藤
どこを歩いても花が満開だ。歩いているとそれだけで気分が落ち着く。小さな池では蓮の花まで咲いていた。その池の周りを満開のなずなが囲んでいる。極楽浄土があったらこんな場所なんじゃないかと思った。
目的地の公園についた。あいかわらず誰もいない。隣は小学校のようだが、そちらもがらんとして人気がない。長期休みだったとして、校庭で遊んでいる子の一人や二人いそうなものなのに。
公園の入り口には藤棚があった。紫の房を重そうに垂らしている。その周りでもいろんな花が季節を無視して、咲いたり咲かなかったり。
この街は本当に奇妙だ。誰もいず、秋のはずなのに花爛漫で、桜も藤も同時に咲いて……。
僕は疲れを感じ、花壇の淵に腰掛けた。けっこうな距離を歩いた気がする。おまえはしばらく運動不足だったんだぞと脚が言っている気もする。
そのままじっと座って、しばらく藤棚を見上げていた。藤の花には不思議な懐かしさがある。
すると。
「フジモトさぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」
突然の絶叫に飛び上がってしまった。
声の方をみると、巨大な小鳥のバケモノがこちらに突進してくる。矛盾しているがそうとしか言いようがない。
鳥は若い女性の声で再び叫ぶ。
「フジモトさぁぁぁぁぁぁぁん!!!! あたしですーーーー!」
あたしも何もバケモノの知り合いなどいない!
僕はバケモノに背を向け、全速力で逃げ出した。
「ああっ! 待ってくださいよ、フジモトさん!!!! フジモトさぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」
息が切れて、よろよろと立ち止まる。振り向いたがバケモノはいなかった。
バケモノの声が思い出される。
「フジモトさん」
それが僕の名前なのだろうか?
あのバケモノは、僕のことを知っているのだろうか……?
はあ、と大きくため息をついた。
そうだったところで、バケモノに絶叫しながら駆け寄られたら誰だって逃げるだろう。同じバケモノでも静かに佇んでいたサカタニを見習ってほしいものだ。
俯く視界を八重桜の花骸が埋めていた。ふわふわと桃色に散らばる。
とりあえず、今はここを離れよう。
嫌な気分だ。
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