第十一話 報酬と償い

 私がもうすぐ床を離れられるという時、闘技場の元締ゾラ老人が商家を訪れた。


「おお、ずいぶん顔色がいいな。

 毒を食らった時は、死人みたいな顔色してたぜ」


「元締、色々とお世話になりました」


「なあに、万事仕事のうちさ。

 ところで、今日はこれ持ってきてやったぞ」


 彼は肩に掛けていた革のバッグから皮袋を二つ取りだすと、ベッド横にある小さな丸テーブルの上に、ガチャリと置いた。


「こっちは、剣闘の報酬だ。

 今回は、掛け率がかなり高かったからな。

 かなりの額になってる。

 こっちのは、デューイ家からの賠償金だ。

 闘技場としても、半分はもらったからな。

 ヤツの家は、今回の件で爵位剥奪が決まったぜ。

 まあ、自業自得だ」


 デューイ家というのは、パストールの生家だ。

 剣闘で再興しかけた貴族家だからこそ、そこでの不名誉は致命的だったろう。


「あの、私はどうやってパストールを倒したのでしょうか?」


 疑問に思っていた事を尋ねた。


「おう、わしもそれがよく分からねえんだ。

 おめえが倒れた所にヤツが切りかかったんだが、突然全身から血を吹いちまった。

 後で調べたんだが、ヤツは肩に小さな傷があるだけで、なんで死んだか分からねえんだ」


「……そうでしたか」


 黒剣に原因がある疑いは捨てきれなかったが、黙っておいた。


「私の剣、黒い剣はどこです?」


「ああ、俺が闘技場で預かってるぞ」


「後、言いにくいんですが――」


「ああ、分かってるよ。引退するんだろ。

 何か目的があるんだろう?

 お前の目を見りゃ分かる」


「今まで本当にありがとうございました」


「俺ぁ礼を言われるようなこたあ、何にもしちゃいねえぜ。

 まあ、暇なときに、また顔を出してくれや」


「はい。実は――」


 私は夢に見る景色と、それが恐らくガリア地方ではないかという予想を話した。


「ああ、聞いたことがあるぜ。

 ガリアじゃ季節になると草で黄金色の海ができるってよ」


 なんと、求めていた答えを知る者が、自分のすぐ側にいたとは……。


「まあ、それを教えてくれた男も、砂漠のもくずと消えたがな」


 その人とゾラがどんな関係だったか知らないが、彼の顔にかげが差した。


「じゃあな。達者で暮らせ」


 短い言葉に様々な思いを込め、ゾラが部屋を出ていった。


 ◇


「えっ!? か、帰るの?」


 私には、ケイトリン嬢の驚きが理解できなかった。

 

「ま、まだ、怪我は良くなっていないんでしょう?」


「いえ、もう大丈夫です。

 長い事、お世話になりました」


「でも、でも、せめて明日までは、ここにいてちょうだい」


「は、はあ……」


「お願い!」


 ケイトリンに強く言われ、私は否とは言えなかった。

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