第23話

 鳥埜の店に戻っていた。

「……暫く閉店かなぁ」

 諦めたように鳥埜が言う。

「ガーディアンの給料もあるし、何とかなるよ。鳥埜は店を閉めたくないだろうけどな」

 うん、と鳥埜が頷く。不満はあるようだった。

「ねえ、たぶん「外の連中」でしょ? いつの間にあんな――化け物を作ってたんだろう」

「そんなに量産できる感じでもないけどな。自然に増える筈がない。あれは一体ずつ手作りだろ」

 脳の埋め込み。ドームでは誰もやらない――そもそも禁止された技術だ――そんなものに「外の連中」は長けていた。

「「外の連中」、の思いってわからないのかもしれないね。考えても」

 ぽつりと、鳥埜が言った。


「俺もね。理由なんかなくて、使ってみたかっただけかもしれない。化け物ができたから使った。どこでもよかった。そんなもんじゃないのか。あいつら」

 狂介にも、「外の連中」の真意はまるでわからない。そもそも真意なんかあるんだろうか。

「「蟲」はとにかく、見た目も気持ち悪いし趣味悪い。どうせあんなのばっかり作って――言ってもしょうがないね」

 鳥埜は溜息を吐いた。

「……明日からどうなるかもわからないけど、寝れるときに寝とけって事だったな」

「任務、交代制かな? だといいね。もう布団敷くね」

 鳥埜が部屋の方へと向かった。

 狂介も自分の部屋に戻った。

 ――これまでも、任務であれば――サイコハザードの時も殆ど寝ないで動いた――睡眠を犠牲にしようが、体調が崩れようが気にしてはいない。

 まだ、眠気はそれほどでもない。

「いつも通りに過ごせる時は、なるべくそうしようね」

 鳥埜の笑顔。――鳥埜が、綺麗に布団を敷いてくれていた。

 眠る前に、何でも飲み込みそうな巨大な一体を思い出しかけて、頭から追い出して布団に入った。

 恐怖は確かに狂介にもある。だが、それはどの任務でも同じだ。

 サイコハザードでも、「人の恐怖」に負けたかもしれないのだ。

 そうなれば、地獄とそれほど変わらない。

 心の暗部が、際限なく現実化する。化け物だらけになる。

 まだ物理的に追い払えるだけ「蟲」の方が――比較はできないけれど――御しやすい?

 いや、あれも悪夢には変わりない。


 突然の襲撃から、暫くは攻撃はなかった。その間に迎撃態勢は、検討が進んでいた。

 シロノ経由で聞いた範囲では、「蟲」には上空からの攻撃と、遠距離からのミサイル攻撃が使われるようだった。

 上空からの攻撃には、主にヘリが使われる。ミサイルは「蟲」をまとめて吹き飛ばす時に使われる。戦車は主力としては使われない。

 さらに、「緩衝地帯」という考えが増えていた。

 ドームの最外周1~3kmは、元々空白地になっている。

 仮にドーム外壁が侵食、突破された場合には、その3km範囲内で対応する。

 ドーム外壁を作り出しているUクラスの予備人員が、特殊な――こちらからの能力は通るが相手からは通らない――内部防壁を作り出し、その先に進ませないよう遅延させる。

 その間に、ガーディアンが対応するプランのようだった。

 細かな「新しい防壁」のスペックまでは教えて貰っていない。

 実戦に合わせて細部は変わってくる、とだけ聞いている。


「たぶん、狂介にも迎撃に出て貰うわ」

 純白の、地下の研究室にいた。少し、申し訳なさそうにシロノが言う。

「全然気にしないで下さいよ。いつものガーディアン任務でも、二回に一回は死にかかってるし――死にに行く気はないけど、覚悟はいつもしてるんで」

 覚悟――狂介にはいつものガーディアン任務だろうと、常に危険を冒すつもりはある。

 ただのケンカの仲裁でも、何が起こるかはわからないのだ。

「……死ぬ覚悟はいらないのよ?」

 狂介の声に、どこか危険すぎるものを感じたシロノが、諫めるように言う。


「俺が学園に拾って貰って――鳥埜にも拾って貰って――、借りは最初にデカいのがあるんで。じゃなきゃとっくに、死んでるでしょ。俺は」

 ふ、と軽く溜息を吐いてから、シロノは確認するように狂介を見る。

 いつも狂介は「助けられた」ことを気にしている。

 初めから能力者だったこともあるけれども、学園も狂介を利用しているのだ。

 負い目に思うべきことは、何一つない。

「――あなたに特別待遇をしたわけじゃないわ。いい? 助かった命を無駄にしないで。あなたの研究もまだ終わってないし。自分を大切にすることも学んでね」

 いい? ともう一度言うと、シロノは立ち上がって壁面に向けて手を伸ばす。

 壁面に映像が浮かぶ。


 組織図だった。

「存在はあまり明らかにされていないけれど、軍にも能力者の特殊部隊がいる。そこの訓練をして欲しいの。軍の主力――大規模な攻撃に付き合うばかりじゃなくて。特殊部隊とも動くことになる。主目的は、壁に潜り込んだ敵の排除」

 軍――特殊部隊――ガーディアン。

 特殊部隊と共同で動く、と表示されていた。

「わたしは特殊部隊との調整。それで済まなければ顧問、作戦立案、実行責任者。――忙しくなるわね。いつまで攻撃が続くかによるけれど。戦車やヘリの支援任務はなし。まあ、それほど、これまでと変えるつもりはないわ。まとめて言えば能力者への指示。変わりはないわよ」

「俺は、シロノ教授の命令通りに動いてればいいんすかね」

 いきなり指揮系統が変わったと言われても、狂介には実感がない。


「経験が豊富だから、そうはいかないわ。わたしの直下で指示をサポートして貰う。鳥埜さんと一緒にね。いい?」

「特殊部隊に? 指示を?」

「彼らはいいところCクラス。固定能力特化型よ。あなたは教える側。――話はつけてあるから。――指示を出すんじゃなくて、提案すると思って。お互いの慣れもあるでしょう? 萎縮しなくていいわよ。彼らこそプロ。こちらの指示なしでも動けるようならば、それはそれでよし」

「……やることは、目的は同じか。……やってみますよ」

 徐々に狂介の担当範囲が難しくなっている気がした。シロノの策略だ。

 ――けれど、ドームへの「蟲」の侵入を防げるなら、反対する理由はなかった。


 最初の襲撃から一週間が経過していた。

 再襲撃だった。ガーディアンの一部はドーム外で「蟲」を爆破していた。

 ヘリが主役になり、防衛線を作り出していた。

 狂介と鳥埜は、外壁に食い込んだ「蟲」の処理に呼び出されていた。

 共に行動する特殊部隊は、

 ・【雷撃】神峪無類(かみたにむるい)

 ・【爆撃】目坂法義(めさかほうぎ)

 ・【発火】短 東後(みじかとうご)

 の三人だった。

 部隊そのものはまだ人員がいるが、準備の都合で出撃できるのは今の所、三名だった。この三人から特殊部隊の他のメンバーに、敵の倒し方が伝えられる。


「軍属とか気にしないで指示してくれよな。聞けばAクラスじゃねえか。よろしく頼むぜ。何しろクラスが絶対だ。教官だと思っておくぜ」

 神峪は無精髭と、笑顔が目立った。

「同じく。俺たちは軍じゃ扱いに困ってるらしいからな。俺たちの扱いの決まりも、あってないようなもんだ。はぐれ者だな。――戦い方を教えて貰うつもりでいる」

 目坂は端整な顔立ちで、狂介とそれほど歳は違わないように見えた。

「俺もよろしく頼む。指導頼むぜ」

 短は体格では一番目立っていた。特殊部隊の三人で格闘したら勝ちそうだった。

 三人ともに、能力は近接型だった。敵に触れる必要まではないが、近距離でないと能力が使えない。

 逆に彼らからすれば、狂介と鳥埜は超遠距離型ということになる。

 確かに二百メートル先でも能力は行使できる。多少、精度と力が落ちても良ければ五百メートル以上でも行使できる。

「俺が指導するわけじゃなくて、提案、という話らしいんです」

 狂介としてはどうしても慣れない。隊長のような真似事はしたこともない。

「どっちでもいいさ。あの「蟲」をどう片付けるか、話してくれ。持ち帰って部隊の他の連中にも言う」


「そうだな……近接した後、あの虫を爆破できればいいんだけど、巻き込まれないように動けますか?」

「バックパックで真後ろには飛べる。装甲もあんたらよりは厚い」

 神峪がバックパックから推進装置を広げると、全速で真後ろに飛んで見せる。

 危険なくらいの速度だったが、簡単そうに制動をかけると静止して見せた。

 近接で能力を使うために、装備で補っているようだった。


 周囲はUクラスが作り出した新しい壁――分厚過ぎるので領域とでもいうべき1㎞の壁に覆われている。これまでになかった壁。

 それは幅1kmというだけでなく、特殊な、透明な壁だった。

 固体のような挙動をするこれまでの外壁とは違い、敵にだけ粘性の強い液体のように振舞い、こちらは何もないかのように――空気のように――動ける。

 言い換えれば、こちらには何の抵抗もない。

「蟲」には凄まじい粘性で、まるで動けない場所。

 それがUクラスの作り上げた、新しい壁だった。

「どうだ? 退避速度は」

 飛び下がって見せた、神峪が得意そうに言った。凄まじいGにも訓練で耐えられるのだろう。狂介には、能力の補助なしには耐えられそうもない。

 蹴とばすより、さらに加速は激しい。全身の骨が、肉が軋むだろう。

「……燃料を爆破した場合、衝撃波が……かなり速いから……最初は燃料を狙うのはやめたほうが」

 神峪も音速以上で飛び下がった訳ではない。衝撃波は音速以上だ。

「――うーん。自信はあったんだけどな」

「いずれ火をつけて下がる…………うーん。難しいですよ。脳を狙えば能力は使えなくなる。これ以上壁に潜り込まれることもない。それに集中しましょう」


 標的としての脳は、「蟲」の全体からすれば小さい。

 じりじりと進んでいる「蟲」の頭部に近づいた。頭の部分を指差す。


「この、顔のようなものがある辺りが脳です。【爆撃】の目坂さん。狙ってみてください。【雷撃】の神峪さんでも、脳を麻痺させることは可能だと思います。神経系は電気には弱いですからね。ただ、一発で黒焦げにできなければ、損傷があっても麻痺から醒めて動き出す可能性はあります」

「おう。拘りはない。目坂、行って見ろ。記念すべき一体目だ」

 目坂が一礼すると、「蟲」に触れそうな場所まで近づく。

「……外部ではその距離はかなり危険です。この壁は大丈夫かな……」

 狂介には危なっかしく見える。

「多少の爆発なら大丈夫だ。すぐに逃げる。脳だけだろ?」

 目坂が手を近づけ、一瞬、目を閉じた。

 どん、と脳のある位置周辺までが弾け飛んだ。

 その時には目坂も、バックパックで飛び下がっていた。

 爆発の余波がない。目坂も、不思議そうな顔をしていた。

 爆発の衝撃は、少しはあるはずだ、と狂介も思っていた。

 それが、新型の壁越しだと、衝撃が抑え込まれているように思える。


「これでいいのか?」

 目坂が空中で言う。

「「蟲」の能力は除去できたんで、後は普通の攻撃――銃撃でも――浴びせ続ければ倒せます」

「まだ生きてるみてえだな。かえって気持ち悪い」

 神峪が顔を背けた。「蟲」はびくびくと震え、確かに脳を破壊する前より、活発に動いているように見えた。

 脳のない、無意味な動きは、確かに見ていて気分のいいものではない。

 ある意味では「蟲」そのもの、そう言えた。まだ酸も燃料も内部に残っている。

 ハザードの汚染も含めて、危険極まりないことには変わりない。

「……この状態が無害とは言えません。ハザードの影響はあるし、まだ調べてませんが腰のあたりの結節を破壊しないと、暫くは動き続けますよ。細切れにしても、破片がまだ動く」

「蟲」は壁に遮られて、前進できなくなっていた。能力源泉――「脳」を爆破したからだ。

「どうすんだ? 外から焼くか?」

 神峪が聞く。

「蟲」は半分ほど、壁の内部に入りこんでいる。


「このまま――折角ですが、今回の最終処理は俺と鳥埜で。……爆破します。破片がどこまで飛ぶのかわからないので、下がっていてください。いくぞ。鳥埜」

「――もう慣れてる。任せて」

「距離を取って下さい!」

 そう言って、100m、狂介と鳥埜は「蟲」から離れた。この位で、衝撃はかなり減衰する。狂介たちにも「衝撃の緩和」くらいは能力で可能だ。

 特殊部隊も急加速して、追従した。

 鳥埜が、能力を放出するのを感じる。

 凄まじい爆発音がして――新しい壁は爆発での、肉の飛散を抑え込んでいた。

 まるで透明なチューブ内で、爆破したようだった。


 閉じ込められた爆発の圧力で、「蟲」の身体は粉々になっていた。

 ――新しい壁のスペックは、驚異的だった。

 Uクラスへの指示はシロノか? と思えた。使える。便利すぎるくらいだ。

「これなら直接燃料を狙っても――この新しい壁の中だけですが、有効そうです。まるで外部に力が伝わらない。封じられてる。凄いな」

「チューブ」内は焼け焦げた「蟲」の残骸。

 ドームの外、元々の壁から外に出ていた部分は、四散していた。

 飛び散った肉がドーム外で、びくびくと動いていた。


「――ふん。俺達にも扱えそうだ。「蟲」に侵入されたら任せてくれ。短、隊に報告。最初の一体は無事処理した。俺達にもできる。そこ強調しといてくれ」

「――了解。侵入箇所はあと二。我々で対応しますか?」

「ああ。ガーディアンは何かと忙しいだろうからな。狂介、鳥埜、訓練ありがとうよ」

 神峪が手を振る。傍に停めてあった軽装甲車に乗り込むと、あと二か所らしい、侵入箇所に向かっていった。

「……大丈夫かな」

 鳥埜が心配そうに見送っていた。

「無理そうなら特殊部隊の応援に、呼んで貰うことになってる。――外が凄いことになってるな」

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