市営住宅街の笑い声
ふらふらと住宅街を進む。同じ形の家がいくつも密集している様は、よけいに誰もいない不気味さを深めてゆく。
そのうち、かすかに人の声が聞こえてきた。笑い声のようだ。
なんだ、人がいるんじゃないか。
さっきまでパニック寸前だったのが恥ずかしくなり、苦笑いで声の方へ進んでゆく。
しかし次第に不安になってきた。笑い声は、一人分なのだ。同じ一人がずっと笑っている。他の誰かが茶化す声すら聞こえない。
次第にはっきりしてゆく笑い声。
「げいひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ、あーひゃひゃひゃひゃ」
生き継ぐ間も惜しいとばかりに笑い続けている。
間もなく声の主のもとにたどり着いた。
その家にはそれはそれは見事なハクモクレンが満開だった。まるで白い炎が燃ゆるよう。花弁が日の光にきらめき、目がくらむほどだ。
そして、そのハクモクレンの幹に。
「げいひゃひゃひゃ、ひー、ひゃひゃひゃひゃ、うひゃひゃひゃひゃ」
幹にぴったりとはりついて、バケモノが笑っていた。
バケモノとしか言いようがない。灰色のもろい石でできた頭に、枯れ枝が生えている。誰がやったのか、その枯れ枝が麻縄でハクモクレンにくくりつけられていた。
「……」
僕はなんとも形容しがたい気持ちになり、ただ低いフェンス越しにバケモノを眺めていた。その間もずっとバケモノは笑い続けていた。
バケモノは木に縛りつけられているわけだし、なんとも愉快そうだし、危害を加えられることはなさそうだ。ダメ元で声をかけてみる。
「あのー、すみません。ここってどこなんですかね……?」
「げひゃひゃひゃ、あひゃひゃひゃひゃ、ひゃひゃひゃひゃひー」
バケモノは僕の声など聞こえないとばかりに笑い続けている。
僕は諦めてハクモクレンの家を離れた。そのバケモノはずっと笑っていた。
やがて住宅街の端にたどりつき、遊歩道に出た。遊歩道は公園へと続いているようだ。
遊歩道の街路樹には「ひとりでいると あぶないよ」という張り紙がくくりつけてある。小学校のPTAが子供たちにむけて書いたもののようだ。わかっているのになぜか畳みかけられている気分になり、僕は目をそらす。
公園の方から吹いてくる風に、甘い香りと薄紅の花びらが乗っている。
僕はその風に誘われ、公園の方へと歩き出した。
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