一日目

めざめ

 ここ、どこだ?


 気がついたら無為に歩いていた。住宅街のようだけれど、異様に静かだ。誰もいない。車すら通らない。


 あたりには四季を無視して花が咲き乱れている。春の花も、夏や秋の花もぜんぶ満開だ。なんて美しい場所なんだろう。


 風が吹き、どこからか桜のはなびらが舞いおりてきた。桜のはなびらが、僕の手のひらに落ちる。

 僕の……。


 え?

 ぼ、僕?


 ……




  あまりのショックにめまいがする。僕は、僕がだれだか、覚えていなかった。

 ここがどこかもわからない。どうしてここを歩いていたのかも。


 自分の存在を確かめるように、顔に触れる。すっかり冷たくなっていた。きっと青ざめているのだろう。


「え……? 誰か、誰か! 助けてくれ!」


 思わず叫んだ。返事はない。住宅街のはずなのに、窓から様子をうかがう人影すら見当たらない。


「いったい何がおこってるんだ……?」


 呟きはむなしく花々の中に消えた。甘い香りのそよ風が通りぬけてゆく。


 このままだれもいない場所にいると、おかしくなりそうだった。


 とにかく、だれか、だれかに会おう。探しに行こう。なにか聞けるかもしれないし……。


 僕はふらふらと住宅街を歩きだした。アスファルトが妙に硬く感じる。それくらい、誰かもわからない自分の足が頼りなかった。

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