第20話

 何が待っているかはわからないが、予想がつかないからこそ、少なくとも鳥埜に怪我をさせるわけにはいかない。

 狂介はそう決心していた。

 それは誰にも――自分にも許さない。

 狂介はそう決めて、ドーム外周から、「蟲」のいるだろう、外へ向かった。

 やろうと思えば――狂介にも戦車一台をひっくり返すくらいは、簡単ではないができる。そんなことをする積りはないが、ひっくり返っていれば元に戻すくらいはする。

 能力者の不気味さを前に出してしまえば、協調も何もあったものではないのだろう。

 あくまで、活躍するのは、少なくとも今日は軍だ。

 サポートに徹する。そのつもりだった。


 自分が何者か――またそんな疑問が過ぎった。気にせず鳥埜と最前線まで――退避豪のある範囲で――跳んだ。

 退避豪から退避豪へ、楕円から楕円へ移動していた。

 退避豪の内部は、確かに安全そうだった。食糧らしいものが備蓄されており、水もあり、簡易だがベッドもテーブルもあった。装甲も充分に分厚い。

 透視すると、退避豪の基底部は深く地中に根を張っていた。時折襲い掛かって来る「蛇」の突進も、受け止めていた。


『何で、こんなのが急に襲い掛かって来たんだろうな』

 最前線の退避豪にいた。鳥埜に問いかける。

『「外の連中」にちゃんとした理由なんかなさそうだけど。こういう兵器が開発できたから、試してる。それだけじゃないの? ……まだ何もわからない』

『ドーム外壁が弱ったタイミングと……まあ関係ないかもしれないけどな』

 誰かからドーム外壁の監視を受けていた、と狂介は記憶を手繰る。

 ほんの一週間前であれば、外壁は完全な状態ではなかった。

『ドーム内部の誰かが攻撃を誘ったっていうなら、中央管理区が見つけ出すでしょ。あたしにはわからない。調べようもないでしょ? 敵に集中しよう?』

『そうだな……あれこれ考える暇は今はなさそうだな』


「蟲」が大量に押し寄せていた。

 改めて近くで見ると、悍ましいの一言に尽きる。同じ退避豪にはガーディアン三人がいた。

 戦車の斉射が、「蟲」の身体に吸い込まれる。

 けれど、「蟲」は被害らしいものを受けているように見えない。

「能力で砲弾を受け止めてる? 弾の速度が鈍ったように見えたよな」

 他の三人の意見も聞こうと、普通に喋った。

 ――速すぎて。見えたんですか?

 ――そんな気はしますね。

 ――効果がない? ってことか。なぜ?

 狂介は無意識に加速を使っていた。限界まで加速すれば、弾のおおまかな動きは追える。

 弾が減速していく様子は、どうにか見えていた。

「弾が減速しているように見える。これは後で軍に伝える」

 狂介は、さらに「蟲」の観察を続ける。得体の知れないもののままでは、攻撃もできない。

 地上高くもたげた首に、一瞬、顔のようなものが見えた。

「今のは見えたろ? 顔がある。『外の連中』の得意、というか悪趣味というか、培養した脳が入っている?」

 口調が呆れたようになるのを、狂介は止められない。嫌悪感も混じっていた。

 ――見えました。能力を持たせてることは知ってます。

 ――奴らも悪趣味ですね。あの体で人の脳とか、正気が保てるとは思えない。

 ――強化ドラッグでもぶち込んで殺意だけにしてるんだろうな

 三人の見立ても正しいのだろうと思えた。もちろん、そうであるかどうか、観察は続けなければならない。


 退避豪からでも9㎜弾と20㎜の射撃はできるようだった。銃座は退避豪の上部にある。

 あまり効果は期待できない。対人と軽車両の相手ができる、精々そのくらいだろう。

 今は、意味がない。

「下手に射撃で注意を引かないで、弱点を探そう。それが先だ」

 狂介は、小山のように盛り上がった蟲の群れを見る。

「体内に燃料があるなら、焼けば爆発させられるか?」

 鳥埜が観察用の窓から外を見ていた。いざとなれば壁を「透視」するだけだったが。

「灼熱、炎は慣れてるもんな。一匹、焼いてみるか。どこを狙う?」

「あの、膨れてる腹部?」

「イメージは送る。……頼んだ」

 胸から下の瘤のような膨らみを狙った。

 燃料ではなかったようだが、酸らしいものを破裂させた。裂けた蟲がのたうち回る。


「中まで透視するか。気持ち悪いとか言ってられない」

 頭部らしいものが、首のあたり。

 酸を入れた袋が胸のあたり。

 燃料は腰のあたりに溜まっていた。

 あとは何だかわからない器官が詰まっている。

 シロノならば推測は付くかもしれないが、狂介の手に負えるものではない。

 ――このあたりでカーゴが二台、破壊されています。ドームの走行追跡記録にあります。

 ぼそり、と一人が言った。

「壊されたのか?」

 ――窓を割られて酸を流し込まれた……と。

「全装甲タイプに切り替えればぎりぎり持つか? いや軍の装甲車じゃないとダメだな」

 それでも持つかどうかは不明だ。押し潰されるかもしれない。

 群がってくるようであれば――終わりだ。


 HUDには青が点灯している。周囲の攻撃車両は、全自動ではなく、兵が乗っている事を示していた。

 まだドームからは近い。完全自動攻撃に万が一のことがないよう、自動攻撃部隊は遠方に展開しているはずだ。軍と本格的に共に行動したことはないが、最低限の説明は、シロノから受けている。資料もHUDから読んでいた。

 暫時、軍の攻撃の様子を見ていた。

 戦車の列による斉射が繰り返される。狙いはこの上もなく正確に思えた。

 だが、一向にダメージを受ける様子のない「蟲」に、次第に先頭の車両から後退し始めていた。後方で列を作り直し、陣形を後ろへと下げる。

 歩兵の銃では役に立たないと見たのか、車両ばかりが目立った。

 パワードスーツの装備だけでは、対処できないだろう。対戦車、対ヘリというのがパワードスーツの対応できる敵だ。それも大火力ではなく、大型のロケットランチャーが主兵装だ。つまり、単発のロケットランチャーが主兵装に近い。

 対物ライフルもあるが、戦車の副兵装ほどの威力もない。

 ロケットランチャー、ライフル、では巨大な「蟲」には威力が足りない。


 ――ならば、ガーディアンとして出来ることをやらなければならない。情報が足りないならば、なおさら、一撃を加えてどうなるか試さなければならない。

「鳥埜。燃料を爆破してみる。一体でも仕留めたい」

「いいわよ、狂介」

 距離は20m以下だった。近すぎないか、と不安はあった。

 退避豪の性能を信じた。爆発を伴ったとしても、衝撃は退避豪で吸収されるはずだ。

「蟲」の身体の構造のイメージも、鳥埜に送った。

 これで、正確に狙える。

「ちょっとやりすぎくらいで、やってみるね」

 鳥埜が一瞬、目を閉じた。

 直後に、「蟲」が大爆発した。――予想を上回る爆発だった。

 衝撃波が退避豪を揺らす。轟音とショックはある程度吸収されたが、それでも足元が揺れた。

 一体は粉々に吹き飛ばしていた。爆発の近くであれば、装甲車であっても巻き込まれて被害を受けそうだった。

「――「蟲」の真ん中あたりが燃料だ。それぞれ――そこ三人コンビか。透視してから、狙って見てくれ」


 ――了解です。全部片づけられますかね。

 三人の代表らしい男が言う。

「どうかな。奥の――丘になってるあたりから、何体か来てる。そう簡単には全滅しないんじゃないか?」

 ――そちらの指揮を執っているのは誰だ? 退避豪のメンバー、応答願う。

 軍から通信が入る。退避豪の通信チャンネルは公表されているようだった。

「俺? ――遠野山(とおのやま)狂介(きょうすけ)です。そちら、この周辺の部隊の隊長ですか?」

 ――そうだ。腹部に炸裂弾を集中すれば、爆破できるか? そちらの攻撃を見た感想だが。

「一体に集中すれば。ただし、見た感じ、戦車弾が減速させられてるんで、よっぽど集中しないと全部止められます」

 ――どうも効かないと思った。ありがとう。こちらもデータがないんでね。

 皆、対処のための情報がないのだ。今、まさに戦いながら集めている。

 攻撃を加えて、効果を見る。その繰り返しだった。


 斉射の続く間は、しばらくガーディアン側は攻撃を止めた。

 軍側で効果の測定ができないだろう。そう判断したからだ。

 ――あまり効いていないみたいですね。

 退避豪の中ではそんな話になっていた。

「射撃の予備動作が大きいから? 予測されて受け止められるのか? ……地味に40㎜機関砲らしいのが効いてるな」

 機関砲には、攻撃の途切れがあまりないからだろうか。予備動作もない。

 それでも倒すほどではない。「蟲」の皮膚を切り裂き、体液を噴き出させているが、まるで「蟲」の体力は無尽蔵に見えた。

 ――ガーディアンだけで全滅させても……いいんですかね。

「軍がやりたいこととズレてはいないと思う。これからも一緒に動くんだろう……」

 寸時、能力者の不気味さが目立たないかと心配にはなる。

「少しずつ、「蟲」を減らして行く。戦車部隊も何か対策が思いつくんじゃないか?」


 狂介と鳥埜で一体。三人組で一体。次々に「蟲」が爆散していく。

 ――ガーディアン、やるじゃないか

 軍用無線の回線。隊長から連絡が入っていた。

「そちらで――何と言うか、斉射してくれているから、この退避豪が攻撃されていないだけです。ここに集中されたら――奴らがどれだけ能力を持っているかわかりませんからね。持たないかもしれません」

 狂介としては、思ったままの言葉だった。

 ただ退避豪があるだけでは、「蟲」が寄り集まり、能力対能力の勝負になる。

 今の所単純な能力しか見せていないが、透視と発火でも持たれていたら逃げ惑うことになる。


「すいません!」

 ガーディアンが退避豪に飛び込んで来たのは五体ばかりを倒したところだった。

 女性、そして酸を浴びたように見える男性が女性の腕に抱かれていた。

 男性が、そっと床に横たえられる。

「この西の退避豪の傍で襲われました。西の退避豪はいま、発火で攻撃されていて……」

 女性が眉を曇らせて、言った。

「本当かよ。消火システムは動いたのか?」

 退避豪には、一通りの攻撃に耐えられるシステムはある。

「はい、でも……熱でとても居られる状態じゃなくて……。あ、法之仄香(ほうのほのか)と言います。彼は蒼我人樹(そうがひとき)」

 人樹の、タイプⅢの防護服には、熱で穴が開いた箇所がある。隙間から酸が入ったようだった。一見しただけでは全体のダメージの程度は不明だった。

 火傷も、酸の影響もあるだろう。

「鳥埜、蒼我の治療にかかって貰っていいか。俺は……退避豪が襲われた時の対策を考える。シロノまで連絡が届くか……やってみるか」


「じゃあ仄香さん、「健康な時」の人樹さんの身体をイメージしてね……それを復元するから。すぐ治せるわよ。仄香さんの記憶からイメージは複写するわよ。ごめんなさいね」

 人樹の防護服を脱がせることもなく、仄香と鳥埜が目を閉じる。

 呻いていた人樹が、苦痛から解放されていくのがわかる。

 二人がかりだ。治癒も早い。

 狂介はシロノを通信で呼んでいた。

「――シロノ? シロノいるか? 退避豪が襲われた! 「蟲」も能力がある。少なくとも、発火能力と、たぶん透視を持ってる。どうする? Aクラス能力以外は止めるように、退避豪の壁を変えられないか? 跳べるなら跳んで来てくれ」

 僅かな間があった。寸時、爆音が止まる。治療にかかっている、二人の真剣な吐息だけが響いた。


 それから間もなくだった。

「大丈夫? よく戦ってくれてるわね。わたしも情報がないの。情報ありがとう」

 シロノが白衣のまま、退避豪に跳んで来ていた。シロノくらいになると、自分の周囲に透明な隔離膜を作り出す。ドーム外でも何の影響も受けない。

「Aクラス以外を止めてもいいけど、Bクラスのガーディアンが無駄になるわ。……どうするか。――あそこの「蟲」の群れは、たぶんCクラス。Cクラスでも発火は使えるわ」

 シロノが顎に手を当てる。考えていた。

「……Bクラス以上だけ通すように改造するわね。最初はここだけ。後は――しょうがないからわたしが回るわ。内緒のUクラスはいるけど、ここに呼びたくないから。じゃ、回って来るわね」

 シロノが退避豪から消える。一人で全部書き換えた方が早い、とでも言うように。

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