桜の絵

 公園に行くと赤い宝石のバケモノ、サカタニはまた桜の下にいた。

 しかし今日はボロボロのパイプ椅子に座り、何かを抱えている。


 近づいてみると、それはスケッチブックだった。

 そっと覗きこんでみる。サカタニは桜の枝を模写していた。


 正直とても、うまい。

 遊び心はないが正確な線だ。

 形だけじゃない。質感までちゃんと線で表現できている。黒い鉛筆一本なのに。少し鍛えれば優秀なアシスタントになりそうだ。


 ……アシスタント? 何の?


 自分の考えに混乱している最中、サカタニが振り向いた。


「なんだ?」


 よほど集中していたのだろう。少し不機嫌な声に聞こえた。


「い、いや、なんでもない」


 サカタニはスケッチに戻った。

 棒立ちする僕。強めの風がふき、広場が桜の香りに満ちる。


「絵、描くんだな」


 僕は呟く。バケモノなのに、という言葉を飲み込んで。


「ああ。昔の趣味だが再開した。泣いてばかりも何かと思ってな」


 泣いて?

 問う前に、サカタニはぶっきらぼうに言った。


「なんでもない」


 サカタニはスケッチブックに視線を戻した。

 そのまま模写を再開する。


 会いに来てもいい、と言っていたのは彼女の方だが何かを始めると他はどうでもよくなる性格なのだろう。話し相手をしてほしかったが、仕方ない。


 いろいろな意味で邪魔をせぬよう、僕はその場を離れることにした。背を向けた僕にサカタニが言う。


「また来るといい」


 桜の広場を離れる。サカタニの正確無比なタッチが脳裏に焼きついていた。

 たまらなく魅力的な、アシスタントに最適な線……。僕の画風にも会いそうな……。

 画風……?


 だめだ、頭が痛い。これ以上考えるのはやめよう。


 公園の案内板を見上げる。この遊歩道をさらに進むと、もう一つ公園があるようだ。とくにあてもない僕は、そこを目指すことにした。

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