第十八話 追跡者 

 宿の男から追跡者の存在を知らされた私は、ラタ街道と並行して走る旧街道を南へ向かっていた。 

 旧街道は、ほとんど整備の手が入らないため、土の道には、わだちが深く刻まれ、そこに先日降った雨が溜まっていた。

 軽く湾曲しながら林の中を続く道は、見通しが悪い。暗くなると、盗賊が出るという噂だが、本当のことかもしれない。

 旧街道に入ったことを、少し後悔しはじめていた。

 先を急ぐ私には、路面が悪いこちらの道は、それだけでいらつくものだった。しかし、宿の男に告げられたことが本当なら、誰かが私を追っていることになる。

 懐を狙ってのことなら、宿までは押しかけないだろうから、少なくとも私に何か含むところがある者だろう。


 恐らく、闘技場で恨みを買ったのだろう。

 そうすると、やはり剣闘で戦った二人、前剣闘王ベイズか若手剣闘士パストールの関係者だろう。

 雨の日に私を襲ってきた二人も、まずその筋と見て間違いない。


 立ちどまり、懐から街道の地図を出すと、描かれた線を指でたどった。この先には、小さな宿場町オイレンがある。しかし、相手が十分な手勢で私を追っているなら、そこに泊るのは危険だろう。

 地図には、旧街道よりさらに東を走る細い線が描かれている。この道を使う方が安全かもしれない。


 私は左方向へ伸びる脇道に入った。


 ◇


 ヒエラスを狙う三人の追跡者は、剣闘士パストールに連なる者だった。

 彼らは夜通しラタ街道を歩き、道沿いの茶店で休息しているところだ。


「ホロゾ兄さん、ヤツはきっと旧街道を行ったんだぜ」


 一際背が高い男が小柄な男に声を掛けた。


「うむ、ここまで来ても姿が見えないとなると、お前の言うとおりかもしれんな。

 旧街道にも人を回してあるから、もしそうなら、いずれ連絡が来るだろう」


 ホロゾ兄さんと呼ばれた目つきが鋭い男は、街道を行きかう人々を目で追っている。


「でも、旧街道も南の方でこのラタ街道と繋がるんでしょう?」


 最も若い男がかん高い声でそう尋ねた。


「ああ、だからヤツに逃げ道はない」


 ホロゾの低い声に、彼はぶるりと身体を震わせた。兄の残忍さをよく知っているからだ。   

 そのため、血のつながった家族であるのに、幼い頃からどうしても彼に甘えることができなかった。

 ただ、この手の仕事には彼ほど頼りになる者はいないだろう。


「ゴラ、お前、オイレンまで確認に行ってくれないか?」


 ホロゾは、大柄な弟を見上げた。


「ああ、すぐに行くぜ。

 こいつもいることだし、兄さんは、少し休んでから例の場所まで行ってくれ」

 

 ロタは、その大きな手で一番小柄な若者の頭を撫でた。


「兄さん! いつまでも子ども扱いしないで」


「テリン、そう言うな。

 ゴラはお前が心配なんだ」


 ホロゾはいつもは鋭い目を緩め、二人に微笑んだ。


「そうだぞ、テリン。

 ここは兄ちゃんにまかせておけ。

 じゃ、向こうで会おう」


 ホロゾは身支度を整えると、早足で去っていく。

 あっという間に姿を消した大柄な兄が向かった先をテリンが心配そうに見ている。


「あいつは大丈夫だ。

 お前も知っているだろう、あいつの技を」


「はい」


「相手が剣士なら、あいつが負けるはずはない」


 ホロゾはそう言いながらも、内心では一抹の不安を拭いきれなかった。彼は弟パストールが命を落とした剣闘をその目で見ていたのだ。

 幾度思いかえしても、弟が負けた理由がわからない。


「ばあさん、甘湯あまゆを一つくれ」


 彼は自分の動揺をテリンに気取られぬよう、店の老婆に声を掛けた。


「あいあい、疲れた時には甘湯だよう」


 腰が曲がった老婆は、湯気が立つお椀を載せた盆を置いていく。


「テリン、飲んでおけ」


「ありがとう、兄さん」


 ルルラという植物の、糖分を含んだ地下茎を煮込んだものが甘湯だ。この地方では、旅の疲れを取るものとして昔から飲まれている。

 テリンはそれを一口飲むと、思わずこぼれた涙を隠すため、顔を左手でごしごしと擦った。


(甘湯はパストール兄さんがよく作ってくれたものだ。

 それを飲む自分をじっと見ていた、優しい兄さんの顔が浮かんでくる。

 兄さん、かたきは必ず討つからね)


 テリンは、改めて心に誓うのだった。

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