11.ゴルバリア砦攻略戦 交渉編

 砦が開かれ、ゼルヴァルト率いる魔王軍が続々と門を潜る。砦内のトラウド兵が殺気を堪えて歯噛みしているのをひしひしと肌で感じ取り、魔王軍の半数は冷や汗を掻いていた。

 砦内部は整備が行き届いており、物資も潤沢であった。このまま籠城戦が続けば、1年は余裕で持つほどであったため、さらに魔王軍は肝を冷やした。

「あそこでゼルヴァルト殿が一騎打ちに勝っていなかったらどうなっていたか……」ラトは改めて震えあがり、乾いた笑いを漏らす。

「周囲の国が一斉に反乱を起こし、大戦が勃発していたかもな」ゼルヴァルトは正面を見ながら応える。

「そんな事態を防ぐなんて、流石です!」ローズは背後から飛びつき、猫の様にじゃれついた。

「ここでふざけた態度はやめておけ。今が一番大切な時だ」全てを悟っているかの様に口にし、ローズの首根っこを掴む。

「大切? 砦を落として残るは戦後の後処理だけでしょ?」

「その後処理がこの国の行く末を決めるんだよ。例え母国でなくとも、気を引き締めて掛かるんだよ」いつもは不真面目な態度の目立つランドール隊長ではあったが、今回は至って真面目に口にした。

「は~い」ローズは空気を読んだのか、背筋を伸ばして胸を張る。

「さて、司令官室へは私とラトが向かう。皆はここで待機していてくれ」ゼルヴァルトは今迄に無いほど緊張し、深々と息を吐いた。



 ゴルバリア砦の司令官室には、トラウド国騎士たちの嵐の様な殺気がゼルヴァルトとラトを出迎えた。

「(ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!)」ラトは必死になって唇を噛み、怯えた悲鳴を押し殺した。

 周りが殺気を吹き荒れさせる中、司令官の椅子に座るヴィントスは殺気を少しも纏わずにゼルヴァルトを出迎えた。

 彼は椅子から腰を上げ、ゼルヴァルトの眼前に立った。

「先日の戦い……見事であった。どこであのような戦い方を学んだ?」

「黒勇隊に身を置くと、あらゆる戦術を求められます故……基礎は母国で……」

「ほぅ……母国は……っと、黒勇隊に対して聞く事は失礼かな?」

「……お2人で、一対一で話せますかな? そこで、全てお話ししましょう」

「その言葉を待っていた、ゼルヴァルト殿」

 ヴィントスは優し気な瞳を彼に向け、彼を私室へと案内した。



「昔から、貴殿の事を知っているような気がする……あの太刀筋、あの体捌き、馬術……この国出身である事だけでなく、同じ隊にいて、同じ師を持たねば、あの動きはできん。そして、拙者と一度、手合わせをした事のある者……」と、彼の前で腕を組み、仮面の向こう側の目を見る。

 ゼルヴァルトはそんな彼に応えるかのように、兜に手を掛け、素顔を現した。4年前の頃よりも髪が多少伸び、無精ひげを生やしていたが、紛れもなく彼はトラウド国出身のウェイズ・スラストだった。

「やはり、貴殿であったか……」

「久しぶりだな」久しぶりに素顔で笑うウェイズ。

「バルバロンへ向かってきり音沙汰が無かった……まさか、魔王の犬に成り果てていたとは……何が遭った?」ヴィントスは一歩彼に近づき、問うた。

「……これが事実だ……今は魔王軍につき、自分の道を歩んでいる」

「魔王に屈したのだな?」

「そうだ」

「母国を裏切った……そうだな?」

「そうだ」

「ふっ……あの時、拙者が貴殿に勝っていればこのような事にはならなかった……」

「……それは無い」ウェイズが即答すると、ヴィントスは目に殺気を宿らせた。

「なんだと?! 拙者もこの国を裏切ると、そう言うのか」

「そうだ」と、ウェイズはこれまでの事を、自分がこの国を裏切った経緯、そして魔王軍の実際の脅威を伝えた。

「馬鹿な……否、それでも裏切るよりは、槍を掲げ、一矢報いた方が遥かに……」

「そんな事では、未来に何も伝えられない! 死んではならない! そして、貴方は今回も死のうとしていた! そんな戦い方はやめるべきだ!!」

「なんだと?! 貴様! 拙者の生き方を否定するかぁ!!」

「全てを否定はしない。だが、魔王との戦いは次元が違い過ぎるのだ! もっと長期的な考えを持たなければ、魔王に勝つことはできない!! 奴と対峙してそれがわかった……だから、私は懐に潜り込んだのだ!」ウェイズは拳を握って力説し、ヴィントスに一歩近づく。

 ヴィントスは眉間に皺をよせ、歯を剥きだして唸った。

「今回の反乱は許されるものではないだろう。だが、私が魔王と交渉する! この国を、そして貴殿を守って見せる!! どうか、私に任せてはくれないだろうか?!」

「……故に兜を打ち飛ばしたのか……」

 ヴィントスはそのまましばらく黙り込み、ウェイズを睨んでいた。

「……頼む、私に任せてくれ!!」



 それから2週間、ゼルヴァルトは馬を駆け、バルバロンへと急行した。前もって文を送り、トラウド国と反乱の首謀者ヴィントスの助命を願い出ていた。

 城へ辿り着くと、魔王の秘書が出迎え、玉座へと案内される。

 ゼルヴァルトは意気込んで魔王の眼前で跪く。

「ご苦労だったな、ゼルヴァルト。やはり1番隊は頼りになる。ナイトメアソルジャーを送るまでも無かったな」魔王はスーツ姿で玉座に足を組んで座っていた。

「は……」

「そして、空いた椅子……4番隊の隊長に君が就任してくれ。よろしく頼むよ」

「は、謹んでお受けいたします」

「以上だ。ここまでご苦労だったな。下がっていいぞ」と、魔王は腰を上げる。

「恐れながら……トラウド国、そしてヴィントス・リコルは如何いたしましょうか?」ゼルヴァルトは魔王を見上げながら口にした。

「……あぁ、不問で構わないぞ」

「は?」ゼルヴァルトは仰天を隠しながらも目を剥いた。コレが彼の願いであったが、あまりにもあっさりと敵ったため拍子抜けしたのである。

「な、何故?」

「? 文に書いてあっただろ? どんな条件でも呑む、故に国とヴィントスの助命を、と。条件は後で考える。と、いうか潰したり燃やしたりしても何の意味もない。違うか? 俺様は最初から、鎮圧後は助けるつもりだったよ。あとでいくらかは無茶ぶりさせて貰うがね」と、悪戯気に笑いながら口にし、ゼルヴァルトに近づく。

「は、……ありがとうございます」

「ま、これからも頑張ってくれ、ゼルヴァルト……」と、闇色の瞳で彼を眺めた。まるで心の中を覗き込むような眼光だった。

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