第三十話 峠の闘い


 茶屋で休む兄弟に声を掛けようと足を速めたが、すでに彼らは街道を歩きはじめていた。

 木陰に隠れていた男たちが、慌ててそれを追いかける。

 こうなると、二人に追いつくには、男たちを追い越さなければならなくなる。


 病み上がりの体は、すでに悲鳴を上げているが、恩人をこのままにしておくなんて許されない。

 ふらつく体に鞭打ち、駆け足となる。男たちの横を追い抜くとき、彼らの視線を感じたが、視線を合わせないよう顔を伏せ、足元だけ見て先を急ぐ。

 男性と少年に追いついたときには、緊張と疲労から一歩も歩けなくなっていた。

 途切れそうな息をなんとか言葉にする。


「お、おい……」


「あれ? にいちゃん、どうしてここにいるの?」


 こちらを振りむいた少年が目を丸くする。


「君、どうして?」


 男性は、いぶかしがりながらも、旅笠の下から警戒するような視線を向けてくる。

 それにかまわず、言葉を絞りだす。


「お、男たち、追ってる――」


 それを耳にした、男性の顔が強ばる。

 彼はこもを背から降ろすと、それを解き漆黒の棒を取りだした。

 右手に握ったそれが振られると、空気を切りさく鋭い音がした。

 あれは、剣かもしれない。

 心のどこかで、なにかが引っかかったが、今はそれにこだわってもいられない。


「ユト、その人は任せた! 一緒に隠れてろ!」


 男性がそういう言葉と時を同じくして、追跡者が駆けよる足音がはっきり聞こえた。

 

「兄ちゃん、こっちだ!」


 すでに立つのがやっとの体だ。少年に手を引かれると、街道脇に繁る灌木のただ中へ倒れこんでしまった。

 枝で傷つけられたのか、腕や足に痛みが走る。

 地面に倒れた私の口に、なにかが押しつけられた。 

 少年の手のひらだとわかったそれは、思いのほか力強く硬かった。

 

「囲め!」

「油断するな!」

「相手は一人だぞ!」


 男たちの叫び声が聞こえてくる。

 少年の手を無理やり外し、小声で尋ねる。


「おにいさんを助けなくていいのか?」


「大丈夫! あんちゃんは、すっごく強いからな!」


 耳元で囁かれた少年の声には、信頼と誇らしさが感じられた。

 遠ざかりながら聞こえてきていた男たちの悲鳴は、やがて途絶えた。

 そして、一人だけの足音が聞こえてくると、二人で伏せていた灌木の陰から少年が跳びだしていった。


 ◇


「お、男たち、追ってる――」


 宿に置いてきたはずの青年が必死の形相で絞りだした言葉を聞き、すぐ背負っていた菰を降ろし、紐を解いて中の黒剣を取りだした。 

 ユトに、青年と一緒に隠れているよう指示する。

 二人が街道脇の繁みに跳びこんだ直後、目の前に三人の男たちが並んだ。

 それぞれが武器を手にしている。

 村で戦った農夫と違い、それぞれ武の心得がありそうだ。

 長剣が一人、短剣が二人。短剣を持つ一人は、腕に小さな丸盾を装備している。

 これは油断できない。

 拳闘士として磨いた直観がそう告げていた。

 

 しかし、それほど広くない街道で横一列に並ぶのは賢いとはいえない。おそらく、個々の力はあるのだろうが、連携に慣れていないようだ。

 左端の男に仕掛けると見せかけておいて、大きく右へ踏みこむ。

 私が急に方向を変えたため、それに合わせようとした男たちが体をぶつけあった。


「くっ、どけっ、邪魔だ!」

「痛えぞ、馬鹿!」

「うわっ!」


 道幅の右ぎりぎりに位置を占めると、最初に体勢を整えた手前の男へ突きを入れる。

 手にした黒剣は、男の左腕にある丸盾に音もなく吸いこまれた。

 男たちから声が消える。

 どういうことだ?

 盾を持つ男の背後には、まだ二人の男がいるはずだ。

 

 ドサ

 

 目の前の男が倒れたとき、背後にいたはずの二人も地面に横たわっていた。

 いったい何が起きたのか?

 すり足で、じりじりと倒れた男たちに近づいてみる。

 ピクリとも動かないのは、死んでいるのだろうか?

 しかし、私が黒剣で貫いたのは、手前の男だけのはずだが……。


 調べてみると、三人ともこと切れていた。 

 手前の男だけでなく、他の二人にも胸にくさび型の傷がある。

 三人の傷が同じ形をしていることから、同じ武器で傷つけられたと考えられる。

 

 そういえば……。

 黒剣は、これまでの戦いでもその形を変えたことがあった。

 右端の男が構えた盾を攻撃したとき、剣が伸びたのだろうか。

 そのぐらいしか考えられない。

 私は右手にさげた黒剣を立て、刀身を見やった。

 陽光の加減か、薄い光をまとって見える黒剣は、なぜか活き活きとしているように感じられた。


あんちゃん!」


 灌木の繁みから跳びだしてきたユトが、ぶつかるように私の腰に抱きついてくる。

 

「ケガしなかったか?」


 そう言いながら、茶色の柔らかい髪の毛を撫でてやる。


「うん、おいらもあのにいちゃんも大丈夫!」


「そうか、それはよかった。

 確かテリンといわれたか。もう道へ出てきても大丈夫ですよ」


 繁みの若者がいるであろうあたりに向け声をかける。

 しかし、返事がないので灌木をかき分け、木立の中へ入ると、その彼が倒れていた。 

 息は荒いが、脈はしっかりしている。

 最初に彼を見つけたときほど、症状は重くなさそうだ。

 仕方なく若者を背負い、道へ戻る。

 

「あれ、また倒れちゃったのか。

 テリンのにいちゃんは、てんでだらしねえなあ」

 

 私に背負われた若者の姿を見て、ユトが呆れ顔でそう言った。


     


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