12.ナイアの企み

 ゴルバリア砦の戦いから6年後。ウェイズもといゼルヴァルトの故郷、トラウド国はバルバロンの文化、色に完全に染め上げられていた。ヴィントスはこれを恐れて反乱を起こしたのだった。現在は辛うじて、国旗と王族だけは守られていた。

 だが、国民の心はトラウド王から魔王へと動き、この国は殆どバルバロンに侵食されていた。

 これが魔王の恐ろしい面である。税を引き下げる事から始まり、村への援助、技術提供、仕事の支援などで国民の心を掴み、寛大な心を見せ、少しずつバルバロンの文化を侵食、浸透させて仕舞には、国旗を降ろさせ、魔王軍の旗を自分から掲げさせる。

 こうやってバルバロンの属国はいつの間にか、ゆるゆると滅び、魔王国の一部となるのであった。



 ゼルヴァルトは黒勇隊4番隊の隊長として目覚ましい結果を残していた。勇者の残党たちの駆逐、麻薬シンジケートの排除、反乱軍の鎮圧などを4番隊のみで行い、全て成功させていた。

 副隊長のラトも、ゴルバリア砦の戦い以降成長し、隊長の片腕として恥ずかしくない活躍を見せていた。

「隊長、元勇者の盗賊団が近々、マーマリア地方の王族を拉致し、領主館に火を放つとの情報が入りました」ラトは収集された情報を隊長に手渡し、作戦プランをAからEまですらすらと口にする。

 作戦本部のテント内でゼルヴァルトは資料や地図に囲まれており、魔王より届いた任務が山積みになっていた。

「ふむ……プランCで行こう。作戦実行の前夜祭は、皆で景気づけに酒を呑むのがこの連中の母国の文化だ。酒盛りをする店を特定し、そこを叩くぞ」資料から目を離し、ラトへ目を向ける。

「了解です。相手は40名強。応援はいりませんか?」

「いらない。我々4番隊だけでやる。店の特定後、店内の見取り図を皆に配っておけ」

 ラトは敬礼し、早速作戦準備に取り掛かる。

 ゼルヴァルトは視ていた資料へ目を戻し、難しそうに唸っていた。

 彼が見ている情報は専門外の代物であり「俺に何をさせたいんだ?」とでも言いたげなため息を吐いていた。

 その資料には、神器と呼ばれる『預言者の石板』について書かれていた。この石板に触れれば、世界の、国の、そして個人の未来を予知する力が手に入る、とあった。そんな代物がマーマリア地方に存在し、その捜索の手掛かりを掴め、と添えられていた。

 そういった考古学的な代物の捜索はゼルヴァルトの専門外であった。しかし、この地方にキャンプを置いたその日にこの資料と指令が届いたため、魔王は余程にこの石板を欲しているとわかった。

「こんな物が手に入ったら……魔王の力は益々……」と、重い溜息を吐きながら、ローズから届いた手紙の束を取り出し、目を通す。彼女は現在、1番隊の副隊長に就いていた。ゼルヴァルトがいた頃は『1番隊にゼルヴァルトあり』と呼ばれる程に讃えられていた。

 現在は『1番隊にローズあり』と、彼に取って代わり、1番隊の評判を落とさず、むしろ以前よりも上げる勢いで働いていた。

 そんな彼女は今でも彼の事を慕っており、月に10通以上もの手紙を送っていた。その内容は自分の活躍に、近況、ついでにランドール隊長の小言が綴られていた。

「ランドールさんも苦労されているな」と、癒される様に笑うゼルヴァルト。

 そんな時、テントに懐かしい顔が音もなく姿を現す。

 ナイアだった。

「お久しぶりね。最後に会ったのは、3年前かしら? モーン村に潜伏した勇者の炙り出しの時に……」

「あの時は世話になった。君の機転が無ければ、あいつには逃げられていた」

「あの自称竜騎士君は今、何をやっているのかしら?」

「ご存じでしょう? 6番隊の隊員として、元気にやっていますよ。あの隊は今、ヴァイリー・スカイクロウ博士の任務に就いている筈です」

「そう。今日は、紹介したい人がいるんだけど、いいかしら?」ナイアは胸の下で腕を組み、ルージュの唇で微笑む。

「どうぞ」気分転換を求めていた彼は、静かに頷く。

 ナイアが合図をすると、また音もなく仮面をした男が現れる。

 その者は、軽装ではあったが、全身に武装を施しており、淡く殺気を込めていた。仮面には年季が入っており、爪で抉られた様な傷がいくつも残っていた。

「お前がかの有名なゼルヴァルトか……なるほど、隙が無い」その者はゼルヴァルトの全身を値踏みする様に眺め、鼻で笑う。

「……何者だ?」ゼルヴァルトは立ち上がり、いつ襲い掛かられてもいいようにと腰を軽く落とす。

「ハーヴェイ・ダスクよ。これから、黒勇隊の参謀に就く事になるわ」

「何故私に? 先に会せるなら総隊長であるジャレッド殿に紹介すべきでは?」

「……あいつは危険な男だ」全てを知っているかのような口ぶりでハーヴェイは口にし、仮面越しにゼルヴァルトの目を見た。

「知っているのか」彼は総隊長であるジャレッドの事は危険視していた。

 ジャレッドは黒勇隊誕生から今迄、総隊長の座に着き、隊全体に目を配っていたが、その目線にはいつも殺気が籠っており、何かを測る様に隊長、副隊長たちを舐める様に監視していた。

 総隊長としては有能であり、彼のお陰でバルバロン全体の治安は保たれていると言っても過言ではなかった。が、腹に一物あるかのような雰囲気を醸し出しており、近々何か大きな事をやるのではないか、と噂されていた。

「ジャレッドは暴力の化身だ。覇王時代から知っている。あいつは己の暴力を制止し、上手く利用している化け物だ。何故知っているかって? 俺の元、相棒だからな」ハーヴェイは腕を組み、静かに笑う。

「……貴方は何者?」ゼルヴァルトが問うと、彼の代わりにナイアが口を開く。

「この人は、本来なら黒勇隊総隊長になる男だったの。でも、ある仕事があって、代わりにジャレッドを据えたわけ」

「その……役割が終わったから、俺がやってきたわけだ。ジャレッドに挨拶がいらないのは、もう知っているからだ。俺が来たら、あいつは殺気で感じ取るはずだ」ハーヴェイは腕に付いたクローを爪で弄り、息を吹きかける。

「そうか……よろしくお願いする」と、手を出すがハーヴェイはそれには応えなかった。

「馴れ合うつもりはない。だが、一度は会っておきたかった。そして……」

「……貴方も、総隊長と負けず劣らずの暴力者の様だ……覚えておく」ゼルヴァルトは威嚇する様に口にし、差し出した手を引く。

「そうそう、ついでここにある資料を私に預けてくれるかしら? どうせ、これがここにあっても貴方の手に余る物でしょう?」ナイアは流れる様に『預言者の石板』についての書類を含めた、卓上の資料をかき集めて綺麗に整頓し、素早く鞄に入れた。

「あぁ、そうだな助かるよ」悩みの種がひとつ消え、ほっと息を吐くゼルヴァルト。

「さ、行きましょうか?」と、ナイアが口にすると、ハーヴェイは微笑み声だけ残してテントを去っていった。

「……何か不穏な奴がきたな……それにナイア、何を企んでいる?」彼女の真相には届かずとも、意図には薄うすと勘付いているゼルヴァルトは、今日の事を日誌に書留めた。



「で?」ナイアは横に並ぶハーヴェイの脇腹を小突く。

「で? とは……?」

「アリシアの事よ!! もう11歳でしょう?! 元気にしているの? もう6年も会ってないのよ!!」珍しく居ても立っても居られない様な声を出すナイア。

「なら会いに行け。あいつは会いたがっているぞ? お前にな。手紙だけじゃ流石に可愛そうだ」

「そうじゃない!! どうなのよ!! それを聞くためにアンタを仮の父親に選んだわけじゃないんだからね!!」

「……あいつはもう1人前だ。お前よりも立派な大人になったよ。俺としては、まだまだな部分もあるが……」

「そう……村で上手くやってるわけね?」

「あぁ……立派な狩人だ。もう5、6年すれば俺を超えるだろうよ。狩人としては、な」ハーヴェイは誇らしげに口にし、己の握りこぶしを眺める。

「そう……久々に帰ろうかしら。このままじゃあ、誰の子かわかったもんじゃないわ。まるで『あの人』と、あんたの子みたいじゃない!」

「気持ち悪い事を言うな!!! 誰があの野郎と俺の……お前はそう言う悪い冗談が本当に好きだな!!」

「調子の狂ったあんたが面白くてね。さて……」と、ナイアは手にした資料を見て悪い笑顔を覗かせた。「これを……魔王に先んじれば、私たちにも勝ち目が見える……!」

「あぁ……お前は調査を。俺はジャレッドと共に準備を進める。ナイア、お前の組織はどう動くんだ?」

「私の独断、個人で動いているわ。組織はまだ、魔王に利用の価値あり、だってさ」

「利用されているのはどっちだか」ハーヴェイは自嘲気味に笑いながらバルバロンの、魔王の城の方角を眺めながら鼻で笑い、右腕に備わったクローを向け、陽光で光らせた。



 その頃、魔王は執務室で書類に囲まれながら、闇の中でにんまりと笑っていた。書類に目を通し、サインを奔らせて判を押す。それを繰り返しながらも、闇の中で何かを聞き、また面白そうに微笑む。

「そろそろ、牙を剥くか……ナイア」判を押し、書類についたインクを乾かす。

「……これを機に、俺様の可愛い黒勇隊はどう動くか……勇者の血を騒がせるか? はたまた二度は裏切れずと義を貫くか……」と、書類を畳み、封筒に入れる。

「楽しみだ……実に楽しみだ……こうでなくては……」封筒に蝋印を押し、名を奔らせる。

「ゼルヴァルトよ、お前はどういう道を進むかな?」

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