第四話 出会い
「おい、やっとヤル気になったのか?」
闘技場を取り仕切るゾラという名の老人が、からかうような目で私を見ている。
「ただ、お前は拳闘の茶闘士だから、剣闘だと一番下の黒闘士からになるぜ。
それでも構わねえか?」
「ええ、お願いします」
「どうして急にヤル気になったのか知らねえが、命ってのは一つだけだ。
せいぜい大切にしな」
目の前にいる人相が悪い小男が、怪我をした闘士にできる限りの配慮をしていると知っていた。
「ありがとう」
ゾラが虫を追い払うような手つきをしたので、その場を離れた。
◇
剣闘への申しこみを終えた私は、小屋まで帰り、寝床にしている枯草を横にどけた。
そこには、闘士として生きながらえるたびに蓄えてきた、硬貨が埋められている。
壺に入ったそれを掘りだし、硬貨の枚数を数えてみる。それは考えていたより多く、少し驚いてしまった。
恐らく、この貧民街に一軒屋くらいは買えるだろう。
それでも自由市民の権利を買い、ガリアまで旅するのに十分な額とは、とても言えなかった。
まずは、その金で剣闘士としての装備を整えることにした。
◇
「こちらの剣は、十万ピクになります」
少年にも見える武器屋の店員は、お客に合わせた品物を勧めるということが、まだ身についていないようだ。
「剣と盾で、二万ピク以内で頼む」
私がそう言うと、彼はあからさまに渋い顔をした。
「二万ピクですか……使い古しでもいいですか?」
「モノが良ければ、それで構わない」
「それでしたら、いくつか在庫がございます。
こちらへどうぞ」
彼の後を追い、武器屋の奥へ入る。
店員が案内してくれた部屋は作業場のようで、数人の職人が砥石で剣の刃を研いだり、布で鎧を磨いていた。
「こちらです」
それはまるでゴミ箱で、大きな木箱に剣や盾が雑然と投げこまれていた。
「お好きなものが見つかれば、店の方へお持ちください」
若い店員はそれだけ言うと、そそくさと部屋から出ていった。
私は埃っぽい木箱の中を丹念に探していった。
箱に入っているものは、まさに玉石混交で、割と名前が知られた刀匠の印が彫られたものから、刃が欠け剣の寿命を全うしたものまであった。
剣の形や長さも様々で、短剣や長剣、長大な両手剣まであった。
夢中で探していた私は、作業場の男性に肩を叩かれるまで、時間がたつのも忘れていた。
「もう、店を閉めますよ」
「あ、はい、分かりました」
明日また来ようと思い、手に持っていた剣を箱に戻す。
そのとき、剣の鞘が何かに触れ、カチリと音がした。
なぜかその音に惹かれ、箱の底を覗きこんだ。
ゴミが溜まった箱の底には、他の剣に踏みつけられるように、一本の剣が横たわっていた。
それは、漆黒の剣だった。
箱の底にあったから、音がしなければ、その剣には気づけなかっただろう。
その剣を手にするには、箱の中に落ちそうなほど体を屈めなければならなかった。
剣は片刃の刀身とツバや柄が、一つのものとして作られているようで、継ぎ目が無かった。
この剣を鍛った者の、なみなみならぬ技量が感じられた。
剣に見入っていると、先ほどの男性が再びやってきて、私を部屋の外へ追いだした。
店舗に戻ると、若い店員が店の前に出していた、吊り看板を仕舞うところだった。
「あれ、お客さん、まだいたんですか?」
彼は明らかに迷惑そうな顔をした。
「これを頼むよ」
店員は私がカウンターに置いた黒い剣をちらりと眺めると、呆れたような声をだした。
「こんな物でいいんですか?」
「ああ、鞘はついていないのかい?」
「うーん、覚えのない剣ですからね。
ゴミ箱、あ、失礼、武器箱の中に無ければ、最初から鞘はなかったのでしょう」
「いくらかな?」
「そうですね。
二万ピクでお願いします」
「え? 鞘がないのに、そんなに高いのかい?」
「要らないんなら、買ってもらわなくてもいいんですよ」
「……いや、やっぱりこれをもらうよ」
私は大量の硬貨で二万ピクを払った。
若い店員は、カウンターに山盛りとなった硬貨を目にすると、ますます渋い顔となった。
◇
家に帰るとやっと冷静になり、盾を買わなかったことを後悔した。
明日、この剣を返品し、剣と盾を買いかおした方がいいだろう。
寝床の枯草に横になると、ボロ布に包んだ黒い剣を枕元に置き、眠りについた。
その夜、やはりいつもの夢を見たが、なぜかそれは、これまでになく鮮明だった。
草原の中に座る少女は悲しみに満ちた表情をしており、綺麗なトビ色の目には、こぼれ落ちそうな涙があった。
少年の私は、彼女の柔らかい頬に手を添え、その目を覗きこむ。
そこには、見慣れた感情があるように思えた。
その感情は、水に自分の顔を映したとき目にするものと同じだった。
諦めに似たそれは、私の顔に仮面のようにこびりつき、いつのまにか表情の芯となっているものだった。
締めつけられるような気持が湧き、彼女を両腕に抱こうとして目が覚める。
腕の中には、布に巻かれた黒い剣があった。
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