9.ゴルバリア砦攻略戦 一騎打ち編
その日の夜、ゼルヴァルトはテント内で深々と胡坐を掻き、輝く刀身を眺めていた。
己は何をすべきなのか、本当はどうしたいのか、本当にこれで良いのか。
彼は心中で何度も己に問いかけ、息を深く吐いた。
「……これは裏切りだろうか……否、既に裏切っているのだ……2度も裏切るような事はできない」彼は呪文の様に零し、剣を鞘へ納める。
するとそこへ、ヘトヘトのラトが現れる。鎧で疲れの色は隠せていたが、その歩き方や肩の動きでズタボロだと言う事が見て取れた。
「し、失礼します……言われた通り、アメロスタ側の物資搬入口を固め、釘を刺してきました。これで砦は孤立しました」と、崩れる様に座り込み、兜を摩る。
「ご苦労……だが、ゴルバリア砦を助けようと動き出す国が各地で行動を起こしている様子だ。早急に叩かねば、面倒な事になるな……」ゼルヴァルトは夕方ごろに受け取った文をラトに見せる。これはナイアが気を効かせて送った情報だった。
「えぇ?! 他国まで相手にしなくてはならないのか?! もう俺たちじゃ無理だ! 援軍を……軍団長ロキシー様を呼ぶしか……」声だけでわかる程、匙を投げたい様子のラト。彼にはもう、黒勇隊としてのプライドを保てる程の余裕はなかった。
「……ラトよ、お前はもう寝ていいぞ。明日に疲れを残さず、ゆっくり休め」ゼルヴァルトはゆっくりと立ち上がり、テントを後にする。
そんな彼を見送った後、ラトはその場に倒れ、荒い寝息を立てた。
真夜中になり、ゼルヴァルトは小高い丘へと登り、ゴルバリア砦の様子を伺った。砦には火が煌々と炊かれ、交代で見張りが目を光らせていた。時折、丘に殺気飛んでくるのを感じ取り、兜の下で笑う。
「流石だな、ヴィントス……抜かり無し、か」と、ワザとらしく双眼鏡を月明かりに照らして見せる。
すると、光線の様に矢が数本飛来する。彼はそれを剣の一振りで叩き落とし、また楽し気に笑った。
「ふふ、笑っている場合ではないが……楽しんでいる場合ではないのだがな」彼は懐かしさや、かつての仲間の、またはその息子たちの成長を嬉しく想い、この時だけは心からの笑みを零した。
そこへ、彼の背後に1つの影が忍び寄る。
「ナイアか、ここは危険だぞ。話があるなら陣まで下がってくれ」
「私はそこまでヤワじゃないわ。それに、道の途中だったから寄っただけよ。すぐに発つわ」と、彼の隣に立つ。
「……何か情報でも入ったのか?」
「いいえ。ただ、貴方に訊きたくて……」彼女はそこで言葉を少し詰まらせ、鼻で小さくため息を吐く。
「……」
「本当に、自分の手で故郷にトドメを刺すつもり?」
鋭い目つきながらも、悲し気な口調で話すナイア。
「……私は、私の道を歩んでいるだけだ」そよ風のように答えながら正面の砦をじっと眺め続ける。
「私の見立てだと、魔王の気まぐれでもない限り、この国は砦の陥落と共に炎に包まれるでしょうね。反旗を翻せば、そうなるわ。貴方は、本当にそれでいいの?」ナイアはゼルヴァルトに向き直り、いつになく真面目な眼差しを向ける。
「貴女は、どんな道を歩んでいる?」ゼルヴァルトは彼女の目を見ながら問いかけた。
「道? ……」ナイアは口を横に結んで黙った。
「貴女の進む道と、私の進む道は恐らく、同じなのだろう……私は一度、故郷を裏切った身だ。二度目は無い……だからと言って、私の歩む道は曲げない。それだけだ」
「……わかる様で、わからないわね。貴方の道って……」胸の下で腕を組み、いつもの調子を取り戻そうと上唇を舐める。
「……今の私にいえる事は……決して裏切らない、と言う事だけだ」彼はそれだけ言い終えると、踵を返して陣へと戻った。
「私はその内、裏切るけどね」ナイアは誰もいなくなった闇の中でぽつりと口にし、彼とは反対方向へと歩を進めた。
その頃、砦内では軍議が行われていた。彼らも情報を掴み、策を練っていた。
「補給路は絶たれ、相手側の陣地には新たな司令官が入ったとの情報です。その者は黒勇隊1番隊副隊長のゼルヴァルト、との事!」砦外の図を卓上に出し、墨を入れる。
「ゼルヴァルト1人か? 1番隊全員ではなく、その者だけが援軍か?」砦の兵士長が問うと、伝令兵長がコクリと頷く。
「なら、問題はないだろう。もう直ぐアメロスタや他諸国の援軍がやってくる! そこから、一気にバルバロンへ攻め上り……」と、力説する兵士長。すると、隣から砦司令官のヴィントス・リコルの圧を感じ取り、そこで黙る。
「そのゼルヴァルト……噂通りなら、侮らず、今日よりも慎重に行動せねばなるまい……」と、彼はスクッと立ち上がり、敵陣のある方へと顔を向ける。
「どうかしましたか?」
「何故か、懐かしい風が吹いた気がしてな。まるで旧友でも帰ってきたかのような……まさかな」自嘲気味に笑い、彼は会議室を後にした。
そして翌日の昼頃。
ゼルヴァルトは軍を引き連れず、ただひとりで馬を奔らせ、砦前まで向かった。砦の迎撃装置が音を鳴らし、弦を引く音が彼を出迎える。
「私は黒勇隊1番隊隊長、ゼルヴァルトだ! 砦司令官はかの有名なヴィントス・リコル殿と耳にした。貴殿との一騎打ちを所望する!! どうか、我が挑戦状を受け取って頂けないだろうか!!」
彼の一喝の返答か、砦のバリスタが数発飛来する。
ゼルヴァルトは瞳に雷を蓄え、一瞬で殺気の籠った矢を見切り、昨夜のように剣を一閃させて叩き落とした。
「無粋なマネをするな! どうか返答を!!」彼は直ぐに剣を収め、手綱を握り直して砦を睨み付けた。
しばらくして、砦は彼の申し出に応える様に大きな鉄門を開いた。中から、大鎧を身に付け、巨馬に跨ったヴィントスが現れる。大槍『無鉄』を片手に目を光らせ、馬を嘶かせる。同時に砦から勝ち誇った様な鬨の声が響き渡る。
「速やかな返答に、礼を言う」ゼルヴァルトも剣を素早く抜く。
「貴方がかの有名な黒勇隊のゼルヴァルトか……一度、剣を交えたいと思っていた。先日の隊長殿とは違うようだな」
「……期待には応えよう。何を持って始めとするかな?」
「先日同様にやらせてもらう。3度鳴ったら、始めだ」と、ヴィントスが槍を掲げる。すると、砦内の銅鑼が鳴り響く。
1度目でゼルヴァルトは再び手綱を握り直す。
2度目でヴィントスは魔力の循環を最高速にまで高める。
そして3度目で、互いに馬を奔らせる。
互いに実力者であり、馬術も心得ていた。己の魔力を愛馬の体内で巡る血流と筋肉の動きに同調させ、まさに人馬一体となって自在に手綱を振るう。
最初に動きを見せたのはヴィントスだった。彼は大地魔法の達人であり、魔力を愛馬の前脚へと流し込む。すると、次の蹄の一撃で眼前に大地の階段が出来上がり、駆け上ってゼルヴァルトの頭上を取る。そのまま冷静に彼はゼルヴァルトの上空から大槍片手に襲い掛かった。
するとゼルヴァルトは殺気の籠った一撃を切っ先で払い退け、相手の首元を狙う。
だが、払った筈の槍先が再び襲い掛かり、またそれに反応して弾いて受け流しながら、砦方向へ奔らせる。
「相変わらず上手い牽制だな」ゼルヴァルトは小声で感心した様に漏らし、フッと笑う。
「先の隊長殿は今ので仕舞だった。楽しむべきではないのだろうが……」と、槍先まで魔力を流し込み、豪風を立てて振るう。「いくぞ!!」
再びヴィントスは馬を駆けさせ、今度は走る先をゼルヴァルトのいる方まで大地の両壁を作りだし、左右へ逃げられない様に阻む。さらに、馬の蹄が大地を地震の様に揺るがす。
ゼルヴァルトは仮面の下でにやりと笑い、馬の脚に魔力を最大限に流し込む。それによって彼の周りだけ地震の揺れを遮り、眼前のヴィントスに集中する。
相手の次の一撃は、馬ごと真っ二つにする勢いのある突きだった。隙も前振りも見せない彼の突きは、どんな者も見切る事はできなかった。
だが、ゼルヴァルトは雷光眼と持ち前の動体視力、経験によりそれを見切り、手綱を引いて跳び上がる。
「そう来るか」行き場を封じた必殺の一撃を避けられるも、狼狽の色も見せずに、神速の一撃を突き上げる。
その切っ先に合わせてゼルヴァルトも剣で突き、周囲に衝撃波を放ち、そのままヴィントスの背後へと着地し、馬を取って返す。同時に大地の壁が引っ込み、揺れが止まる。
「……その動き……以前に拙者と会ったことが……剣を交えた事があるのか?」
「どうかな?」ゼルヴァルトは楽し気にフッと笑い、剣を振って構えた。
「次の一合で終わらせよう……」ヴィントスは大鎧の肩のつなぎ目を外し、籠手を脱ぎ捨てる。大槍を高速で一振りさせ、空気を張らせて周囲を無音にする。
それを見て、ゼルヴァルトは前傾姿勢になり、相手の周囲に展開される闘気に集中し、呼吸を合わせる。
しばらくにらみ合いが続き、砦からも唾を飲み込む音、汗の垂れる音すらも聞こえる程にシンと静まりかえる。
そして、鳥の鳴く声と共に爆発したかのような土埃を上げて馬が駆ける。互いに次の一撃で終わりだと心に刻み、得物に魔力を込めて互いの急所を狙う。
駆ける馬の上で、先に動いたのはヴィントスだった。胴体を正確に狙い、全力の一撃を放つ。これはワザと受け流させる為の牽制だった。次の一撃は槍の柄による不意の打撃であり、そこから首を狙って終わらせるのが、彼の得意な流れであった。
だが、それを知っているかのようにゼルヴァルトは最初の一撃を相手にせず、紙一重で避け、そのまま殺気を込めない牽制打が如き一撃を首へ向かって振り抜く。
殺気が無いせいで、ヴィントスは反応できずそのまま、この一撃を受ける事になった。
「なにぃ!!」頭に覚える違和感を不気味に思い、ゼルヴァルトへ向き直る。
彼の眼前には、彼の兜を手にしたゼルヴァルトが剣を掲げていた。
「勝負ありだな!! 武人が兜を取られる意味は、貴殿も知っているだろう? 砦を引き払う準備をしておけ!!」と、ゼルヴァルトはまるで敵将の首の様に鐙に兜をぶら下げ、陣へと下がっていった。
「~~~~~~~~っ!! 不覚っ!!!!」ヴィントスは槍を大地に突き刺し、歯を剥きだして目を瞑った。だが、何故か彼の心中にも、ゼルヴァルトの様な楽し気な満足感で満たされていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます