第二十五話 依頼

 リーナは、力なく干草の上にうつぶせている。呼吸は早く浅いものだった。

 闘士として数えきれないほど他者の死を見おくってきた私には、彼女が生と死のはざまにあり、間もなく彼岸へ旅立つだろうと分かっていた。

 だが、そうだとしても、できる限りの手当てを試みる。背中の傷口を縫い合わせ、手持ちの膏薬こうやくを塗る。

 しかし、失った血については対処のしようがない。高価な魔法薬の中には血を補う効果を持つものもあるが、それは貴族がつかうもので市井にまで出回ることはない。


「母さん、母さん!」


 ユトが呼びかけても、リーナは閉じたまぶたを震わすだけで、その目を開かない。

 

「ユト、この村にお母さんの親戚や親しい人はいないのかな」


「……いないと思う」


「そうか」


 リーナの親族が他の村や町にいるとするなら、もう間にあわないだろう。

 

「ゆ、ユト……」


「母さん! 目が覚めたの! よかった!」


 ユトが母親の手を両手で包むように握る。

 薄く開いたリーナの目が私に向けられる。そこには燃え尽きる前の命が感じられた。

 血の気が失せた、その唇に耳を近づける。


「床の下。ユトをリントスのバルナム家に。お願いします」


 小さな声は、やけにはっきり耳に響いた。

 

「母さん、しっかりして! 母さん!」


 私がユトに場所を譲ると、リーナの右手がゆっくり息子の頭を撫でた。


「ユト、しっかり生きて」


「母さん!」


 リーナの手は力を失っても、なおユトの頭に載っていた。 

 母親の死を知り泣きじゃくるユトは、やがて気を失うように眠りに落ちた。

 いつまでもそのままにするわけにもいかないから、枯草の寝床を整えそこへ少年を横たえる。


 私はリーナの亡骸の前に座り祈りをささげると、はっきりと耳に残る彼女の言葉をなぞってみる。

 「リントス」というのは、ガリア地方の中心都市リントスのことだろう。

 「バルナム家」というのは、どこかで見たか聞いたかした覚えはあるのだが、はっきりとは思いだせない。それなりに名が通った家なのかもしれない。


 リーナが残した「床下」という言葉を手掛かりに、板敷の床を調べていく。

 彼女が寝床として使っていた場所の壁際に、節目の穴がある床板があり、その穴に指をさし込み持ちあげると、床下の地面が見えた。

 綺麗にならしたような地面に不審を覚え、砂を手で払うと、埋められていた壷が現れた。

 床下から引きあげた壷は、本来、煮炊きにつかわれるもののようだ。丸い木蓋を外すと、中にはいくばくかの銭貨と木箱が入っていた。

 

 赤銅色の木箱は手のひらに載るほど小さなものだが、複雑に彫られた文様が宝石で飾られており、明らかに貴族階級向けのものだった。

 その中には、楕円型の首飾りが入っていた。つるりとした青い表面には銀色の紋章が描かれていた。

 紋章の一部にグリフォンが描かれている意匠は、高位の貴族しか使用を許されていないはずだ。

 言葉遣いや立ち居振る舞いから予想していたが、リーナは貴族と関係があるのだろう。

  

 彼女が遺した言葉は、ユトを都市リントスのバルナム家へ届けてほしいと読みとける。

 だが、追っ手のかかっている私に、その大役が務まるだろうか。

 他の誰かに頼み、ユトをバルナム家へ届けた方がよいのではなかろうか。

 あれこれ考えるうち、いつの間にか座ったまま眠ってしまった。


 


 


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