三十。あれから数は増えている。

 遠く西の方角から、押し寄せて来ている様子は見ていた。

 既に狂介たちだけで、十五体近くは倒している。

「「蟲」は撤退はしないだろうな。全滅させよう」

 突然爆発する「蟲」がいた。別行動の人樹たちだろう。

「あたしたちだけで倒しちゃうけど、いいの?」

 ガーディアンが殆ど倒した。そうなれば今後、狂介たちの扱いが変わるかもしれなかった。

 軍に編入されないまでも、同じ活躍を期待されるだろう。

「街を守るっていう意味では変わらない。……本当はシロノに相談したいけどな」

 街を守る覚悟は出来ている。軍も同じ事だ。


 本来の守備範囲ではない、果てしなく続き分岐するカーゴの道まで、守り切れる人数は、ガーディアンでは足りない。軍でもそこまではできないはずだ。

 カーゴの通れる道は、走り続ければいつか他のドームに到達する。

 どの道もかなりの距離だ。

 今後、「蟲」の集団を見つけては、潰しに行くようになるのだろうか。

 カーゴからの緊急要請に、対応するようになるのだろうか。

 嫌ではない。むしろ喜んで参加する。ただ、人数が足りない。

「道」の防衛は無理ではないか。少し考えただけでも距離が、分岐が、他のドームとの守備範囲の切り分けが複雑すぎる。

 カーゴの通る道は広すぎ、遠すぎるのだ。

 軍との任務分担もあるだろう。

「――構わない。倒せるだけ倒そう。この後の策は誰かが考える」


 予感。――嫌な予感だけがあった。鳥埜と近場の「蟲」を爆破している間に、何か、「意志」のようなものが流れた。

「蟲」が何かを――これまでにないことを――しようとしている。その気配だけが読めた。

「蟲」の意図そのものは読めない。

「鳥埜……難しいと思うけど、「蟲」の意識にダイブできるか?」

 もし、埋め込まれただろう脳が能力者のものならば、意識の層があるはずだった。

「うん……」

「気持ち悪ければ入り口で引き返していい。――意識が汚染されそうだしな」

 伏せたまま、鳥埜の目が鋭くなる。「蟲」の脳を標的にしたのだろう。

「……一面、血、みたいな海……荒れ狂ってて入れない。ごめんね」

 気持ち悪さを抑えるように鳥埜が言う。

「それ以上はいい。鳥埜の意識がやられる」

「蟲」は、辛うじて能力者、というのが本当だろうか。まだ、底知れないところがある。

 ――そして、「蟲」の変化――「意図」が現れた。

 口らしい場所が四つに裂け、進化――変化した。

 液を噴き出しながら開く口は、そのまま戦車を呑み込めるほどに拡がっていた。


「あいつら形が変わるのかよ」

 この先、どう変わるのか。狂介は前線から目を切ると近場の「蟲」に集中しようとする。

 鳥埜が代わりに爆破し続けていた。

 何度か戦車の列を見てしまう。

 飲み込まれそうな戦車が、急速に後退する。どうっ、と口を開けた「蟲」が伸縮しては前に身体を投げ出す。地上戦はかなり、困難に見えた。

 飲み込まれかけた戦車が、砲撃しながら全速で逃げる。地上の戦線は急速に下がっていた。

 代わりにヘリとシルフィード――攻撃機が地上50mほどから攻撃する。


 やがて大型のミサイルが地を穿ち、一撃で「蟲」を粉々にする。

 巻き込まれないように、狂介の意識は空中の飛翔物を追っていた。

「かなり減ってきたね」

 鳥埜が周囲を見回す。

「この辺りの「蟲」は特にな。――攻撃が密な所には行けない。いつ死ぬかわからない」

 今後どう戦うのか。総力戦に近いように思えた。

 この密度の攻撃を、地上カーゴ一台を守るために展開はできないだろう、と思えた。

 並のカーゴならば、防衛するつもりの攻撃でさえ、巻き添えで粉々になる。

 どう守るのか。今は押し寄せた「蟲」を全滅させることに集中している。

「当分、カーゴは出られないな。この規模の「蟲」が来る限り」

 ドームの外周の防衛が優先だろう。

 幸い、交易をしなければ持たないようなドームではない。

 資源は最大限再利用され、地中深く採掘も進んでいる。それぞれのドームの設計は、元々が「独立していても存在可能」だ。


「ねえ、一体、外壁に突っ込んでない?」

 鳥埜が指差す。


「無駄だとは思うけどな……んっ?」

 だが、ゆっくりと頭が外壁を抜けそうに見えた。これも、「蟲」の能力なのか? あまりの事に狂介は混乱していた。大前提が崩れる。

 ドーム外壁は問題ない。それが目の前で崩されようとしていた。

「すぐ排除するね」

 焦った声で、鳥埜が爆破する。外壁は、何もなかったかのように復元していた。

 能力者であれば、外壁の一部を――ごく小さな領域だが――無力化、破壊できる。それでもすぐに、壁は復元する。

「蟲」の、決して強いとは言えない能力で可能だとすれば、「壁」の破壊に特化した能力があるとしか考えられない。

「……何が起きてる?」

 狂介には「絶対の壁」が破られかけた事実が、受け止められなかった。

 手が震えた。

 本当に突破できるかどうかは見届けていないが――もうドームも安全とは言えない。

 化け物だ。

 本当に化け物だった。状況に応じて――能力自体がそうだが――「蟲」の攻撃方法が、力が変わる。考えていたより、ずっと「蟲」の能力は強い――特定の個体だとしても――と言えた。

 そして侮っていた。たかが爆破可能だというだけで、時間はかかるが全滅させられるだけの敵だと――危険ではあるが――思い込んでいた。

「――出来る限り減らしておこう。シロノとも相談しないと」

 ――もし、「蟲」にドームに入りこまれたら。大被害は間違いない。


 見える範囲の「蟲」は爆破していた。残りも他のガーディアンや、軍の大火力で片付きそうだ、と連絡があった。

 それから一時間ほどで、初めての掃討は一応の終わりを迎えた。

 偵察機からも、周辺――ドームから数十kmに関して、大型の移動物体は存在しない、と報告が入っていた。

 ガーディアンも余力のある者は跳び回り、気配のないことを確認し終えていた。

 ――夕方になっていた。


 ガーディアンは大会議室に集められていた。

 全員が向かっている壇に、シロノが立っている。

「お疲れ様。周辺には「蟲」はもういない。さっき偵察機から報告があったわ」

 何人かは怪我をしていたが、大半はペアの治療で治っていた。

 病院に向かったのは、数名だ。

 ――外壁を無力化しているように見えた「蟲」がいた、と報告したのは狂介だけだった。

「見間違えじゃないのね?」

 シロノも考え込むようだった。

「特異な個体がいただけかもしれないけどな」

 狂介も自信はない。他に何か原因があるのかもしれなかった。

「一体でも問題よ。仮に時間がかかったとしても――突破させるわけにはいかない。監視の徹底と――中央管理区と連携しないとダメね。……悪いけど、いつ召集がかかってもいいようにして貰うしかないわ。体制については追って連絡します。他に異常事態を見た人は?」

「蟲」の変化――口が裂けて拡がる、変形する。短距離ではあるけれども跳んだ。主に物理攻撃の無力化。

 その辺りが主な「異常事態」だった。

 殆どは狂介も見た範囲だった。

 非常招集の通信チャンネルを腕時計に設定して、その日は解散した。夜になっていた。

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