第11話

「そこ! ごちゃごちゃ言ってないで事件の話を聞きなさい」

 シロノが呆れていた。

 溶け崩れた床は通れない。強引に冷却してもいいが時間がかかる。

「……また一体、来たぞ鳥埜」

「はいはい。溶かせばいいんでしょ」

 火花を上げて一体が床に倒れた。

「なあ、真面目にやろうぜ?」

「やってるわよ。応答時間0.2秒以下でしょ」

「はいはいとか、要らないからさ」

「――真面目な話、家族が居たんなら、よかったじゃない。狂介。ちょっとあたしもびっくりしてるだけよ。……気にしないで。ごめん」

「あなたたち、黙ってて。さもなければ頭で会話してて。そうよ。こっちだって音をばら撒きながら歩く必要はないわ。対人兵器向けに気配を消してるんだから。大声で台無しよ」


『邪魔が増えて来たわね。たぶん、狂介と鳥埜さんに任せれば大丈夫。風音さんとどのくらい一緒にいたのか教えて貰えるかしら。ミノリさん』

『実質……記憶を自分で再生できるかな……三日、くらいですか』

『どの程度、意識が同一化したと思う? つまり、能力が発現する可能性はあった?』

 そこが重要だとシロノは考えている。風音がUクラスであるかどうかが、サイコハザードの強さを決める。

『それは意識しませんでしたけど、ほぼ同一化していた時間もありますから、可能性は否定できません』

『A2、A1、A系統が全てわかるわけじゃないの。わたしの手を離れて、中央管理区で独自に研究された要素が多いから。「同一化」というのは、風音さんそのものがミノリさんでもありえた、と理解していいの? 存在が重なる?』

 ただ影響を受けただけでUクラスになるのならば、即席でUクラスが量産できる。

 そうではなく、精神的に共鳴し、考えが同一化し――愛情のような交流もあり、かなりの要素を重ねないと、能力は転移しない。

 A2とA1には、まだ隠された要素があるのかもしれない。

 研究心がシロノの中で膨らんで来ていたが、それは事態が収束してからだ。

 偶然の要素も強いだろう。棚上げしておく。

『……はい。一緒に過ごした時間が長い……それに、風音さんとは私が作り出した、その、固有の空間で過ごしたんです。二人きりの世界……理解できますか?』

 二人きりの、静かで、真っ白な病室。

 そこがミノリの作り出した空間だった。

 現実そのものであり、かつ、現実の一部を改変したもの。

『さすがは中央管理区の能力者ね。わたしとは根本から違う。……融合を促す空間だとでも思っておくわ。でも、だからといって誰もが能力を獲得する訳じゃない。――何か、きっかけは必要じゃないの? 悪いけれど、わたしには想像がつかない部分があるわ。説明をお願いするかもしれない。頼むわね』

『……はい』


 狂介が仕留め損なったらしい、対人兵器からの銃弾が飛び込んで来る。

『何やってんの! 危ないでしょ』

 シロノが掌で止める。

『数が増えてる。応援してくれよ』

 投入された数が多い。抹殺するつもりか、とシロノは思う。

『……私たちをまとめて消すつもり? それなら容赦なく行かせて貰うわ』

『扇。手伝える?』

 ミノリが段差に伏せて、身体を隠す。

『ミノリさん。何のための訓練だったと思ってるんですか。散々やったでしょう』

 扇の周辺で、銃弾の軌道が逸れる。

『と、言ってもこんなものですが。盾代わりにどうぞ。ミノリさん、僕を吹き飛ばさないで下さいよ』

『難しいわね。……もう少しシロノさんの反対側に行って』

『了解です』

 通路の反対側に、扇とミノリが飛ぶ。


 右手を伸ばしたミノリが光の奔流を噴き出す。

『凄いな……鳥埜』

『Uクラスでしょ。当然でしょ。こっちは効率よく行くわよ!』

 鳥埜は少し意地になっているようだった。威力を見せつけられたせいもあるだろう。

『……司令部らしいものを見つけたわ。無人。誰が対人兵器に指示を出しているのか、証拠が残らないわね』

『介入できますか? シロノさん』

 ミノリが聞く。

『わたしは拒否されてるわ。ミノリさんは?』

『……誰も入れないようになってる? みたいです』

『しょうがないわ。狂介も頑張ってね。ゴミ掃除』

 弾丸の軌道から発射元を特定して、内部の基盤を溶かす。

 その繰り返し。

 狂介と鳥埜は正確無比に、反撃していた。

『やってるって。ミノリさんが凄すぎるだけだろ。……あの、ミノリさん、ビームはいいんですけど、通路まで溶かさない程度にできます? このままだと床まで溶けるんで、危ないから』


『……落ち着いてきたか。飛行型は一撃で溶かせるな。――シロノもビームとか出せるのか?』

 ごく何気なく、狂介が聞いてくる。

『――そういう訓練はしてないわ。いきなりやったら、それこそフロアごと溶かす羽目になるわよ。たぶん。……いいのよガーディアンは。慎ましく効果的に戦えば』

『……すいません。派手で』

 ミノリが謝る。

『いいの。ミノリさんはそれで。役に立つし』

『これは……あの、アドリブでやってみただけです』

『……本当に? Uの中でも変わったほうなのね。ミノリさん』


「うん。今までのUクラス育成は間違ってたわ」

 思わず声に出してから、シロノは思う。

 主な需要に、合わせ過ぎていた。

 ドームの外壁を作り出し、維持する。

 大事なことではあるけれど、半ば眠ったような集合状態で、ただドームの防衛だけを行う。

 Uには一途な者が多いし、単一のことが得意な者が多い。

 それも間違いかもしれない。ミノリを見ていると、思う。

 仮に得意だったとしても、退屈な作業だろう。どこまで作業に口を挟めるかわからないが、多様な最高クラス、Uを送り込めばいつか変わるだろう。変えて見せる。

 Uクラスは、ドーム作りの道具ではない。

 もっと動いていいのだ。勝手にしていいのだ。今は限界と言われていることも、それで乗り越えられるだろう。

 何しろシロノ自身がUクラスだ。勝手にやらせて貰っている。

 学園の障壁が強いのは、たぶん自分勝手なUクラスが障壁作りをしているからだ。

 一定の強度が必ずしも保たれるわけではないが、いざというときは正式なドームより強い。強固な自我と多様性。それも鍵になるとシロノは思う。


 気が付けば、かなり大規模な攻勢を跳ね返していた。

 この先へは進めさせない、という意図があるのか、単に攻撃のタイミングが――ミノリの活躍がなければそれなりに苦戦していたはずだ――集中しただけか。

 今までは肉体化した、肉の塊だった中央管理区が、元に戻りつつある。それだけが理由かもしれなかった。

 これまでの肉の中では、お互い戦いようもなかっただろう。

 どこまでがまだミノリの世界であり、どこまでがいわゆる「正常な」中央管理区であり、どこからが「驚愕」の領域かは、まだ定かではない。

 ただ、静けさと冷気が通路を支配するようになってきていた。

 緑や青の氷も、壁に固着し始めている。


『周りの風景……かなり、アトラクションの「氷の洞穴」に近くなってきています』

 ミノリがそう言う。

『ああ。何かの放送で見たのに似てる』

 狂介も頷く。

 誰が支配しているのか。シロノは推測するが、ミノリと同化した風音か、二重化したままのミノリか、それ以外か、まだ判断はつかない。

『アトラクションについて教えて貰えるかしら。ミノリさん』

 研究室にアトラクションのパンフレットはない。

『ええと、2チームに分かれてですね……』


 ミノリの説明をシロノは総合する。

 対戦型、2チームでの対決が主軸だ。片方は討伐者、もう片方はゾンビ。基本的には敵のメンバーを倒せばポイントが入る。

「でも特殊な例があって、ゾンビ側のリーダー、ナビゲーターの一人ですけど、リーダーは手下のゾンビを倒してもポイントが入る。ゲームバランス的にはゾンビの方が楽、というかポイントが入りやすくなっています。風音さんは、討伐者側。ゾンビを倒す側でした。それが、不利をひっくりかえして見せたんです」

 聞いた限りでは討伐者側に、必勝のパターンはなさそうだった。

 さらにゾンビ側は誰でも無料で参加できる。何度でも、だ。

 ならば片端から参加させて斬ればいいだけだ。

 入場制限はあったらしいが。

 参加しただけでプライズ――商品も手に入る。この場合はプレミアチケットと指名権、つまりどのナビゲーターと組んでプレイするかが選べる特権が得られる。


『ゾンビ側が有利過ぎるんじゃないの?』

『普通に考えたらそうなんです』

 ミノリによれば――そこからが風音のナビゲーターとしての才能だという。

 まるで目の前で見ているかのように、ミノリが語る。

『幾ら仲間を斬ってポイントが入ろうと、それが出来るのはナビゲーターだけ。こちら――討伐者側は十人以上。斬る速度ならば、ゾンビ側に負けないんです』

 そして士気を盛り上げ、冷気で痺れる腕で、炎の矢を使いこなす風音。


 炎は半永久的に残る。そこを陣地にして攻め込んでいく。

 ゾンビは炎に触れればすぐに燃え上る。

 まるで――風音という誰かが憑いたように――語るミノリの話を聞く内に、シロノも、討伐者側の勝ちを待つように話を聞いていた。

 炎で埋め尽くした部屋。

 炎の道。

 やがて、炎のエンチャントで、風音がゾンビを一網打尽に焼き払う姿。

 生き生きとミノリは――どこか悲しそうではあるが――語った。

『炎のエンチャントが使えるのは、味方にだけだとでも思って?』

 そう言って、風音は広間に集まったゾンビ全体に炎を放つ。

 半死半生で、討ち取られて行くゾンビ。

 昂然と炎を行使する風音。見えるようだった。

 正に女王然として、振舞ったのだろう。

 風音に率いられて進めば、共に戦おうと思っただろう。

 シロノでさえそう思ったのだ。さぞ、魅力的だったのだろう。

『ゾンビ側も風音さんのファンが多くて、それで勝負はついたんですけどね』

 ミノリが、苦しそうに息を吐く。

『決着のつく少し前には、風音さんの心臓は止まってしまっていて……』

 ミノリは涙ぐんでいた。声が震えている。

『それでA1にメソッドを切り替えたのね』

『……はい』

 一時的にせよ死んでしまう世界。死なずに済む世界。そこで世界は分割された。

 どう全てを解決したのかは、ミノリが自分で語るまでは聞くまい。そうシロノは決める。

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