10.ゴルバリア砦攻略戦 兜の行方

 ゼルヴァルトが本陣へ戻ると、兵の皆が拍手して出迎える。ある者は指笛を鳴らし、またある者は敬令して陣の英雄を讃えた。

 彼はそれらに対して何も応えず、ゆっくりと下馬して鞍に括り付けたヴィントスの兜を両手で抱え、自分のテントへと入る。どかりと椅子に座り込み、己の兜を脱ぐ。

 そこで彼はやっと、真っ白な、疲弊のため息を吐き出した。顔だけでなく、全身に汗を掻き、鎧が今にも崩れそうな擦れ音を立てる。今までにない程、彼は疲れ切っていた。

 そこへ、ラトが現れる。砦の皆同様、彼も舞い上がっていた。

「流石はゼルヴァルト殿! あの猛者をたったひとりで……っ!」

「あぁ……」顔を背けながら兜を被り直し、背筋を正す。

「で、なんでまた兜だけを? やろうと思えば首を討つことも出来たのでは?」不思議そうに尋ねるラト。確かに、あの時にヴィントスを討てれば砦の総司令官は倒れ、降伏は時間の問題であった。

 すると、ゼルヴァルトはヴィントスの兜を両手で持ち、ラトへ差し出した。

「これを、トラウド国王へ届けろ。そうすれば、王は砦での籠城戦をやめる様に命ずるだろう。あのお方はそういうお方だ」

「は、はぁ……しかし、ヴィントスを討てばもっと早く……」

「あの漢は自分が討たれた後の事を考え、それすらも策に組み込むような猛者だ。恐らく、あそこで首を撥ねても、砦攻略は長引いただろう」

「そうなんですか……?」と、兜を受け取り、敬礼の後にテントを去る。

 それを見届け、ゼルヴァルトはまた崩れる。彼は一応、この陣の大将であるため、下の者に情けない姿を見せるわけにはいかなかった。

 だが、その後もテントにやって来ては個人的に賛辞の言葉を送る者が矢継ぎ早にやってくるため、気を緩めるいとまが無かった。



 その頃、ゴルバリア砦では動揺が広がっていた。司令官の首を獲られたならまだしも、兜を取られたのである。これは討ち取られたよりも始末が悪かった。

「……あの兜を相手方はどうするか……」ひとりの騎士が唸る様に口にし、眉を怒らせる。

「使い道はいくらでもあるが……あの男……手柄を喜ぶ様な者には見えん……」

「だったら、使い道は……我らが王に届ける……か?」

「では、兜を輸送する隊を奇襲するのはどうか?!」

「そんな余裕、この砦にあるものか!!」

 司令本部ではこのように次の手を苦心していたが、兜を取られた張本人は腕を組んでただ黙り込んでいた。

「ヴィントス殿……どう思いますか?」またひとりが尋ねる。

「あのゼルヴァルトと言う男……まさか、この国の……否、この軍の者ではないか?」

「まさか、間者がいると?」

「いや、……ただ、あのゼルヴァルトから、懐かしい太刀筋を感じた……」

 ヴィントスは彼らしくない、ぼんやりとした表情で口にした。

そんな彼を見た事の無い騎士の面々は、物珍しそうにヴィントスの表情を覗いた。



「えぇ?! もう終わっちゃったのぉ!!」他の任務に就いていた1番隊のテントでローズが仰天していた。

「一昨日、ゼルヴァルトが砦の司令官と一騎打ちしたらしい」早々に報を受け取ったランドールは笑いながら首を振る。

 ローズは彼が手にする手紙を毟る様に奪い取り、目を通す。

「そんなぁ! 早くこっちを片付けて応援に駆け付けたかったのにぃ!!」

「こっちはこっちで重要なんだがな……」ランドールはため息を吐き、悔しそうに地団太を踏むローズを楽し気に眺める。

「隊長!! もう早くあんな雑魚連中片付けて、ゴルバリア砦へ行きましょうよ! まだ手伝えることがあるかもですし!!」彼女は全身に雷を蓄え、今にも飛び出しそうな構えを見せる。

「雑魚って……作戦は……」

「じれったい!! 夜襲ヤシューーーーーー!!」と、ローズは火矢の様に遥か彼方まであっという間に飛んでいってしまう。

「おい! ったく……じゃじゃ馬過ぎるぞ! 皆、作戦変更!!」



 一騎打ちの日から6日後、トラウド国にヴィントスの兜が届けられる。

これに書状は添えられておらず、ただ伝令からの事実のみが王に伝わっていた。兜を検め、重くため息を吐きながら玉座に座り直す。

「偽物ではないようだな……血が付いてない所を見ると、ヴィントスは本当に無事だな……今の所は」と、疲れた様に目を擦る。

 伝令はただ黙って王の前で跪き、彼が次に何を言うのかを待っていた。王も同じくしばらく黙りこくり、兜を見つめていた。

 夕暮れになる頃、やっと王は腰を上げ、執務室へと向かい、何かを一筆書き認めて蝋印を押す。

「これを、無事送り届けてくれ」伝令に手渡し、また玉座に崩れた様に座る。

「……届いたのが兜であった事を感謝すべきか……」



「砦に動きは?」ゼルヴァルトが砦を双眼鏡で眺めるラトに尋ねる。

「あれから目立った様子は……救援物資を送り届けようとする他国の軍の動きはありません。先週の釘刺しが効いている様子です」

「そうか……引き続き、監視を頼む」

 そこへ、稲光と共に黒鎧を纏った者が現れる。

「ゼルヴァルトさん! お待たせしました!!」彼女に続いて1番隊が続々と陣に到着する。彼女以外、皆息を切らせていた。

「よぅ、この様子だと、俺たちの出る幕はなさそうだなぁ」ランドールは彼に挨拶する様に手を振り、馬から降りる。

「そんなことないですよ! でしょ!」やる気を漲らせ、今にも飛び出しそうなローズが鼻息を荒くさせる。

「いや、今は様子見だ……私の見立てだともうじき……」ゼルヴァルトは余裕を蓄えた口調で話し、腕を組みながらゴルバリア砦を見る。

 すると、彼の計算通りの報を持って砦の使者が現れる。

「失礼! この陣の総大将は貴方ですね? これを……」と、震える手で蝋印された書状を差し出す。話し方は穏やかだったが、僅かに悔しさが見え隠れしていた。

「それは?!」ローズが首を伸ばす様にゼルヴァルトに近づく。

「まさか……」ラトは呪縛から解放されるような声を漏らす。

 ゼルヴァルトはそれを丁寧に開き、ゆっくりと咀嚼するかのように内容に目を通し、頷く。

「承知しました。ラト……皆に戦いは終わったと、告げよ」

 彼の言葉に歓喜し、駆け出した。

「えぇ!? 終わっちゃったのぉ!!」空気を読まない口調で叫ぶローズ。

「ま、いいじゃないか。それに……」理解しているのか、気を引き締める様に咳ばらいする。

「あぁ……まだこれからだ。これから……」ゼルヴァルトは一騎打ち前に見せた眼光で砦を眺めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る