音色の影

空知音

第一話 プロローグ

 草原を渡ってきた爽やかな風が、髪を撫でる。

 雲の合間から漏れる陽の光が、柔らかく私を包んでくれる。

 そして、そこにいる少女。


 袖なしの白い服は、彼女を通し空の雲が透けて見えそうだ。

 植物の茎で編んだつば広の帽子を軽く片手で押さえ、私に顔を近づけてくる。

 トビ色の目が閉じ、長いまつ毛が震えている。

 彼女が耳につけた玉飾りが、リリリと微かな音を立てる。

 

 合わせた唇を通し、私と彼女の呼吸が一つになる。

 私の胸に柔らかな彼女の体が触れる。それは重さが無いように感じられた。

 柔らかさが私の感覚に溶けこみ、体を満たし野原に広がっていく。


 懐かしい。

 そこへ帰りたい。

 その思いは体を焦がし、私は一つの松明たいまつとなる。 



 バシャッ


 掛けられた水で、はっと我に返る。

 そう、ここは草原ではない。

 あの場所ではないのだ。


 人々の叫び、血の匂い。

 ここは闘技場なのだ。

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