21. ナイアの涙

 ピピス村が炎で焼き尽くされるのを背後に、ゼルヴァルト達4番隊は悠々とオレンシア国の港方面へ向かっていた。

 格安で雇った傭兵団は約定通りの報酬を手渡し、早々に別れていた。

「ラト……いいか? もう2度と、あぁいった連中を安易に雇わないでくれ……」心底参った様な声を漏らし、力なく俯くゼルヴァルト。ここ数年で彼は抜け殻の様に気落ちし、心中でトラウマの様に残った記憶で病んでいた。彼は未だにローズことジェシーの件について深く後悔していた。

「しかし、作戦は手筈通り上手くいきましたし、予算を普段の半分以下に抑える事が出来ましたから……」

「……お前も、いつかわかるはずだ……」

 しばらく馬を歩かせ、心のガスを抜くようにため息を吐く。

 今回の様な任務は今迄、幾度となくこなしてきた。バルバロン内でゲリラ活動を行う者達を、加担した村ごと焼き払い、叩き潰してきた。

 しかし、今回の任務は違和感を覚える事が多く、自分自身納得できない部分が多かった。

 何故、侵攻する予定のない東大陸の村を焼いたのか。いつもなら指令所に潰すだけの理由はいくらでも書き記されていたが、今回は不気味にも何も書かれていなかった。

 更に、この指令所は普段なら、黒勇隊本部を経由して届く物だが、今回は魔王から直通で届けられたのだった。

 これに彼は更に不気味さを覚えていた。

「今回、襲った村に、何か不審な点はあったか?」ゼルヴァルトは隣を並んで馬を歩かせるラトに尋ねた。

「いえ……いや、強いて言うなら……その、ただの村を、無実の村を焼いた気分になり、確かに気落ちしますね」

 これまで黒勇隊が魔王の命令で焼いた村は、全て焼くだけの理由もあり、潰した後の感想は『間違っていない』というものばかりであった。殆どの村は犯罪に加担して密売、麻薬の元となる薬草の栽培、罪人、ゲリラなどを匿うなどをしていた。

 だが、ピピス村には、その様なモノは一欠けらも感じなかった。

「早く、本土へ戻ろう」と、ゼルヴァルトは気を取り戻そうと、皆に奔る合図を送ろうと掛け声を上げる。

 すると、そんな彼の眼前に何者かが激しい閃光を放ちながら現れる。ゼルヴァルトは慌てて手綱を引き、皆に止まる様に命ずる。

「何者!!」刺客かと思い、身体に力を漲らせる。

 その光を放つ者は、ナイアだった。

 いつもは胸の開いたスーツを着用し、余裕を絶やさない妖艶な笑みを覗かせていたが、眼前に降り立った彼女は違った。

 全身土埃だらけで、余裕なく息を切らせ、鬼の様な形相で殺気を漏らしていた。

「ゼルヴァルト……」彼を激しく睨み付け、一歩一歩近づく。

「久しぶりだな、ナイア」ゼルヴァルトはゆっくりと下馬し、彼女を迎えた。

 4番隊の皆は、ラトを含め、ナイアの放つ殺気に反応して臨戦態勢を崩さずに睨みつけていた。

「貴方だったと聞いて、少し安心はしたけど、期待はしていない」

「何の話だ?」

 ナイアは乱れ気味の髪を掻き上げ、一呼吸の後に口を開く。

「で? 本日の作戦は上手くいったの?」滑らかな口調ではあったが、どこかしら震え声だった。

「あぁ……いつも通りだ」ゼルヴァルトは何かを察してはいたが、普段通りに答えてみせる見せる。

「そう……」

 すると、ナイアは閃光と共に姿を消し、次の瞬間、4番隊全体を覆い隠すような煙が辺りに立ち込める。

 黒勇隊の者達は煙玉程度で怯むような者達ではなく、すぐに煙を魔法で消し飛ばす。

「いきなりなんだ? ……ん? ゼルヴァルト?」

 ゼルヴァルトはナイアに組み伏せられ、短剣を喉元に突きつけられていた。


「……殺されても文句言わないでよ……」


 周囲の隊士たちはすぐさま彼女を取り囲み、武器の先を向けるも、ゼルヴァルトは手を出して矛を収めるように合図をした。

「故郷だったのか……すまない」

「謝るなら、いいよね? ここであんたを殺しても……くっ……いいよね?」ナイアは短剣を取り落としそうに力なく震え、涙を落とす。

「それで済むなら、私は別に構わない」

「くっ……ぅう!!」ナイアは唸り、手に力を入れる。

 彼は何の抵抗もせず、ただ短剣の切っ先が首に喰い込んでくるのに任せる。皮膚が切れ、熱い血が流れる。

「…………くっ……」ナイアは短剣を抜き、血を拭って懐に仕舞い、立ち上がる。

「話してくれないか」ゼルヴァルトは首の傷を慣れた手つきで止血する。

「2人きりでなら……」



 ゼルヴァルトは一旦、隊から離れ、小高い丘の上の木の下へ移動した。彼は素顔で彼女と話そうと、兜を脱いだ。

「貴方の素顔を見るのは久しぶりね」

「貴女の取り乱した姿を見たのは、初めてだった」彼は内心、驚いていた。彼女は例え、世界が終末を迎えようと、鼻で笑いそうなくらいクールな性格に見えた。

「……弱いところは誰にも見られたくなかったけど……水が零れる様に、辛抱が出来なかったわ……」

 ナイアはこの後、ピピス村の事について彼に語り始めた。

 故郷であり、本当の自分に帰れる唯一の場所である事。そして、ただ1人の身内、娘がいる事。

「娘……」ゼルヴァルトは済まなそうに項垂れ、口を横に結ぶ。

「……魔王の命令ですものね。貴方なら、言われた通り、皆殺しにしたんでしょうね……」怒りに満ちた瞳をバルバロンのある北の空へと向けるナイア。

「あぁ……いや、ひとり……殺せなかった者がいた。正確には、盗賊に報酬のひとつとして渡してしまったのだが……」

「報酬?」

 今度はゼルヴァルトが語った。ピピス村に、若い狩人がいた事を。その者は手強く、勇敢に戦い、彼の手によって敗北した事。そして、散々痛い目に遭わされた賊に娘を渡してしまった事を話した。

「その狩人って、誰?」

「若い娘だった。あの年で鉄弓を軽々と操っていたが……知り合いか?」

「……! その娘を、賊に渡したのね?」

「あぁ……済まない事をしたと思っている……」

「!!! ゼルヴァルト!!」

「なんだ?」

「その賊共は何処へ向かったの?! ねぇ! ねぇ!! 教えて! お願い!!!」

「ま、まさかその娘が……」ゼルヴァルトは目を泳がせながらも、また見た事の無いナイアの表情に驚いた。



 その頃、バルバロンの魔王の元へ、任務完了の報が届けられていた。

 この報告に、魔王はニヤリと笑い、世界地図に小さく載るピピス村の真上に墨で塗りつぶした。

「俺様の、いや……この国の障害となる者は排除させて貰う……ナイアと、そしてあの忌々しいヤツの娘だ……障害にならないわけがない」魔王は複雑そうに笑い、秘書長にコーヒーを頼む。

 彼女は直ぐに淹れたてのブラックを運び、言われる前にミルクと砂糖をどっさりと入れる。

「ありがとう。さて、これで少しは悩みの種が減ってきたな……」と、自嘲気味に笑い、熱々のコーヒーを啜る。

「そういえば魔王様。たった今、この様な報告がございました」

「なんだ?」

「黒勇隊総隊長のハーヴェイが本部を焼き払い、行方不明になったそうです」淡々とした説明に対して、魔王は飲みかけの熱いコーヒーを直で飲み下してしまい、軽くパニックになってしまう。

「ぐ……ちょっと失礼……久々に咳き込んだぁ……ゴホっ! ガハッ!」

「お水を持ってきますか?」

「いや、大丈夫……はぁ……悩みの種が次から次へと……」

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