第24話

 ドーム外部。今回はガーディアンが担当する地区と、ヘリ中心の軍の担当地区が分れていた。

 流れ弾や、無駄な混乱を防ぐためだ。

 幾ら自動で「味方」を避けるといっても、ミスは有り得る。

 攻撃側もストレスがある。構わず撃ちまくって良ければ、そのほうが気が楽だろう。

 ロケット弾の爆発範囲も含めて、分けてしまったほうがお互い本気でやれる。

 ――ガーディアン側の状況は聞いていた。負傷者は二名。ペアの治療で治る範囲だったと聞いた。

 ドーム外壁で音はある程度遮られるが、ドーム近くを飛ぶヘリの数が想像以上だった。

 ローターの音が、周囲を埋め尽くす。

 そして銃撃の音。爆発音。ミサイルの閃光と破裂音。

 それもそのはずだった。軍も相手に合わせているのだ。今回は相手の数が多い。

 絶え間ない銃撃。炸裂が「蟲」を貫き、あるいは炎を上げさせている。

「この間より、敵、増えてる?」

 大声で鳥埜が言う。

「全体の状況は聞いてない。でも見た感じ、多いな」

 狂介も叫び返した。

 見渡した感じでは倍ほどに感じる。――いや、それ以上か。夥しい「蟲」からは、威圧感さえ漂っていた。


『煩いから思考でいいのか。――「外の連中」……本当に何考えてるんだろう』

 悔しそうに鳥埜が言う。

『なぜここか、なんでいきなり襲って来たか。――前にも言ったかもしれないけど、考えてもしょうがないかもしれない。他のドームがどうなってるかも聞いてないな』

『他のドームまで襲えるほど戦力があるの? 「外の連中」』

 爆音が一段落する。ほっとしたように狂介が声で言った。

「……わからない。謎だな」

「謎は残るわね。そこは調べないと。そのうち、ね」

 そう、後ろから声がした。狂介は咄嗟に振り返る。

「ん? だ、誰だ?」

 黒髪の誰か。


「見た目も能力で変えられるのよ。成功ね。シロノさんから出撃許可が出たの。あまり人のいない場所限定だけどね」

「……何となく……もしかして、ミノリさん?」

 狂介には、微かな面影が感じられた。

 背まで変わっていた。「変身」を使ったようだった。姿形がまるで違う。

「私を閉じ込めた中央区の担当者は、今はどこかに行ったみたいよ? 地上のカーゴでね。行方不明。……バレなければ大丈夫そう。――扱いについては、暫定的に――この状況を鑑みて戦線に参加してよし。ということ。戦力になるなら誰でも歓迎。そういうことらしいわ」

 ふっ、とミノリの隣に誰かが出現する。

「透明化してたのよ。風音さん。もう健康面は大丈夫。ちょっと変装してるだけ」

 赤っぽい髪。雰囲気は変わっていた。

「風音さんは、Uクラス認定をシロノさんから貰ったばかり。――実力は私そのものと言ってもおかしくないから。同じく状況を鑑みて――要は総動員ね」

「どうも――ガーディアンの、ほぼ、指揮官と聞いています。狂介さん、鳥埜さん、よろしくお願いします。コードネームは「風音」のままでお願いします」


「いや、指揮官とか。そんなに偉くはないって」

「シロノ教授……押し付けたわね。で、できるだけはやってみるから。それ以上期待しないで」

「任務はお二人に聞けって。シロノ教授のお達しよ」

 ミノリが試すように狂介と鳥埜を見る。

「はぁ? 俺が?」

 シロノが全体の作戦で忙殺されているのはわかる。でも何で自分が作戦まで。

 狂介は混乱していた。

 確かに他のガーディアンよりは情報はある。それは認める。ありったけの情報をミノリに与えれば、どうにかなるだろうか。

「――ガーディアンの集結地帯が、このあたり」

 時計から地図情報をミノリに送っていた。

「で、どうすればいいの?」

 ミノリから、実戦の緊張は感じない。「蟲」くらい能力で軽々と捻り潰せるだろう。

「強すぎるから離れたところで。あまり敵のいない辺りで、警戒から始めて」

 ミノリの動いていい範囲を、地図上で囲む。

 目立ちすぎるだろうから、他の連中とは離す。

「片付け終わっちゃったら?」

「西の未踏査地帯――任せても大丈夫でしょう。危険だったらすぐ戻って下さい。俺たちも――出るか。案内しますよ」

 誰もいないあたりだけを、指示した。


 まさかミノリと風音まで動かすことになるとは、思っていなかった。

 実力はUクラス。何の問題もない。どちらもサイコハザードの原因だったが――シロノが話を付けたのだろうか。あるいは誤魔化したか。

 改めて、緊急事態だと感じる。


 とはいえ、何よりも、目立ちすぎるわけにはいかない。

「ミノリさん、腕から全力ビームは禁止ですからね。誰を巻き込むか分かったもんじゃないし」

「――大丈夫。シロノさんに特訓して貰ったから。あれじゃ滅茶苦茶になっちゃうからね」


 ゲートを通って、超長距離の飛躍をした。西側、未踏査地帯に近い。報告ではそれほど敵はいない、と聞いていた。

「「蟲」、いるわね。十体くらい。攻撃していい?」

「どうぞ……それ、何ですか、いや、何だかはわかりますけど」

 ミノリと風音の二人は、炎の弓を構えていた。

「これが一番集中できる、そういう結論よ。じゃ、二人で斉射」

 ごう、と風が鳴る。直ぐに空気の弾ける音がした。衝撃波だ。恐ろしい勢いの矢が炎を噴き上げて「蟲」を、まるで芋虫ででもあるかのように頭から尻まで貫いた。

「蟲」の爆発する轟音が響く。

「Uクラスの全力って……」

 狂介は絶句していた。何度見ても慣れない。


「正直、媒介する武器は何でもいいの。能力そのものをぶつける契機だから」

 桁違いだとは理解していた。だが、目の当たりにするのは話が違う。

「……片付けちゃっていい?」

 んしょ、とミノリが束になった矢を持つ。

 普通の矢ではなかった。薄い光を放つ矢は、能力そのものだ。

 放たれた矢が、次々に音速を越える音がした。放った矢があっという間に加速する。

 どこへ向けて放とうが、軌道はミノリの狙った通りに曲がり、「蟲」に辿り着くと身体の中央部を抜け頭に向け、捻じ曲がって爆発するような炎の軌跡を描き、貫く。

 ――炎の矢の連射が十体を屠るまで、さほど時間はかからなかった。

「ミノリさん、攻撃向きじゃなかったんじゃ……」

 あまりの事に狂介も一瞬、脱力していた。自分ではとても真似はできない。

「シロノさんの指導のおかげ。後はサイコハザードで、攻撃、頑張ったからね」

「……わたしも、何故かできるようになってました」

 風音の鋭い目。役に入りこんでいるのだろう。


「……じゃ、未踏査地域は頼みます。連絡は頭の中でも、無線でも」

 これでも派手すぎる。他のガーディアンとは絶対に混ぜられない。

 自分が卑小に感じる。たかがAクラスだ。

 作戦を考えて、安全を確保して、絶えず場所を変えて。

 ――ミノリに近寄れる「蟲」は存在しないだろう。

「なに落ち込んでるのよ狂介」

「……なんで俺は半分、指揮官みたいなことやってるんだろうなって」

「経験が違うから。ずっとやってきたでしょ。二人で。ミノリさんは強いだけ。作戦も何もないわ。――頼りにしてるわよ。狂介」


「……そうだな」

 想定外の敵が現れたら、例えガーディアンの真っただ中でもミノリを呼ぼうと決めた。

 桁違いの威力で、自分の考えた作戦なんかは凌駕できる。本当の緊急時に限るが。

 それまでは――自分の指示でガーディアンを動かして見る。自信はなかったが。


 ドーム内への侵入は、一時間に一体程度だった。「跳べれば」一瞬で対処できるが、対応している部隊の移動が、装甲車なのが気にはなっていた。何人かは「跳べる」だろうが――ドームの端から端となると、普通の移動では数時間はかかる。

 人員を増やしてくれているかどうか、確認した。

 全箇所に隙間なく、とはいかなくても、狂介が直接訓練した、三人ではカバーできない。

 今は十人と聞いた。それでも足りない。

 手の空いているガーディアンはいないけれども、長距離を跳べる数人を選んでドームに戻した。

 ドームが突破されれば、外を防衛して回っている意味がない。

 被害も、途方もない。


 本来は狂介がドームへの侵入に対応していればいいのだが、外に出てみると、皆が意外に苦戦していた。

 ガーディアンの近くで「蟲」が爆発していた。

 危険な距離だ。爆風を無化できるだけの、力を持っている者は少ない。

 攻撃に入るのならば、事前にもっと距離を取っておかなければならなかった。

「少し、指示を出すよ」

 周知が足りない。狂介はそう思っていた。

「――だんだん、リーダーらしくなってきたね」

「冗談だろ。リーダーじゃないって」


 ただひたすら、ガーディアンをこなしてきただけだ。少しばかり人より長い。

 リーダーという言葉には、抵抗があった。

「狂介は勇敢なところは勇敢だけど、用心深いのよ。だから指示を出すときも的確な感じがする」

 鳥埜が言う。

「……どうかな」

「無駄に死ぬわけにはいかないでしょ。どの任務でも。途中で死んだら、中途半端に終わっちゃうし」

「それは思う。――全員に連絡。現在位置を再確認して、「蟲」から20m以上距離を取れていないものは、余裕のある場所に移ってくれ。体長が30mを越えているのも目撃されている。よじ登られる前に別の崖に跳べ。爆風も、もろに食らうと持たない」

 了解、了解、と通信が入る。

「――さらに全員に連絡。密集しているメンバーは、もっと余裕を持って拡がれ。外から囲うつもりで。「蟲」に囲まれるんじゃなくて「蟲」を囲むんだ」

 応答が続いた。全体が散らばって行く。高所に移動したものも増えた。

 陣形は、徐々に整いつつあった。


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