3.勇者狩り

 バルバロン国、黒勇隊本部。

 ウェイズは用意された漆黒の甲冑を身に付け、フルフェイスの兜を被る。磨き抜かれた剣を腰に収め、踵を鳴らす。

 彼の正面には、黒勇隊1番隊隊長のランドールが腕を組んで立っていた。

「着心地はどうだ?」笑顔を象った仮面越しに問いかける。

「柔軟な素材であり、通気性もいい。しかし、それでいて頑丈……これがバルバロンの技術力ですか」いままで装備してきたどの鎧よりも質の良い黒勇隊の甲冑は、着心地が良かった。それがウェイズには面白くなく、逆に腹立たしくあった。

「これから、俺たちはある任務に就き、しばらく忙しくなるだろう。覚悟しておけ」面白そうにクスクスと笑い、肩を揺らす。

「楽しそうですが……どんな任務内容で?」

「勇者狩りだ」

この言葉にウェイズは更に複雑な気分になり、ため息をゴクリと飲み込む。

「お前は確か、6番隊の副隊長に勝ったそうじゃないか。期待しているぞ」

 ウェイズは旅の道中、黒の甲冑を身に付けた戦士と戦って勝利していた。その者は彼が舌を巻くほどの腕を持った剛腕の剣士だった。

「……ひとつ聞いても?」ウェイズが静かに尋ねる。

「なんだ?」

「黒勇隊とは……皆……」

「そうだ。皆、元勇者だ。それも隊長、副隊長クラスの殆どは魔王の元に辿り着き、そして……わかるだろ? 俺もそのひとりだ」今度は寂しそうに笑う。

 すると、彼らの部屋に1人の甲冑男が現れる。それを目にすると、ランドールはその者に向き直り、会釈した。

「挨拶をしろ。総隊長殿だ」

「は……はっ」ウェイズは大人しく会釈し、相手から放たれる闘気を感じ取る。

 総隊長は静かに入室し、ウェイズの眼前に立った。互いのフルフェイス越しに瞳を覗き込む。

「面白そうな奴が入ってきたな……俺ぁジャレッドだ」総隊長は威圧するでもなく、静かに口にし、部屋から出た。

「本当にやるな、お前」ランドールは口笛を吹き、また肩を揺らした。

「……入室越しに一振り、間合い詰めながら兜割り、胴抜き……帰り越しに投げナイフ。随分凶暴な総隊長ですね」先ほどの簡単なやり取りで、ジャレッドの殺気、剣圧を見抜き、彼は全て、それを捌いていた。

「隊長、あなたも袈裟斬りされていましたが……?」

「可愛くない奴だな。わかっているよ。総隊長に挨拶するだけでいつもああなんだ。日常茶飯事さ。いちいち相手をしてられるか」ランドールは笑い仮面を押さえ、疲れた様にため息を吐く。

「さ、そろそろ行きましょうか」

「俺のセリフだ。ところで……お前は何と呼ばれたい? 皆、名も顔も隠しているんだ。どうする?」

 ウェイズはしばらく黙り、鼻でため息を重そうに吐く。

「……ゼルヴァルト」

「ほぉ……何からとった?」

「息子に読み聞かせていた、絵本に出てくる魔王の名前だ」



 勇者狩り。魔王が命じた令のひとつである。

 しかし、ただ各地の勇者を、魔王を狙う者達を取り締まるだけの仕事ではなかった。

 まず、勇者を名乗る者の8割が盗賊紛いの暴漢、詐欺師だった。これらは容赦なく刈り取り、その場で裁いた。

 だが、残りの2割。つまり真面目に魔王討伐を目指す者に対しては見極めを測った。もし、黒勇隊の隊員よりも強い者であれば、魔王の元へ密かに招いた。

 例え、黒勇隊に強さ及ばぬ勇者であっても、言葉巧みに誘い、入隊させた。

 そうやって魔王は隊員を増やしていき、組織を増強していた。

 バルバロン国内では、質の悪い勇者が多く、その殆どは出鱈目かポピュラーな血筋を騙り、王や騎士たちを言葉巧みに騙して下知を得て、近隣の町や村で犯罪に手を染めていた。その犯罪の殆どは、民家に押し入り、箪笥や壺、ベッドの下まで探って金品や貴重品を強奪し、高値で売り飛ばす、というものだった。

 苦情は多かったが、それらの犯罪の殆どは勇者無罪として片づけられていた。

 そのため、黒勇隊が必要だった。

 彼らの殆どは元勇者であり、他の勇者の動向を知っている者も大勢いた。その為、勇者紛いの強盗盗賊を狩るのは大変捗った。

 それでも、勇者を騙る者は、流石勇者の時代というだけあって大変多く、一掃するのには大変時間がかかった。



 ゼルヴァルトはバルバロン国内、オグルン地方に潜伏していた勇者一行を打倒した。その後、1番隊は魔王に召喚され、ファーストシティの城へ向かった。

 城内で例によって秘書の出迎えを受け、玉座に招かれる。中央には禍々しい鎧甲冑が『我が城の主だ』と言わんばかりに座していた。だが、そこからは何の気も感じなかった。

「やぁ、1番隊の諸君」闇の中より現れた魔王が笑顔を覗かせると、1番隊総勢20名が一斉に膝をつく。

「本日は、何の御用で?」ランドールが口を開くと、魔王が手を叩く。すると、玉座にひとりの女性が姿を現す。挑発的な服装に、凛とした表情、それでいて正中線を揺らさない隙の無い歩き方で魔王に馴れ馴れしく近づく。

「彼女は勇者狩りアドバイザーのナイア・エヴァーブルーだ。これから、彼女の指揮に従って行動して貰おう」

「……? それだけの為にお呼びしたので?」ランドールが首を傾げると、魔王はうむと頷いた。

「両者とも近くにいたので、ついでに、な。それから、渡したい書類もあるしな」

「これが貴方自慢の黒勇隊? みんな変なお面被っちゃって、顔に自信が無いのかしら?」挑発するように口にし、見下すような視線を向けるナイア。

「お前好みのイケメン揃いだ。ただ、事情があるのは知っているだろ?」

「ふぅん……ま、よろしくね。同盟関係上しかたないけど」胸の下で腕を組み、また挑発する様に不敵に笑む。

「これで狩りは捗るはずだ。頼むぞ諸君!」魔王はそう口にすると、闇の中へ姿を消した。

 しばらく玉座に沈黙が流れるが、それをナイアがあっという間に破る。

「で? 貴方が優秀な副隊長さんね? ゼルヴァルト……絵本の悪役の名前だそうじゃない? 可愛いわね~」上体をリズムよく振りながら近づき、彼の剣の柄をコツンと叩く。

「……ナイア・エヴァーブルー……魔王軍にもククリス軍にも……いやどこの国にも属さない勢力に身を置く諜報員……か」知っているのか、彼女の背後からランドールが口にする。その間、ゼルヴァルトは閉口し、彼女を眺めた。

「そう言う貴方は、南の国からはるばるご苦労ね。その名前は神話の聖獣の名前だったかしら? 黒勇隊ってなんだか拗らせている人ばかりねぇ」と、怯まず口にする。

「詮索屋が……あんたが何故、我が隊のアドバイザーを?」

「魔王さん曰く、黒勇隊の中で一番功績を上げているから……だとか? そんな隊に私が加われば、この忌まわしい勇者共を早く一掃できる、と考えているんでしょう?」

「しかし、なぜあんたが……同盟関係? そんなのは聞いて……」

「それは、貴方達が知らなくていい事よ。さ、お仕事しましょ?」ナイアは隊員たちに怪しげな微笑を振り撒きながら、歩いた。「それにしても副隊長さん、寡黙ねぇ……」

「ナイア……何か企んでいるな」ランドールは彼女を笑顔仮面越しに睨み付け、忌々しそうに鼻を鳴らした。



 それ以降、1番隊はナイアと合同で勇者狩りに当たった。彼女の情報力は広く深く正確であり、簡単に勇者を騙る者を見つけ、裁くことができた。彼女は不敵な笑みを覗かせながら絵地図を指さすと、そこには確実に勇者がいた。

 更に、彼女の目利きは鋭く、どんな勇者かを一発で見破る事が出来た。

 なぜそんな事ができるのか問いかけても、彼女はジョーク混じりにはぐらかして微笑んだ。

「ナイアさん」次の目的地へ向かう前に、ゼルヴァルトは彼女に近づいた。

「なに? 貴方からなんて珍しいわね」ナイアは用意された簡易椅子に座り込み、脚を組んだ。

「貴女……まさか仲間を裏切っているのではありませんよね?」仮面越しに厳しく殺気交じりの視線を向ける。

「裏切る? 貴方たちを? 仲間だと思ったことはないけど」

「いえ、今迄倒してきた勇者達の方です。よくよく調べてわかりましたが、彼らは徒党を組んでいて、ゲリラ戦法を取っていた事がわかりました。貴女はまさか……」

「そんなわけないでしょ? あたしの情報が正確過ぎるからって、言いがかりはやめてくれる?」ナイアは彼の殺気を受け流し、ふふんと笑う。

「では何が目的です?」ゼルヴァルトが問うと、ナイアは立ち上がる。

「貴方も、なぜ黒勇隊に入ったの? ねぇ?」彼女の問いかけに、彼は口を結ぶ。

 それを感じ取った彼女は、楽しそうに笑った。

「問いかける前に、まず自分からってね……さ、行きましょ。次の連中は手強いわよ」ナイアは彼の心を見透かした様な言い方をしながら、瞳の奥の何かを感じ取っていた。

「ナイア……」ゼルヴァルトも、彼女の瞳の奥に冷たくも熱い何かを感じた。

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