第25話

「蟲」を囲む。その意識は徹底しつつあるように見えた。

 鳥埜が感心したように言う。

「――暫く、指揮取ったら?」

「鳥埜。向いてないんだよ。――まあ、様子は見てみる。この辺で一番高そうな所に跳ぶぞ」


 50mはある崖の上に狂介と鳥埜は跳んでいた。

 岩ばかりで「蟲」の潜む余地はない。仮にでも安全地帯と言えた。

 テーブルのような岩が多い。

 ドームの外は、遠くまで行かなければ草地や森が少ない。ガーディアンが攻撃拠点に選んでいる、狂介のいる辺りは特に岩と崖ばかりだった。

 ――斜め右前方で、軍のヘリが跳び廻っていた。攻撃範囲は分けなければならない。

 今の所、攻撃範囲の重なりはないようだった。

 高い破裂音が響く。「蟲」の爆発が続いていた。

「次があるとしたら、何が来るか、だな」

「「蟲」以外に? 「蛇」はあんまりいないね」

「「蟲」の方が効率がいいんだろう。――どうやるのかわからないけど、製造しやすい、とかな」

「製造、なのかな」

「自然発生するような内部構造には見えなかった。あんな生物が繁殖するんだったら――」

「その時はその時で倒そうね。今は考えすぎないほうがいいね」

「――来たら来ただけ倒してやるさ。考えることはそれだけだ。俺は――鳥埜に会ってから、シロノに会ってから、幸運すぎた。その分、動くよ」

 鳥埜は何かを言おうとして、言葉にならないようだった。

 覚悟を決めたように、振り絞るように言った。

「……そ、そんなことないから! あたしも幸運なのは変わらない。引け目に思わないで。狂介は幸運でもいいの。悪い事じゃないの。――狂介があたしのこと、森で見つけてくれたんでしょ。それまであたし、抜け殻みたいだったから。ピアノを森で、何で弾き始めたのかもわからない。たぶん――家に居場所がなかった、のも、あるけど」

 鳥埜の声は強かった。

「いま! ドームの周りが滅茶苦茶になってるのはわかるけど……なんか、狂介が覚悟しすぎてて嫌だ。死にそうで嫌!」

「ドーム以外に、もう帰るところはないだろ。ドームと、鳥埜の家と。守るよ。ガーディアンに成るときにシロノとも、そう誓った。命くらい賭けるよ」

「そんなこと、簡単に言わないで……」

「簡単じゃない。見て見ろ。――ガーディアンも、軍も、全員必死だ。みんな覚悟はしてる」

「そういう言い方しないで。お願い。まだやることあるでしょ。死ぬ覚悟はいらない」

 爆発。破裂音。注意はしたけれど、近距離で爆発に巻き込まれそうな者。「蟲」が背後から迫って来ているように、見える者。

「鳥埜。そうだな。まだやることは多い。――もう一度全員に連絡。覚悟が出来てるのはいい事だが、簡単に死ぬな。距離を取れ。周囲を見ろ。まだできる。倒せ」


「鳥埜、やられそうな所、片っ端から援護に回る」

「……うん」

「死ぬの死なないのは、やれることをやってからだ」


「だから高所へ逃げろって言ってるだろ」

 ガーディアンの手を掴んだ狂介と鳥埜が、別の岩場へと跳ぶ。すぐ傍に「蟲」が登ってきていた。

「これは狙撃みたいなもんなんだ。場所取りを間違えたら死ぬ。自分の射程の限界で狙え。常に逃げろ。同じ場所で、狙撃は続けられない」

 崖下の「蟲」を爆破する。連続する。

「これでしばらく持つ。次の場所は自分で探しとけよ」


 狂介と鳥埜で、強引な支援を続けた。

 まだ戦い慣れていない者もいる。迫って来る「蟲」の撃退に気を取られて、距離感を失っている者。真後ろを取られている者。

 危険のただ中にいる者が、どうしても残った。

「――全体に連絡。俺から二度以上指示を受けたやつは、誰かと組め。やり方を学べ。全員を一度には見られない。動け。動き回れ。「蟲」は鈍い。ここで死ぬな」


 狂介の連絡の間も、二百メートル以上先の「蟲」を、鳥埜は爆破していた。

 当分、今陣地にしている岩の上まで「蟲」が来ることはない。

「次――何か予感があるの?」

「「蟲」は対戦車用としては強い。こっちは戦車を使っていない。もし、誰かがここを見ているんなら、何か対抗策があるなら使って来る」

「未来は見えないけどね。後は想像力?」

「「外の連中」が考えそうなことを、予想してる」


「――蜘蛛?」

 見慣れない姿に、鳥埜が声を上げる。

「数は少ないな。でも来たか。攻撃範囲が広そうだ。――内部を覗くぞ」

「――任せて」

 鳥埜の視線に力がこもる。

 東側未踏査地域から、いつの間にか合流してきているようだった。

 二十体はいるだろうか。

「――脳は腹部ね。糸? 液体が詰まってる」

 鳥埜が観察している間に、他の蜘蛛が俊敏に移動していた。驚くほどの速度だった。

 40mほど上空のヘリに、液体が発射された。すぐに固化する。

 ローターの回転力を失ったヘリが、墜落した。

「蟲」が対戦車用なら、「蜘蛛」は対ヘリ用とも言えた。

「……どうする。軍に距離を取るように言うか? 脳の除去になるとガーディアンと攻撃範囲が入り混じる。――任せきりにはできないか」

「――全員に連絡。新型、蜘蛛型のが現れた。攻撃の射程は少なくとも40mある。近くにいるようなら別の場所に逃げろ。脳は腹部にある。――試しに焼いてみる」

 軍にも、50m以上距離を開けるように連絡した。

 射程限界の岩まで跳ぶと、蜘蛛の腹部を狙って灼熱を放つ。

「脳は焼けた……な」

 蜘蛛は即死はしなかった。脳が焼けても、目標はでたらめだが、糸を吐いて回る。

「一度焼けば、気を付ければ大丈夫、か」

 蜘蛛の移動速度は、「蟲」とは比較にならないほど早い。

 簡単に崖にも登ってきていた。

「――全員に連絡。「蜘蛛」を最優先で狙え。多少、軍の攻撃範囲と重なってもいい。さもないと直ぐに糸でやられる。「糸」の射程は40m以上。50m距離を取るんだ。――「糸」に絡め取られても、すぐに「跳べば」、脱出は可能かもしれない。意識を切り替えてくれ。「蟲」は放っておいていい。先に「蜘蛛」を狙え。全滅させろ。――脳は腹部だ。繰り返す。脳は腹部にある。焼き払うんだ」


 蜘蛛の糸で絡め取られたガーディアンが、牙で身体を抉られた。

 そのガーディアンの脳を探る。既に意識がなかった。即死だった。

「――全滅させてやる」

 少なくともその瞬間、狂介に迷いはなかった。跳び先を鳥埜の意識に送る。

「待って! 塊になってる所は行っちゃだめ。つらいだろうけど、外から削って行かないと」

「……酷いもの送り込んで来やがって――わかった」

『狂介。蜘蛛の話は分かったわ。こちらで指示は引き継ぐ。そっちにあなたのサブが居るの。人樹さんのペアね。落ち着いて。ドームの壁が破られたわ。それも、これまでとは比較にならない。ドームに戻って』

『シロノ……俺がやらないでどうするんだよ』

『落ち着いて。あなたはリーダーなの。こっちの被害は下手をすると数百人よ』


 逡巡した。怒りが何より勝っていた。目の前で一人殺されたのだ。

 この後何人、殺されるかわからない。射程距離が、速度が「蟲」とは違い過ぎる。

 まだ「蜘蛛」への対処方法が、全体に理解できているとは思えなかった。

「どうすればいい――鳥埜」

「ドームを守る。そう決めたはず。狂介。ここは任せて行きましょう」

「シロノ――無駄足だったら許さないからな」

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