第三十三話 救いと焦り


 洞窟から出た私を待っていたのは、ユトが上げる驚きの声だった。


「いったいどうしたんだ、あんちゃん!

 ゴロークみたいに顔がまっ青だぜ」


「……」


「あの板を入れたら、汁がすっごくうまくなったんだ!

 あれはいいなあ。

 それより、あのにいちゃんにも食べさせるんだろ?」


 ユトは葉っぱを椀のような形に整えたものを手にしていた。

 鍋代わりに使った植物の、小振りな葉で作ったものだろう。

 彼は少し聞いただけで草鍋の作り方を身につけ、それを工夫して新しいものまで創りだしたのだ。

 全く、この子の賢さには、何度でも驚かされる。


「上手く作ったな、ユト。すごいぞ。

 あの人にも食べさせてあげてくれ」


「うん、おいらが持ってったげる!」


 ユトは自作の草椀で湯気を立てる汁をすくうと、冷ますためだろう、それに息を吹きかけながら洞窟へ入っていった。

 かまどの近くにいくつか置いてある草椀の中から、その一つを手にし、草葉の鍋から汁をすくう。

 口をつけてみて目を見張る。野にあるもので作ったものとは思えないほどの味だ。

 食欲などこれっぽっちもなかったのに、優しい味は体だけでなく温めてくれる。

   

「また、あの子に救われたな」


 パストールたちのことは決して忘れることなどできないだろうが、それでも私は生きていかなければならない。

 あの草原と、そこにいる少女を見つけるために。


 ◇


 ホロゾはその沈着冷静な見た目と違い、激しやすい性格だ。

 今はそのことが悪い方に働いていた。


「な、なぜだ! なぜこれだけ急いでいるのに、あの子が見つからないんだ!

 テリン、テリン、お前はどこにいる!?」


 そんな彼は、峠を越えるとき、探している妹を追い越したことなど思いもしなかった。

 妹テリンに対し、もともと偏愛ともいうべき保護欲を抱いていた彼だが、父親と二人の弟を失った今、その感情は激しく燃えあがる炎となっていた。

 ここにきて妹を失ったことで、鋼のように硬い彼の心にひびが入りはじめていた。

 

 人目をはばからず叫び歩く男に、街道を行く人々は道の脇に避け、狂暴な魔獣を避けるような気持ちで見送った。

 街道の難所である峠を越えてから、丸二日にわたり飲まず食わずで歩きつづけているその顔には、兇相ともいうべきものが浮かびはじめていた。


 誰も近寄らなかったホロゾへ、近づく男たちがいた。

 商人たちが『風竜』と呼んでいる、大型のトカゲに騎乗した男たちは、飛ぶような速度でホロゾに追いつくと、それぞれ騎獣の背中から跳び降り、少し距離を置いてホロゾの前後左右をとり囲んだ。


「おい、ホロゾ、おめえこんなところ遊んでたのか?

 風竜を飛ばして、やっとのことで追いつけたぜ。

 お前に手を貸してやっていた、ペタルたち五人は、いってえどこ行ったんだ?

 詳しく話を聞かせてもらうぜ」


 鼻のつけ根に傷がある、一際大柄な剣士が、詰問するような口調で言葉を投げかける。

 六人いる男たち全員が、剣の柄に手を添えていた。

 この男たちは、ホロゾがヒエラス捜索のために雇っていた男に連なる者だろう。



「……」


 ホロゾは、街道の進行方向に立つ男だけを見ており、他は無視した形だからその質問にも答えなかった。


「あんたも知ってるだろうが、ペタルは俺にとって大事な義弟おとうとだ。

 あいつになにかありゃあ妹が悲しむ。

 さあ、ペタルが今どこにいるか聞かせてもらおうか?」


 それはホロゾのあずかり知らぬことだった。

 彼が峠の茶屋で切った二人の中にペタルはいなかった。

 それも当然で、ペタルを含む3人は、すでにヒエラスによって殺されていたからだ。

 ただ、そのことは、鼻に傷がある剣士もホロゾも知るところではなかった。


「こっちは、峠茶屋のばあさんから、お前に似た男がペタルの仲間二人を手に掛けたって聞いてんだよ。

 なんで黙ってるかしらねえが、痛え目をみねえとわからねえようだな」


 剣士が先ほどまでしていた質問は、ただの念押しのようなものだったのだろう。

 彼はホロゾの答えを待たず、男たちに号令した。


「やっちまえ! 

 手足の一本や二本、落としたって構わねえ。

 しゃべれさえすりゃそれでいいんだからな」


 この剣士は、ホロゾの剣の腕がなみなみならぬものだと知っていた。

 だから五人の仲間を募って、彼に対処したのだ。

 戦力差は、一人が二人になるだけで、三倍にも四倍にもなる。

 ホロゾがいくら剣の腕が立っても、六人を一度には相手しきれまい。大柄な剣士はそう計算していた。 


 当然ながら、妹が見つからないホロゾが、その焦燥から生じた狂気によって、これまで超えられなかった剣の壁を突破したことなど考えの埒外だった。

 鼻に傷のある剣士が気づいた時、彼の腕は両方とも地面に落ちていた。

 それは、切られる痛みさえ感じさせないホロゾの技だった。

 

 ゆらゆら揺れるように歩くホロゾの体がぶれると、一人の剣士が倒れる。

 それが五度続き、残るは一人だけとなった。だが、その男にはすでに両腕がない。


「俺の弟、テリンを見なかったか?」


 そう問われた剣士は、反射的に首を左右に振った。

 次の瞬間、音もなくその首が飛ぶ。

 

 街道脇でこの戦闘を眺めていた旅人たちからは、ようやくのことで悲鳴が上がりはじめていた。

 ホロゾは自分が切り捨てた男たちになど見向きもせず、剣の血振りを二度ほどして鞘に納めると、騎獣の一匹に跳び乗った。

 騎獣飛ぶような速度で街道をつき進んでいく。ホロゾの返り血一つ見られないその顔には、焼きつくような焦燥が浮かんだままだった。


 

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