閑話 黒衣衆
時は少し遡る。
ヒエラスがまだリーナの小屋で傷を癒していたころ、王都にある一軒の武器屋を、異様な風体の三人が訪れていた。
服装は、黒い旅笠に黒い上下、ローブや足の革巻きに至るまで、全て黒で統一されていた。
彼らが属する一族で、『
そのうちの一人が、目から下に巻きつけた黒い顔布を通し、くぐもった声で店員に話しかけた。
「ここで黒い剣を商ったことはないか?」
カウンターに立つ不愛想な店員は、南方の訛りがある客の言葉と異様な風体から、彼らのことを覚えていた。
「またあなたたちですか?
確か前おいでになったときは、私がまだ見習いのときでしたから、かれこれ五年ほど前でしょうか。
まだ探されてるんですか、その黒い剣とやらを」
「ああ、そうだ」
(そういえば、以前こいつらが店に来たときも、あまりしゃべらなかったな)
若い店員は、何年かおきに訪れる黒ずくめの不思議なお客について、なにかの折りに店主からも聞かされたことがあったと思いだした。
その話も併せて考えると、この客は少なくとも十五年以上にわたりその『黒い剣』とやらを探していることになる。
「黒い剣なんて、ウチでは扱って……あっ!」
「どうした!? なにか思いだしたのか?」
黒ずくめのお客が発した声は、剣で切りつけるような鋭いものだった。
「い、いえ、やっぱりそんなもの商った覚えはありませんや」
そう答えたものの、店員は思いだしたのだ。一月ほど前、若い男に鞘なしの黒い剣を売ったことを。
「それより、ここは武器屋ですよ。
なにも買わないなら、とっとと帰ってくれませんかね」
もともと愛想のない店員は、木で鼻をくくったような態度をとった。
黒づくめの客のうち一人が、前に踏みだそうとしたが、もう一人が腕を広げそれを止めた。
「また来る。黒い剣についてわかったら教えてくれ」
「いいですけど、タダで教えろってんで……ひ、ひいっ!」
店員は見てしまったのだ、黒い旅笠の下からじっと彼を見つめている二つの目を。
カウンターの中で泡を吹き、失禁してしまった男に背を向けると、黒ずくめの三人は店から出ていった。
◇
その日の夜、月のない闇をついて、無人の武器屋に三つの影が侵入した。
黒づくめの彼らは、灯りも点けぬまま店舗部分をひととおり調べると、奥の作業部屋へ入った。
リン
一人が手にした古い玉飾りが音を立てる。
黒ずくめの三人は夜目が利くのか、闇の中で顔を合わせ、大きくうなずきあった。
リンリン
リリリン
玉飾りが立てる音は次第に大きくなる。
三人は、部屋の隅に置かれた大きな箱にたどり着いた。
玉飾りを持つ者が、それを箱の上でかざす。
リリリリン、リリリリン
高い音を立てた玉飾りを手にしたものがそれを懐に仕舞うと、三人は武器が乱雑に入れられた箱の中を調べだした。
それはもう徹底したもので、中の武器を全て床に並べ、一つ一つ手に取って調べていく。
最後の一本を調べ終えた時、三人はがっくりと床に座りこんでしまった。
黒い剣が見つかるかもしれないという期待が大きかっただけ、落胆も大きい。
しばらくその場でうずくまったままだった三人は、そのうち一人が声をかけるとのろのろと立ちあがり、その場を後にした。
◇
武器屋に誰かが忍びこんだことは、店の隣近所で話題となった。
なぜなら、なぜか盗人がなにも盗っていかなかったからだ。
高価な剣や盾が置いてあるのに、それには手がつけられていなかった。
不思議なことに、使えない武器を入れていた箱が空になっており、その中に入れておいた武器が床に綺麗に並べられていた。
その上、なぜか少なくない硬貨がカウンターに置かれていたのだ。
事件はそのまま終わるかのように見えた。
しかし、若い店員の一人が行方不明になり、彼の傷だらけの死体が王都下流の桟橋で見つかったことで、衛士の本格的な捜査が入った。
そして、この謎に包まれた事件は、なんの進展もないまま迷宮入りとなった。
事件の調査がまだ続いていた頃、全身を黒い服で身をつつんだ三人が、王都をたちラタ街道を南へ向かった。
音色の影 空知音 @tenchan115
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