20.絶望の闇、希望の光

 ジャレッド達の全滅を目の当たりにし、ゼルヴァルトは珍しく怯えながら馬を奔らせていた。彼は戦場の崖上からジャレッドらの最期を一部始終、目に焼き付けていた。

 彼は、こんなにも圧倒的な戦いは見た事が無かった。

 変幻自在に動く陣形、通用しない攻撃と魔法。

魂の籠っていない蹂躙、そして悲鳴。

 そして最後に現れた魔王。殺気を無いものの様に扱い、まるで小虫でも払い退ける様にジャレッドを消し飛ばしたのだった。

 あのような戦い方、魔法をゼルヴァルトは見た事が無く、まさに魔王に対して抱いていた恐れの片鱗を見た気分だった。

 決して魔王には勝てない。ゼルヴァルトの脳裏に更に強く焼き付けられ、恐怖心が植え付けられていた。

 ひたすら馬を自分の拠点へと奔らせると、日の出が現れる。冷たい汗と不気味な鼓動を落ち着かせる為、馬を止め、身長に降りる。近場の岩に腰掛け、ジャレッドの戦いを思い出し、彼の想いを感じ取り、魔王への恐怖を拭い去る為に瞑想する。


「やぁ、4番隊隊長殿」


 気配も体温も匂いも感じさせず、いきなりゼルヴァルトの背後に魔王が現れる。

 彼は内心仰天したが、落ち着き払った態度で魔王に接した。

「おはようごいざいます、魔王様」声を震わさず、ゆっくりと声を出す。

 魔王は笑顔であいさつに応え、彼の隣にふわりと座る。

「先ほどの戦い、見ていてどうだった?」全てを見透かした様に口にし、彼の顔を覗き込む。

 ゼルヴァルトは兜の下で沈黙し、魔王の憎たらしい微笑を睨み付けた。

「あれが、ナイトメアソルジャーだ。我が軍の主力であり、あれが国をいくつも屈服させた。軍を蹂躙し、回りには恐怖を深く植え付ける。今のお前の様にな」魔王は彼の心中を見透かした様に口にし、クスクスと笑う。

 ゼルヴァルトは腕の震えを悟られまいと必死で止め、冷や汗を静かに垂らす。

「ゼルヴァルトよ……改めて、俺様に手を貸してくれ。ジャレッドの反乱のせいでバルバロンの守りは崩れ、属国に今、攻め込まれたら……どれだけ被害が出るか、解るだろう? 頼む。お前は、裏切らないでくれよ」

「……はっ」ゼルヴァルトは再び魔王に対する恐怖を思い出し、つい礼をとってしまう。

 それを見て魔王は何か満足した様な表情だけを残し、日陰の中へと溶けていった。

 ゼルヴァルトは、もはや魔王に対する恐怖心に心を蝕まれつつあった。

 友との誓いも、己との約束も、魔王への恐怖には勝てず、ゼルヴァルトは膝を折りそうになっていた。

 しかし、懐に仕舞ったジャレッドからのナイフを思い出す。彼から託された遺品。

 これをハーヴェイに繋ぐのが、彼の成すべき事であった。

「まだ、折れるわけにはいかないんだ……」

 彼はそれだけ影に向かって言い残し、馬に跨った。



「そうか……」黒勇隊本部に拠点を移した黒勇隊参謀ハーヴェイは、ゼルヴァルトからナイフを受け取り、重い溜息を飲み込んだ。

 ゼルヴァルトは彼に、ジャレッドの戦いを一部始終語って聞かせ、そして最後に魔王個人の脅威について語った。

「あの野郎……話には聞いていたが、本当に……そうか……仲間だけの力も、闇の力だけに頼ったものでもないらしいな……」ハーヴェイは何やら苦そうに口にし、頬杖を付く。

「魔王とは、昔から知り合いなのですか?」

「あぁ……ガキの頃からな。あいつぁ知識を頭に詰め込む事ばかり必死で、可愛いトコロもあったんだが……いつの間にかあんな力を手に入れやがって」

「はぁ……しかし、昔から魔王を知っている貴方なら……」

「魔王に勝てるって? 無理だろうな。あいつは、クラス4どころか、伝説のクラス5に達している」

「クラス5?」

「知らないか? 無限の魔力を持つクラス4を圧倒的に上回る力を……いや、もはや力、強さの概念の外側にいると言われるクラス5……神聖存在とも呼ばれているらしい。ま、全部、ナイアから聞いた話だがな」

「し、知りませんでした……」初耳の知識に喉を鳴らす。彼は魔法に関する知識はクラス4止まりだった。むしろ、コレが普通であり、クラス5というものは、創作家の悪ふざけ程度にしか聞いたことの無いものであった。

「なんでも、自然……属性と一体となるのがクラス5なんだとか……俺も良く分からないが、魔王と戦うって事は、まさに闇と戦うのに等しいと言う事だ。勝てるわけがない……」

「……そうですよね……」もはや諦めるしかない、という思いに身を支配され、ゼルヴァルトは徐々に本当に魔王の手下となりつつあるのを感じていた。


「だが、諦める事は無い」


 ハーヴェイは人差指を立て、不敵に笑って見せる。

「それはどういう意味で?」

「詳しく話すつもりはないが、勝つことはできなくても、邪魔は出来るって事だ。で、それを繰り返す事によって、魔王討伐に繋げる事も出来るんだ。今回のジャレッドもそうだ。あいつは無駄に死んだわけじゃない」机に置いたナイフを見て、自分に言い聞かせる様に頷く。

「貴方も、何か企んでいるんですね?」

「企んでいない者なんていないんじゃないか? この魔王軍にはな……お前もそうだろ?」ハーヴェイは彼の顔を楽しそうに眺め、肩を揺らす。

「企み方がわからない……と、いいますか……」

「天下のゼルヴァルトも、魔王相手には打つ手無し……か? もし、己の戦いをこのまま続けたいのなら……ナイアにでも相談してみればいいんじゃないか?」

「ナイア……か」ゼルヴァルトは苦手なあの女の事を思い出し、小さく唸った。



 ゼルヴァルトはその後、自分の隊に戻り、そのまま己の任務へ戻った。

 少し経った後、ローズが西大陸のグレイスタンへ飛ばされたと聞き、彼女の身を案じたが、程なくして彼女から『無事』だという手紙を受け取り胸を撫で下ろした。

 彼女は風の賢者ブリザルド・ミッドテールの助っ人、および監視の任務に就き、忙しくしている様子だった。汚れ仕事ばかり押し付けられるが、彼の手の内を全て知った上なので、そこまで辛くはないと手紙上では記されていた。

 ゼルヴァルトはハーヴェイに言われた通りに、ナイアに相談しようとコンタクトを試みたが、居場所は謎であり、移動先すら掴むことが出来ずにいた。

 彼女はいつも向こうから現れるのである。

 


 勇者の時代が終わって2年後。

 ゼルヴァルトは珍しく魔王から直接任務を受け、東の大地へ来ていた。部下は最小限に抑え、代わりに最新型の携帯バリスタを運んでいた。

「ラト、現地の傭兵を雇うと言ったが?」馬上で書類を眺めながら口にする。

「えぇ。丁度、今回の任務にうってつけの人材を確保できました」

「随分安いんだな……そう言う連中を任務に使うと、碌な事が無いぞ?」

「ま、今回は新型兵器があるんで大丈夫でしょう? それに、内容も楽勝ですし。ついに魔王様も、東大陸への進出を決めたんですかねぇ?」

「しかし、北端の村ではなく、この村を襲撃するとは……何か不自然じゃないか?」と、ゼルヴァルトは地図上のオレンシア国のピピス村を指さし、疑問の唸り声を漏らした。



 その頃、バルバロン国、黒勇隊本部にナイアが訪問していた。珍しく表情を青くさせ、親指の爪を噛み、現黒勇隊総隊長であるハーヴェイを待つ。

 彼女が来てから15分後、応接室にハーヴェイがやって来る。

「……どうした? お前らしくないな?」

「マズい事になったの……」

「どうした? 魔王に俺たちの策が漏れたのか?」

「いえ……その……私のミスよ……」

「さっさと話せ!! 何があったんだ?!」業を煮やしたハーヴェイが彼女の肩を掴み、揺さぶる。

「私の故郷がバレたの……娘の存在も……」

「なんだって?!」仰天し、鬼面を張り付けるハーヴェイ。彼女以上に動揺し、ジャレッド以上の殺気を放つ。

「……私がいけなかった……安易に故郷に帰るんじゃなかった……でも、会いたくて……アリシアに……」瞳を潤ませ、崩れそうにふらつくナイア。

「……お前は中々会えないからな……くっ! で? 魔王はどうすると思う?! 俺の所には何も情報は流れてきていないぞ?!」

「貴方の事も多分、ばれているんだと思う……だから、ここを経由させず、直接、黒勇隊のどれかに命令を下したんだと思う……くっ……」

「……で? 黙って放っておくのか? ナイア……」

「……私はオレンシアへ向かうわ。貴方は、このまま策の準備に移ってちょうだい」

「わかった……ナイア……お前だけは、死ぬなよ」

 その後、ナイアは本部を後にし、飛ぶように東の大陸、オレンシアへと向かった。

 ハーヴェイは、ジャレッドから託されたあるファイルを手に取り、瞳を輝かせて決意を胸に脚を進めた。

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