第15話
凍える闇の中を数時間、恐らく探索していないだろう、という方角へ進んでいた。
未踏査地区を潰して歩くのだ。――半ば以上、勘で、だ。
やがて、中程度の広さの部屋に出た。
――気配がある。かなりの――力と気迫を感じる。
不意に、狂介の目の前を炎の矢が通る。気配だけでぎりぎり躱した、というのが事実に近い。幸運が味方しただけだ。
ミノリは炎の矢を放っていない。
「誰なの?」
闇の中から、高く澄んだ声が、誰何する。弓の形に光が見える。
「お、おい、シロノ……もしかして」
「しっかりしなさいよ狂介。――わたしはシロノ・ナザレ」
一行に向けられた、炎の弓、そして矢の輝きが見えた。強く、眩い。光のせいで顔がよく見えない誰か、に向けてシロノが言う。
「あなたを――わかってもらえるかしら。救出しに来ました。ここはアトラクションの中ではなく、サイコハザードの……つまり暴走した感情のっ!」
シロノを掠めて炎の矢が飛んだ。咄嗟に身をかがめたシロノの上に刺さっていた。
「死ぬ……とこじゃないの。いきなりはやめて、下さる?」
怯えたシロノの声など、狂介は初めて聞いた。
ただ立っていれば、頭に刺さっていただろう。
『シロノも、そんな顔するのか』
『狂介。馬鹿にしているのなら、覚えておきなさい』
「サイコハザードなんて普通は知らねえだろ。学校で名称を聞いて、忘れるだけだ。バイオハザードとナノマシンハザードは、ありふれてるけどな」
「あなたたちは誰なの! 邪魔をするなら出ていきなさい」
澄んだ声は、殺気を伴い追い立てるように響いた。
「あ、あなたは、誰? 風音さん?」
そう言いながら、シロノが矢を避けるように、場所を移動する。まだ脚が震えていた。
「そうですけど……参加者のかた?」
やれやれ、というように、その人影は言った。
「それで、いいのなら。そうよ。参加者よ。参加者」
シロノが焦りを隠しながら、言う。狂介には、まるで隠せていないように思えた。
「ならば、わたしには既にあなたたちは味方、と見えるはずです。わたしに会えば討伐者は認証されますから。――やはり、怪しいですね」
下げていた弓が再び、すっ、と向けられる。風音の真剣な眼差しが恐ろしい。
Uクラスが本気で作り出している現実だった。炎の矢が当たれば、シロノでも並の怪我では済まないだろう。
全員に緊張が走る。攻撃向きでない、と自称したミノリでさえ、壁に大穴を開けるだけのビームを何度も放っていたのだ。
攻撃力が未知数のUクラス。何も言えなくなる前に、狂介が声を絞り出した。
「て……敵じゃなくて味方でもない、あの、あれだ、村人? 案内役の」
「そんなものは、ここにはいません」
狂介が雑に考えた案は、風音の冷たい声で一蹴された。
ぎり、と風音の弓が弾き絞られる。どこかへ跳んで逃げるしかないか、と狂介が覚悟したときだった。
「年間パスポートはあります……間違った入り口から入れてしまったようです。私たちは、今は、討伐者希望で……入り口まで案内して頂く訳には……さもなければ無視して……」
ルールを知っているミノリが、取り繕うように言う。
どこまでがルール通りなのか、そもそもアトラクションが見かけだけでも機能しているのかどうか、シロノ一行にはわからない。
「……そんなことがあるんですか。これだから急造のアトラクションは」
なんだそんなことか、と言うように風音が弓を降ろす。
ふっ、と緊張が切れた。
風音は、ミノリの懸命の言い訳を信じたようだった。
どうぞ、というように風音は背を向けた。
ついてこい、という意味らしい。
『風音さんはやさしいんですよ。本当は。あれは役作りで、こうなってるだけですから』
ミノリが懸命に風音を擁護していた。
『風音さんは絶対のリーダーを演じてるんです』
『いや、いいけど、あの炎の矢、本気で熱かったぞ。掠めた所が焼けた』
鳥埜に治して貰ったが、狂介は鼻を火傷していた。
『Uクラスが全力でやってるアトラクションよ。狂介。死なないように楽しみましょう。……どうやってアトラクションを終えて、連れ出すか、ね』
『最後の手は……思いつきそうです。具体化するまで、もう少し待って下さい』
ミノリがやや心配そうに、そう言う。
『他に誰が参加しているかも、チェックしましょう。「羽風」さんも、巨大なほうが本体なのか、この先現れてくるのか、見当がつきませんからね』
扇も、かなりゲームのルールは知っているようだった。
アトラクションに詳しいのはミノリと扇のみ。
後は、未知の世界に放り込まれたようなものだった。
やがて、無言のままの風音に入り口、らしい大広間に案内される。
『チケットがどうこう、っていうのはここに来る前の話だろ? 俺は自分の部屋から入ったけど。年間パスポートなんか、ここには実体も何にもないだろ』
諦めたように狂介が言う。
アトラクション、と言ってもどうやって参加するのかがわからない。
『……現実介入……ミノリさん、アイデアはない?』
シロノが頭に手を当てていた。
『その……詳しくはわからないけれどメソッドA2、A1で切り抜けられない? 誰にもメソッドを使ったことは言わないから』
『ええと……アトラクションがここにある、という仕組みまでわからないんです……認識できないものまではA系統のメソッドで……うーん。どうやって入りこもう……』
「何をやっている? ここで時間を潰すことはできない」
風音の鋭い声。
『僕は得意じゃないですが、メソッドC1。アカウント管理のシステムに入りこんで……』
扇が首を捻る。何とか着想を絞り出そうとしていた。
『ここ電源なんか来てないんじゃないの? 扇。システムなんかないわよ』
突き放したように、ミノリが言った。仲が悪そうにさえ見えるが、信頼関係はありそうだ。そう狂介は思う。
『A系統の切り替え? ミノリさん。現実の切り替えです。「風音さんのアトラクションの世界」があるなら、そこに思い切って、こちらの世界を切り替える。「参加者」という存在になる』
扇が作戦を思いついたようだった。
『悪くないわ。ダメならまた考える。やってみる。――全員、現実が変わるけれどいい? 意識できるのは「アトラクションが存在する世界の自分」。本当にアトラクションがある事にするの』
『気が乗らないけどいいわ。――自分の現実を弄られるのは初めてよ』
シロノが諦めたように言う。
「ようこそ。氷の洞穴へ。――初めてで手間取ったんですね。……では、付いて来て」
僅かだけ笑顔を見せて、踵を返すと、もうそこには厳しい顔をした風音がいた。
死を覚悟し、ただし死を忌避し、誰一人として殺させはしない。その決意が表情に現れていた。
当たり前のように、そう考えている顔だった。声もそうだ。
峻厳で、凛々しい。
かつかつと進んで行く足取りに、一行は慌てて付いて行く。
風音は、白い服と手甲が目立った。そして何よりも、燃え上がる弓。
『他の参加者なんかいるのか? ここ』
狂介が先頭に立つ。互いを結んでいたロープを解いた。アトラクション上は邪魔になりそうだった。
『――まだ何とも。いるとすれば、「それらしく」するために、風音さんが記憶から引き出しているのかもしれません。――サイコハザードの原理は私の得意ではなくて……』
ミノリが答える。
『シロノ、このままでも風音さん、捕まえられないか? ……どうやるかは任せるけど』
『狂介。Uクラス同士でまともに能力対決、したらどうなると思うの? 下手にやったらビルごと周囲が崩壊するわ。今は、流れに従っておきなさい。今、ここを支配しているのは風音さんなのよ』
『……話は違うけど、無茶苦茶寒いぞ。三時間だっけ? いや、これずーっとやってるんだろ? 風音さんは。少なくとも、おとといくらいから』
『だから、「終わり」はこれから演出を考えるわ。ミノリさん、扇さん、知恵は貸してね』
サイコハザードで無限に続くアトラクション――実質的にはリアルな戦い。
どこかで止めなければ、風音の体力をサイコハザードが補っているとしても、限界はある。第一に、サイコハザードを消すという目的がいつまでも終了しない。
シロノは顎に手を当てていた。終わらせるための、これだ、というアイデアがない。強引に現実に介入するしかないのか?
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