第21話

 まだ未知の部分が多いが、狂介は「蟲」にありそうな能力を整理した。

 透視と発火。可能性としては酸の転送。

 そこまで出来れば、軍の装備をある程度、無力化できる。特に、戦車だ。

 あまり戦車が前に出るのは、危険だと思えた。

 まだ確定とは言えないので、全体には通知しない。混乱を招きたくはない。

 ただ言えることは、幾ら装甲が厚くても、それだけでは意味はない、ということだ。

 対能力装甲が施されているわけではない、戦車は特にそうだった。


 戦車は、能力者と本格的に戦うための装備ではないのだ。

 対能力者専用の組織がガーディアン。そうでない、七割以上の市民は警察と軍に守られている。大規模な戦いとなれば、敵が何であれ、真っ先に軍が前に出る。

 狂介は迷った挙句、「蟲」とは距離を開けたほうがいい、射程ぎりぎりまで下がった方がいい。それは提案として、軍の連絡網に上げておいた。

 装甲の中を直接焼かれる、酸を流し込まれる可能性がある。

 それもコメントとして記録した。


 そして、こちら――能力者側も危険を覚悟で、退避豪は最後の砦として外で戦ったほうがいい。

 瞬間的に移動して攻撃をかけ、すぐに跳ぶ。その繰り返しになる。

 能力、体力を消耗すれば退避豪で休む。

 ――他に手はない。無謀とも言われるかもしれないが、相手に押し寄せられて能力を使われては不利なだけだ。

 シロノの措置と、逃げ込んで来た人樹の治療が済んだらそう言おう。

 少なくとも狂介と鳥埜だけでもその作戦をとってみよう。

 狂介は決めていた。


 目立つだろう。飛び回り倒して回れば。でも、ガーディアンとして――他に手がなければ、より危険の少ない手段を取る。能力者らしく動く。

 結果として軍から薄気味悪く見えたとしても。


 能力のある「蟲」と戦うのだ。なりふりなど構ってはいられない。

 ドームを守りたいのは、誰しも同じだろう。

 自分は、普通人と少し違うだけだ。能力者なだけだ。

 ――結果さえ出せれば、多少不思議な――能力者らしい行動を取っても、許される範囲だろう。


「人樹、もう大丈夫? 何ともない?」

 仄香が抱き着くようにして治療完了を喜んでいた。

「作戦を思いついた。着いてこれる奴だけでいい」

 狂介は立ち上がると、鳥埜に向いて言った。

「ここに隠れながら戦っても安全だとは限らない。それなら跳び廻りながら戦っても同じだ。囲まれないだけ、自由だとも言える。ここはあくまで、安全地帯として使う。――基本的には外に出て戦う。それでいい奴は参加してくれ」

 最後は全員に向けて言った。

「――あたしはいいわよ。跳び先間違えなければ、ここより安心っていうのもわかる。軍と協調しながら、っていうのはそのうち考えてね。狂介。とりあえず勝手に戦うんでしょ」

 鳥埜は異論はないようだった。

「僕もそれでいい」

 治ったばかりの人樹がそう言った。

「退避豪は無効だった。早めに外へ移動していれば、何ともなかったんだ」

「じゃ、じゃあ、私も」

 仄香がおずおずと言う。

「じゃあ行き先はこの先、ばらばらだ。俺を囮に使うくらいのつもりでいてくれ」

 狂介はそう言うと、鳥埜に向けて頷く。

 狂介と鳥埜は、退避豪から消えた。


 ――まず探すべき場所。居場所だ。いるべき場所だ。

 こんな狂った戦場に安全な場所などあるはずがなく――かつ、確実に他の場所より有利な、あるいは強い場所が存在する。

 丘の上。さらに岩の上。平たくテーブルのようになった巨岩の上に、狂介は立っていた。

 隣に、やや伏せて膝をついた鳥埜がいる。

 二人とも黒く分厚いタイプⅢの防護服を着こんでいる。身体の線は僅かにわかる。

 ――高い所だから安全だというわけではない。ただ、この瞬間、局所的とはいえ戦場の全体を一望する必要があり、そこには化け物がいなかったというだけだ。

 それだけで居場所としてはふさわしい。

 この一瞬だけかもしれないが。

 ……だが、どうせ一瞬ごとにベストの位置など変わる。

「「蟲」が三十くらい。「蛇」……だろう。二体」

 数え上げる事だけが目的ではない。次にどこへ行くか。まともに攻撃を受けない場所を、狂介は読み取っていた。

 どちらにせよ安全な場所など、ないけれども。

「ここからでも狙えるよ。狂介」

 鳥埜には、自信があるようだった。

「……ぎりぎりまでここから狙おう。登って来るだろうけどな」

 その時はどう配置が変わっているか――未来は読めないが予測する。

「――岩を掘れるか? 鳥埜。潜り込んで入り口を閉ざす」

「……できる。そのへんに掘るのならね」

 最後の手段だ。追い詰められたら岩の中に逃げる。


 狂介は頷くと、輝くほどの烈火のイメージを鳥埜に送る。

 能力のエネルギー源は鳥埜の深層意識の中、鳥埜の海の底の光だ。

「蟲」が一体、閃光を放って弾け飛ぶと、どん、と鈍い音が響いた。

「続ける」

 二体。よじれあいもつれあう「蟲」が爆発で弾けて、ほぐれる。

 三体。「蟲」のうち何体かの頭部が、狂介のいる丘の上を向いた。

 直接登ってこようとしても、崖だ。そう簡単には来られない場所を選んでいる。


「ここ、行けそうね」

 さっき助けた仄香と人樹の姿が、岩の上に現れる。

「混ざっても大丈夫かな。僕たちが下から見た限りでは、それほどここは目立たない」

「――暫くしたら俺たちは離れる。使える限り使っていい。ただし押し寄せられると、高所は逃げ場がない。次の場所を自分で探しておいてくれ。基本はそれぞれ動こう」

「大丈夫よね。人樹は回転早いもん」

 仄香が人樹に密着していた。

「……そんなことはない。今も狂介さんの後追いだよ」

「人樹は大丈夫なの!」

「……攻撃に参加しよう。時間がない」

 崖下まで、思ったより俊敏に這い寄って来た一体を、狂介たちが吹き飛ばす。

 爆風が重く身体に響いた。

 さらに衝撃が続く。中間地点まで来ている一体を、人樹たちが吹き飛ばしたようだった。

 その爆発で気が逸れる、ということが「蟲」にあるのか、戦車の集中砲火を浴びた一体が爆発していた。弾丸を止めきれなかったのだろうか。


 ――やはり、同じような場所にいないほうがいい。

 狂介は次の場所を探しながら、「蟲」を屠って行った。

 これが攪乱になっているのならば、歓迎だ。

 能力の源泉になっている「脳」が「蟲」に入っている。

 ならば、あれは戦意を恐らくは極限まで掻き立てられた「人」でもある。

 意味のわからなかった「蟲」の内部の器官には、「人」を興奮させる物質でも発生させる箇所もあるのだろう。過去、そんな実例もあったとシロノに聞いている。

 ――攻撃すれば「蟲」の気が逸れるのもわかる。

 あれは「人」だ。ただの「蟲」ではない。その前提で動く。

 ただし、普通の意味での「能力者」でもない。凶暴過ぎる。それも意識しなければならない。


 それならば――怒りに囚われ殺意しかないのならば、「蟲」の能力のスペックはそれほど高くはならない。正確さも、複雑なイメージを操る力もないはずだった。

 高くてもCクラス。大抵はD以下だろう。

 Bクラスもいる。――シロノの警告は心に留めておいた。特定の能力だけに特化していれば、狂介と互角の勝負になる。


 ――崖下での爆発が増え始めていた。崖の高さは20mほど。そう簡単には登って来れないだろうが、憶測だけで判断するわけにはいかない。

「蟲」には体長が20m近いものもいる。一気に登られるかもしれなかった。

 登れはしないだろう、とはとても思えなかった。

 百メートル近く離れた崖。五十メートルほど先の崖。跳び先は既に見つけてあった。

 まだ、何が起こるかなどわかりはしないのだ。

 危険。それだけが確かだ。

 群れていた「蟲」も――よじれあうようだった「蟲」は離れ、個別にこの崖に、また別の場所へと散り始めていた。

 五体ほどの集団は爆発させていた。次の集団が向かって来ていた。

「ねえ……狂介」

 不安そうに鳥埜が振り向く。

「次はあの岩まで跳ぼうと思う」

 狂介は百メートルほど先を指差した。

「かなり、戦域を離脱するけれど――能力的には届くかな」

「……うん。遠距離は得意だから。ここは集まり過ぎ。場所を変えながら攻撃を……」

「そうだな」


「蟲」と「蛇」以外に何が出てくるのかも今はわからない。

 それでも、一定位置に安住して攻撃を続けられる状況ではなかった。

 戦車が作り出している戦線。それとは無関係に動こう。そう狂介は決めていた。

「俺たちは別の崖の上に移る。このあたりは崖が多いから、人樹たちも自分で決めて動いてくれ」

 そう、人樹と仄香に声をかけた。ここなら安全という場所はない。移動し続けるだけだ。

「わかった。見当はつけてある。またどこかで」

 人樹がそう言うと、片手を上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る