第19話

「どうしたの? ぼーっとしちゃって」

 鳥埜が卓袱台に頬杖をついていた。

「いつもの、だよ。俺誰だ病。誰だろうが、ここにいることには変わりないのにな」

 あえて掘り下げなければ何でもない。

 生まれが何だろうと関係ない。普段はそう思う。

 時々、ふと、どこで生まれたか。なぜドームの外で生きられたのか。どうして――理由はないかもしれないが、問わずにはいられない。もう一つ、なぜ鳥埜のピアノの音に惹きつけられ、出逢ったのか。

 夢のように鳥埜に腕を引かれ、ドームに誘われ、気が付けば学園でガーディアンをしていた、この幸運は何か。

「あたしのペア。バディ。コンビ。それだけ忘れなきゃよし」

 今の、遠い目をした狂介に届かせるには、単純な言葉。そう決めたように鳥埜が言う。

「それ忘れてどうすんだよ」

 鳥埜が眉を寄せる。

「思い出すまで泣くか殴る。とにかくいなくなっちゃダメなの。決まり」

「……そっか。……で、さっきの、」

 狂介はライブ画面まで、TVを戻す。

「カーゴが襲われたらしい? のは、いつ来るかな。呼び出し」

「休暇出したんでしょ?」

 ふう、と鳥埜は溜息を吐く。

「まあ」

「じゃシロノ教授も優先順位、少し下げてくれるんじゃない?」

 期待を込めて言ったが、鳥埜自身も信じられない。たぶん、何かある。

「――寝る準備してくる。寝れるといいな」

「肉残してるって。狂介」

「それ朝飯に。――どうせ呼ばれんだよ」

 諦めたように狂介が言う。

 鳥埜ほどきちんと授業に出ていなくても許されるのは、真っ先に突っ込まされるからだ。

 やれるだけはやっているけれど、時々どうしても遠くを、ドームの上の空を見ていたくなる。何も考えずに。――授業に出ていない、ということだ。

 能力者でも誰でもない者になったつもりで、いたくなる。

 ひとりきりで。自分の中の能力――不思議を一人で見詰めて。


 翌日、狂介と鳥埜はシロノの前にいた。

 ガーディアンの集合に使われる、広い、地下の会議室だった。

 大型のスクリーンのある、壇上にシロノがいる。

「お休みのところ申し訳ないけど。もう他のガーディアンは出動してるわ」

「今朝もニュース見ました。結構派手にやられてるよな」

「そう。カーゴ四台はやられたわ。で、お二人にもお願いってわけ。軍も出てるから協調行動が必要。半数以上は自動。ま、あんまり自動兵器の多い所には踏み込まないことね。協調動作用にHUD上に指示が表示されるけど、早すぎて追いつかないっていう噂よ。――まとめるわね」

 シロノがスクリーンに表示を指示する。

 領域の識別:

 ・HUD上赤:自動兵器の協調動作、高。識別信号が途切れた場合、攻撃を受ける可能性あり。

 ・HUD上黄:自動兵器の協調動作、中~低。現場の指揮系統からの警告と情報を無視しなければ危険性はない。識別信号は同様に必須。

 ・HUD上青:自動兵器ではなく人間が操縦。誤射の可能性は低。識別信号は同様に必須。

「と、いうことだけど青だからって安心しないで。結局、AIの協調動作の指示に従っているかどうか、だから。フレンドリーファイア、後ろから撃たれた例は既に何件か。――混んでる所には行かないことね」

「軍だけでやって貰う訳にいかないんでしょうね」

 間違って撃たれたらたまらない、という顔で狂介が言う。まだ脅威そのものの全体像がわからない。

「敵の詳細はニュースではやってないでしょ。戦車と歩兵だけじゃ対応しづらいのよ。空から――攻撃機も部分的に投入してるけど、要するに標的が巨大で耐久性が高いのと、ここからが肝心。能力を使ってくる。「獣」と呼んでるけど、化け物ね。まだ解剖に回してないけれど、人の脳が入ってるっていう噂もある。ろくなもんじゃないわ。「獣」にして「人」なのよ」

「「外の連中」の手が入ってる?」

「私の読みはそう。地上で戦うのは彼らの主義じゃないようだけど、「獣」なら別でしょ。新兵器? ってわけ。シルフィードは能力の実現に機械しか使ってないけど、「外の連中」は生きた脳を入れて来るでしょ? まあ、間違いないわよ。奴らで」

 地下会議室はがらんとしている。普段は大勢のガーディアンが集結しているが、もう出払ったのだろう。

 ホワイトボードに、さっきのHUD上の表示種別が書かれていた。

 さらに幾つか、見慣れない化け物のようなものが表示される。


「明日には「化け物」って呼んでそうだけど、「獣」。だいたいは「蟲」。現場では「蟲」ばっかりだから、「蟲」で覚えておいて。――能力としては最強でBクラス程度までは確認されてるわ。Aクラス以上がいないという保証はない。――戦車をひっくり返されたのよ。で、図の左から、一番数の多い「蟲」型。なかなか死なない上に、酸を吐いて来るから気をつけて。場合によっては揮発性の高い燃料も吐いてくる。火の海になるから気をつけて。こっちの分析だと気化爆弾まで予想はしておくべき……だけどまだ使われた例はないわ」

「蟲」と戦車との比較図が出る。倍以上のサイズだった。20m以上あるものも存在した。

「スペックも個体差が激しいの。吐き出す燃料の特性から、大きさも。もちろん「能力」もね」

「――あたしたちは通常任務用のスーツなんですか? ……焼けるか潰されて即死しそうですけど」

 鳥埜が心配そうに言う。

「一番装甲の厚いタイプⅢ。9㎜弾だったら通らない。火の海でも簡単には死なないわよ? 重量には耐えられないから逃げる……パワードスーツ借りる?」

「動き易さとのトレードオフか。一応、退避豪にでも何着か用意できたらそれで。でも、どっちみち気化爆弾なんかに耐えられないよな。怪しかったら逃げるか? 鳥埜。他に思いつかない」

 鳥埜が無言で頷く。怯えがあるようだった。

 シロノは想定するように、宙に目を泳がせた。軽く頷く。

「……そうね。逃げ足が勝負ね。狂介、10m以上跳べるように回復した?」

「……だいたい、調子は戻りましたよ」

 まだ全力は試していないが、百メートル以上跳べるだろう。


「こちらも対策として、50mおきに退避用の――見た方が早いわね。前に説明はしたことがあると思うけど、退避豪全方位型、このラグビーボールっぽいのを置いてる。二十人は収容できて補給物資もある。並みの爆発だろうが、戦車砲の直撃だろうが壊れない」

 立てたラグビーボールのようなものが、表示される。

「基本的にはこれが存在する範囲で動いて。この内部から能力で攻撃するのが、理想的。ただし、相手の行動パターン、能力を知り尽くしているわけじゃないから、この限りじゃない。危険なら退避豪を出てもいいわよ」

 まだ情報は錯綜していた。姿形は同じでも、スペックが違う。

「――わかった。結局、臨機応変だな」

「そう。で、次に多い敵が「蛇」。装甲で小口径の銃弾は受け付けない。基本能力は「蟲」と同じ。体当たりをしてくるのと、締め上げがあるのが追加要素ね」

 鋼色の「蟲」のようなものが表示される。


「こんなのが、どれだけいるんだ?」

 数を知りたかった。囲まれたら死を覚悟、と思えた。

 俄かには存在そのものが信じられない。こんな兵器じみた生物の相手をするのは、狂介には初めてだった。

「一拠点に十~二十。ある程度離れた拠点のは、攻撃機が個別に狙ってるようね。総数は把握できていないようだけど、かなりのものよ。気をつけて。退却してもいいの。様子を見る、まずはそれに徹して」

 これで普通にカーゴが運用できるとは、狂介には思えない。

「カーゴはもう動かせないんじゃないか?」

「どうしても、という物以外は、今は移動禁止よ。その通り」

 ドームが封鎖されたようなものだった。

「このドームが孤立するっていうことか?」

 狂介の言葉に頷くと、軽く、シロノも溜息をついていた。

「今日のところはね。ドームで自給は出来てるからいいけど、嬉しくはないわね。どこまで押し返せるか、この数日で様子をみることになるでしょうね。……他にも何種類か。飛ぶのもいるようだけど記録はないわ。このドームとしては、初めての攻撃パターンね」

 シロノが気遣うように狂介を、鳥埜を見た。送り出すのをためらうような様子さえあった。

「――見たこともないようなのが出て来たら、覚えるだけにして、冷静に退避豪に逃げて。連絡もよろしく。ガーディアンの任務はあくまで、軍の支援が中心。自分で倒せれば倒してもいいけれど、そこは中央管理区との駆け引きもあるから、今日はなるべく様子を見て。さっきも言ったけど、退却して――逃げてもいいの。無理は禁物よ」

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