第4話
「学園として、できることは全部やるしかなさそうね」
学園と中央管理区は、むろん独立した組織だ。統治範囲も明確に分割され、相互不可侵に近い独立性を維持している。
だが、それも学園側が能力者を育て、中央管理区が能力者を受け入れるという関係があっての話だ。相互に利益があっての話だ。
学園としても、中央管理区が困っているのであれば、学園の立場を確立する為にも、中央管理区に関わらざるを得ない。
増してドームが危険ならば、全体の問題だ。支援しない理由はない。
シロノは自ら動くしかない、と唇を噛む。最強の二人は瞑想槽で半分眠ったままだ。
ガーディアンを総動員してでも、状況把握をする。
例え、中央管理区として隠したい事実であっても、危機は察知しなければならない。
シロノがガーディアンを動かしてから、一時間ほどで概略は掴めた。
中央管理区予備棟にも、把握できた情報を――こちらもAIで――しつこく連絡し続けた結果、捜査、状況収拾の権限と、予備棟へのホットラインは確保できた。
――要するにパニックを起こしていたらしい。早期に、なんか怪しいと連絡してくれれば対応できたのに、と思うが、あそこは指揮系統が複雑すぎるのだ。
シロノとしては、急いで対応する。それだけだ。
「予想されるサイコハザードの範囲は中央管理区を中心に十キロ。直ちに感染するというわけではない。いいわね。作戦は、内部に飛び込んで何が起きているのかを把握、サイコハザードの影響が、自分の限界を超える前に学園に戻って」
地下の広い指令室で、シロノはそう言っていた。
居並ぶガーディアンの前には、それぞれスクリーンがあり、概略は表示されている。
全員が、中央管理塔の自動防御システムの攻撃に備えて、防弾性の高い全身スーツを着ている。
咄嗟に集めたガーディアンだ。全員が頼りになるというわけではない。
早速、帰りたそうな者もいるが――放っておく。勝手に離脱するだろう。
おおよそは、シロノにも外部から見当はついている。
誰かが中央管理区で暴走したのだ。
影響範囲から見て、かなり、上位の能力者。
シロノと、あるいは互角の能力者。
「追加で言っておくわ。正式に避難命令が出たら直ちに任務を停止。直近の地下通路から、地下に避難して。学園にも地下施設はあるから、ここまで戻れれば――そうね。しばらくは持つわ。ドーム並みの障壁もあるし。臨機応変に動いて」
全員がドームへと散って行くのを確認して、シロノは地下研究室に戻る。
「さて、狂介と鳥埜さんが使えるかどうかね。狂介には自分の記憶を辿って貰わないと。サイコハザード側から接触があった以上、何かはあるわ」
限りなく薄い手がかりでも、狂介は確かに関係があるのだ。
「んー。洗いざらい狂介の記憶を探るのもねぇ……」
記憶を丸裸にするのは最後の手段、と決めた。さらに、狂介には記憶の消失がある。
鳥埜と出会い、学園に入るまでの記憶が、まるで強引に消したように、ないのだ。
イメージは見せて貰ったことがある。風景の断片と、意味の汲み取れない思い。
そこまで探っても、成果が上がるかどうかはわからない。
――その前に現状の整理だ。
報告からわかっているのは、二つのサイコハザードの同時存在だ。
仮に「悲哀」、「驚愕」と呼んでいる。それぞれが人に与える感情から名付けた。
二つの、二人の暴走。互いに関係があるのか、ないのか。
どちらが狂介と結びついているのか。
シロノが全力で感じ取った範囲では、まだサイコハザードの閉域の中には、暴走した誰かがいる。悪意でサイコハザードを作ったのでもない限り、出来る限り助け出す。そうシロノは決める。
「最悪、ブースターを併用すれば、狂介は能力を維持できるはず」
能力を強制的に強める、薬剤と機械だ。本来はそんなものは、狂介には必要ない。
出来れば使いたくない。悪影響も有るのだ。
実力を試して見る。
『狂介、私の持っているペンを取り上げられる?』
瞑想槽から2mの距離から言った。
狂介の意識は、強引に覚醒させた。思念は届くはずだ。
『……どうにか』
ぐい、とシロノのペンが引かれ宙に浮く。シロノとしては、充分に強く感じた。
『こんなんじゃ、全然使い物にならない』
『あら、もう外が見えるの? いいわよ。その調子。「念動力」の回復も悪くないわ。もう少し復活したら、あなたにも出動してもらう』
2mでも、触れずにドアを開けられると考えれば有用だ。
ほんの数メートルでも、念動力は有用なのだ。
あとは、極小距離でもいいから、テレポートと発火が使えれば、ほぼ、元通りだ。
それにはもう少しかかるだろう。
『俺が――中央管理区に――歩いて入るんですか? 射殺されるだろ』
瞑想槽の中から、狂介の疑念が伝わる。
『わたしも行くわよ。今回はわたし、鳥埜さん、狂介、その三人で動くわ。自動防衛機構に撃たれるでしょうけど、わたしが防ぐから』
『シロノが直接……確かに「無敵」が居てくれれば嬉しいけど、鳥埜が守れないようなら、俺は撤退しますよ』
能力が完全には回復していないせいか、狂介は弱気に感じられた。
『はいはい。どうせそう言うと思ってたわよ。鳥埜さんが行動できるうちは、以前と何も変わらないから。――そうね。普段より気をつけて。わたしがカバーするから。ね?』
狂介の勘と判断力があれば切り抜けられる。ふと、そう思う。
能力ではないかと思う程の、勘がある。
再び狂介を瞑想状態にすると、シロノは研究室の戸棚を開け、武装を選ぶ。
武器携帯の許可は得てある。自動迎撃で撃たれる場所に、丸腰で行けとは言われない。
アサルトライフルくらいは、持ち込ませて貰う。
――念のために三丁選んでおく。
非常時の対応に、ハンドガンも。
後は――中央管理区の対人自動排除システムとの戦いだ。
何も策がなければ、即死するだけだろう。
ペイント弾、炸裂弾頭、地味に煙幕も使う。
対人自動排除システムは、かなり光学的に対象を捉える。
目潰しが必要になるか?
まだまだ、準備は終わりそうもない。
オモチャがあったか。とシロノは思い出す。こちらにも無人兵器はある。
兵器の運搬だけでも役には立つ。馬と言うか大型犬というかそんなものだ。
いや、むしろシンプルに携行物は減らして――考えは発散する。
ベストの策は、簡単ではない。
――アサルトライフルと簡単なものだけ。そう決める。
後はシロノが自ら弾丸を止め、ドローンを吹き飛ばし、ロボットを破砕する。
Uクラスである自分を、最大限使う。携行物など、重いだけ、体力を奪うだけだ。
いざとなれば、乗り込んでから「作成」したっていいのだ。
中央管理区の者でさえ、中央管理区の防衛システムそのものと正面から戦うつもりなど誰にもあるまい。
が――とシロノは顎に手を当てる。
それができなければ、事態は収束しないだろう。やって見せる。誰もやったことがなかろうと、関係ない。
「ドーム外壁……強度が急速に下がってるわね」
無秩序に見えるほどに、研究室の中はスクリーンが表示されている。普段は雑然とした表示を嫌うが、そんなことは言っていられない。これでも重要そうなことを要約した結果だ。
この数日で、外壁の強度が落ちている。
それも仕方のないことだ。中央管理区のUクラス管理ゾーンから、Uクラスを中央管理区予備棟へ移動、ゾーンの再設置、やることは幾らでもある。
むしろ、外壁が曲がりなりにも維持されている手際の良さは、関係者は誇っていい。
だが、予備棟にまで影響は及んでいるのか、精神への影響が今頃出ているのか、強度は下がり続けていた。
このまま放置すれば数日で、ドーム外壁が失われる可能性はある。
持ち直す可能性はあるが、サイコハザードの除去なしには、突発的な周辺への影響――何しろ、最強に近い狂介の能力が、中央管理塔も見えない場所で、突然失われたのだ――を消すことができない。
予備棟にいるから、ドームの壁を作るチームが安全、とは言い切れない。
どこであっても、危険なのだ。ドーム内に、無秩序に弾丸が飛び交っているのに等しい。誰が次に撃たれるかは、予測不能だ。
サイコハザードは、遠隔地だろうと突然影響する。
避難?
一度地下に逃げ込めば、ドームは事実上放棄したも同じだ。
ハザードの濃度が低いタイミングを見計らって、カーゴで近くのドームへ逃げるだけになる。それも、一週間以上かけて。
最後まで持つ砦は学園だけになる。学園独自のドーム構造が――いつまで持つか。
やはり、サイコハザード本体と対峙するしかないのだ。
――誰かが地下会議室に戻って来ている。ガーディアンの集合場所であり、待機所である地下会議室への入退出は、地下研究室にも通知が来る。
シロノは、視覚を会議室まで広げる。
ホワイトボードに書かれているのは、あまり希望を持てる話ではない。
――サイコハザード「悲哀」内、滞留時間五分以下。それ以上は意識が保てない。
――「驚愕」内、同様。
――中央管理区の対処部隊と接触。交戦は避けられた。有効な対処は取れていない模様。
「悲哀」と「驚愕」。
……制御が効きそうもない感情。
シロノは溜息を吐く。
サイコハザードの中心部には暴走した能力者がいるはずだが、単に射殺しただけではサイコハザードは、おさまらない。
原因に遡って、解決する必要もある。
苦しんでいるのは誰と誰?
なぜ、制御を超える程の「悲哀」を、「驚愕」を、発しているの?
それを解かなければならない。ただの災害ではなく、「事件」であり、原因追及が必要だ。
もう少し手がかりが入るだろう。送り込んだガーディアンの総数は数十。
何も情報を持ち帰らない、連中ではない。
場合によっては学園総がかりで――どうにもならない連中はおくとして――対応だ。
それがサイコハザードである限り、その中に長時間取り込まれれば、例えば「悲哀」のみに心が支配される。対サイコハザードの訓練を積んだ狂介、鳥埜のような者は別だ。
狂介たちならば、サイコハザードを吸収できる。強靭な精神の奥へと吸い込める。――いずれ吐き出す必要はあるけれども。
「悲哀」がどう浸食するかは、それを受けた者次第だが――いずれは狂気に至るまで飲み込まれる。「悲哀」以外を感じられなくなる。
「驚愕」もまた同じだ。
「ともあれ――助けてあげるわ。「悲哀」の中心にいる誰か。「驚愕」の中心にいる誰か。……もう少しだけ待って頂戴ね。なぜ、どうして、あなたが叫んでいるのかも、解き明かしてあげる」
そう、呟くと、シロノは椅子に座る。
背もたれに身体を伸ばして、目を閉じる。不眠不休の二日目になるだろうか。
身体だけでも休めたかった。まだ意識は冴えているが、自分のコンディションを、これからベストの状態にしなければならない。
戦いは、これからだ。
狂介たちが起きるまでにも時間はある。
小規模のサイコハザードであれば学園でも日々、発生しては消している。
小さなものであれば、ちょっとした喧嘩騒ぎでもサイコハザードは発生する。大抵は「怒り」「憎しみ」の塊だ。それほどの大きさもなく害もない。外からゴム弾で発生源の人物を撃ってもいいし、鳥埜と狂介の得意技だが――暴走した感情を吸収して、封鎖してしまえば消える。
今回のサイコハザードはそんなものではない。災害級であり、言って見れば台風だ。
下手に吸収すれば「悲哀」に、「驚愕」に支配される。それ以外の感情を抱けなくなる。発生源でさえ自分の感情に呑み込まれて、単一の感情に支配されているだろう。
発生源を射殺しようと、サイコハザードは残る。暴走してしまった能力であり、独立した物理的な思念の塊だからだ。
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