第16話

 自動装備もできないんですか。と風音が訝しむ。

 シロノがそれらしく――大急ぎで作った――剣と鎧が全員に渡されていた。

『普通はスティックかなんかコントローラー振ってるはずなのに、これ本物の剣じゃねえかよ』

 狂介が、かなりの重量の剣を振り回す。切れ味も本物に思えた。

『使えるようなら、いいのよ、ゾンビだって本物にしか見えないでしょ。こっちもリアルな破壊力で行くわ』

 シロノは無表情に、一行の中段あたりを歩いていた。先頭は狂介と扇だった。

『俺は鎧着て戦うのは、初めてだ。――扇さん慣れてる?』

『ああ、一度はアトラクションで本格的にやったからね。もちろん、VR用のコントローラーとスーツだけれども。体感は似たようなものだよ』

『あ、混乱しそうですから、私の炎の弓は消しておきますね』

 ミノリが弓を消す。


『これを使えるのは、風音さんだけのはずですから』

 弓を消したミノリは微笑んでいた。

『ミノリさん、楽しそうだね』

 アトラクションそのものを楽しんでいるように、狂介には見えた。遊びに来てるわけじゃないんだ。と、狂介は言わない。サイコハザードの片付けにしろ、楽しめたほうがいい。

『え、えっ?』

 びくっ、とミノリが動いた。図星のようだった。

『いや、俺から見た感じ』

『ま、まあ、活躍している風音さんを見るのは好きです』

 かなり好きなんだろうなあ、と狂介は思う。別に悪い事ではない。

 風音の凛々しい感じは、アトラクションではかなり受けそうだった。

「皆、分岐のある小部屋に出た。構えて状況を見てほしい」

 風音はそう言うと、三つの分岐それぞれに炎の矢を打ち込んでいく。

 風音の台詞に込められた緊張感と、弓を射る真摯な顔で、とてもただの遊びには、狂介にも思えない。自然と、闘気が湧く。風音の指示を、真剣に受け止めていた。


 緊張感と、真摯さ。とても演技には思えない。風音が言うことを、疑おうとも思わない。

 相当の数の矢が撃ち込まれた。

 かなりの炎を抜けなければ、誰もこの部屋へは来られない。

「……足音がする。ここへ押し寄せる。――中央だ。中央の道を囲むようにして、迎え撃つ準備をしてほしい」

 風音は耳がいいらしい。微かな音から聞き分けていた。

 鳥埜にも微かに音が聞こえた。足音と歩幅からゾンビらしく思える。

 少し小柄なのがゾンビだ。青黒い肌が炎の向こうに、僅かに見えた。


 ――炎に包まれたゾンビが部屋に飛び込んで来る。

 一挙動で扇が身体を分断した。

『倒さないとポイントが入らないからね……ポイントはどこにあるんだ?』

 扇が狂介に言う。

『俺には見えないです。――人数数えるしか、ないんじゃないすか』

「十ポイント。なかなかの動き」

 風音には、「ポイント」が見えているらしかった。

『実際、凄いです。扇さん真似させて貰います』

 狂介は扇の動きを真似てみる。

 構えでは少し力を抜き、相手の動きに合わせて最大の力で振り抜く。

 刺突は難しいので狂介は横振りだった。

 見る間に三体を片付けていた。


「くっそ。面白くなってきた」

 狂介は一瞬で振り終える扇のモーションを盗もうと、一歩下がって真似を続ける。

「することないじゃないの」

 鳥埜がその後ろにいるが、狂介までで、敵が屠られる。

 扇と狂介が瞬殺を繰り返している。

「練習してろって。こんな武器の練習なんか、滅多にしないぞ」

「練習にならないでしょ。一匹くらい残してよね」

『――楽しそうね。精々遊んでて。わたしは終わらせる方法を考えるわ。ミノリさん? 条件を満たした、と思わせるにはどうしたらいいかしら。いつまでも続けられない。終わらせる必要があるわ』

 シロノが腕を組んでいた。

『時間制限が来るとチャイムが鳴るんですけど、ここにゲームシステムがあるかどうか……』

 ミノリは悩んでいる。

『無いから切りなくやってるんでしょう? 終わりを作り出すつもりで考えて』

 呆れたようにシロノが言う。

『存在しないシステムは……うーん』

 これは、全体が幻影のようなものだ。終了、と切り替えるべきスイッチも指示もない。

『風音さんに見えているはずの情報。そこを変えればいいのよ。意識に介入して、システムが出したようにアラーム? を鳴らす、とか』

 シロノも思案するようだった。

『……自信がありません』

 ミノリとしては、お手上げだった。


『それなら眠らせるだけよ。わたしたち、Uクラス二人居れば風音さんを眠らせるくらいは、大丈夫でしょう?』

 強攻策だが、他にシロノも思いつかない。

『あ、私の部屋!』

 ミノリが手を、ぽんと叩く。

『なに? それは』

 シロノはミノリの意識から「私の部屋」、らしいものを探していた。

 隔離空間? それらしいものを見つける。

 Uクラスの捜査官。まるで能力の体系がシロノとは違う。

『風音さんも覚えてるはずです。病院の部屋。を模した私と風音さんだけの空間』

 つまり、風音とミノリだけを別空間? らしいところに跳ばすようだった。

『そこに閉じ込められるの?』

『閉じ込めるというか、そこでなら、アトラクションは終わったと説得できるような気がします』

 説得ね……とは思ったが、シロノはミノリを信じる。他にいい手がないのだ。

『それじゃその案で。……狂介、遊んでらっしゃい』


『言われなくても』

 背では若干扇に負けるが、速度と動きでは負けないつもりだった。それが扇にまるで敵わない。狂介にはショックだった。

 中央管理区の戦闘訓練を受けている扇と、自己流の大きな違いだが、狂介は必死だった。

 背を低くし、斬る場所を下げる。ゾンビの脚を狩る形になる。

 相手の緩慢な剣を浴びることはない。


 扇が胴切りならば、狂介は腰のあたりを切っていた。足だけでも無力化はできる。

 つい能力で倒しそうになるが、そこは懸命に自分を抑えた。

 アトラクションはアトラクションらしく。そう弁えた。

 氷の床に滑りそうになったときに、わずかに態勢立て直しに能力を使うだけだ。

「やるな、二人とも。任せておいて大丈夫そうだ」

 風音が薄く笑いを浮かべる。満足そうだった。男性めいた言葉と、妖艶かつ端整な顔がよく合う。見蕩れそうだった。

「お、おう。任せろ」

 狂介も剣を構えて見せる。

 ――俺達にも手を出させろよ。

 ――二人でポイント稼ぎは狡いぜ。開けろよな。

 ――みんな、凄いね


 いつの間にか三人、増えていた。討伐者は全部で五人ほど、増えている。

『討伐者……どっから湧いてくるんだ? 誰もここには入れないぞ』

 狂介は扇に言う。驚きを隠せない。

 サイコハザードに……客?

 それを言ったらゾンビにしても、客のはずではある。どこから――いや、イメージの実体化か?

『風音さんのイメージだろう。ここでは何だって起きるんだ。いや、風音さんの影響力が大きい……彼女に任せよう、狂介くん』

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