8.ゴルバリア砦攻略戦 会議編

 ローズが黒勇隊に入隊してからおよそ一年。彼女は水を得た魚の様な活躍を見せ、ゼルヴァルトと会った時よりも腕を上げ、名を上げていた。

「またお手柄だな、ローズ」勇者の名を掲げた強盗団の制圧後、ランドールが彼女のテントを訪れる。

「あ、隊長! 次のお仕事なんですか! できればもっと手強い連中と戦いたいです!」彼女は指の骨を小気味よく鳴らし、フルフェイスマスク越しに目を輝かせる。

「仕事の後だっていうのに、疲れ知らずな奴だな……雷使いはみんなそうなのか?」彼はため息を吐きながらも、彼女を作戦会議用のテントへ来るように言う。

 会議テントには既にゼルヴァルトがおり、この地方の地図を腕を組みながら見ていた。

「ゼルヴァルトさん、お疲れ様です!」弾むような声で敬礼するローズ。

「こういうの何て言うんだっけ……体育会系?」ランドールも彼女に続いてテントを潜り、卓上の地図の前に立つ。

「最近、ナイアは顔を見せませんね。情報だけ寄越すばかりで……」ゼルヴァルトは手元の資料を読み、フッとため息を吐いた。

「なんだ? 寂しいのか?」ランドールが問うと、彼は静かに首を振った。

「誰ですか? ゼルヴァルトさんの彼女ですか?!」

 その後、明日の任務についての会議を淡々と行い、この日はそのまま終わるはずだった。ランプの火を消すと同時に、会議テントへ他の黒勇隊の者が慌てた様子でやってくる。4番隊の隊士だった。

「夜分遅くに失礼します! 至急、応援をお願いいたします!!」兜越しに汗を垂らしながら、その隊士は肩で息を切らせながら書状をランドールに手渡す。

「なんだ? 4番隊といえば、ゴルバリア砦攻略の最中だったな……」と、書状の内容に目を通し、驚愕する。

 そこには、4番隊隊長が戦死し、砦の騎士たちが勢いを増していると書かれ、更に周囲のバルバロンの属国もこの反乱を応援しているのか、鎮圧に手を貸さない、とあった。

「雇った傭兵団もやる気が無く、隊士たちも震えあがり、砦攻略どころではありません! どうかご助力を!!」と、膝をつき首を垂れる。

「……ゴルバリア砦……トラウドって、3年前に魔王に降伏して属国になった国だよね……なんで今更反乱なんか……?」ローズは首を傾げ、唸る。

 すると、ゼルヴァルトが前に出る。

「その砦の司令官は、まさか……ヴィントス・リコルか?」

「はっ……あの者はまさに鬼神……今の我々では歯が立ちません……どうか、名高き1番隊の力をお貸しください!」

「しかし、我々も明日以降も任務でてんてこ舞いでな……」ランドールは弱ったように口にし、ため息を吐く。

「……隊長、私だけでもゴルバリア砦に先行して向かいます。隊長たちは今回の任務を終わらせてから来て下さい」ゼルヴァルトは腕を組みながら重々しく口にした。

 そんな彼を見て、ランドールは何かを察したのか首を縦に振り、今後の任務の整理を検めて行った。

「ゼルヴァルトさんが行くなら、アタシもご一緒したいです!!」

「ローズは副隊長代理として、隊長をサポートしてくれ」

「えぇ~! そんなぁ~」落胆した様に彼女は肩を落とし、ランドール隊長の顔を見る。

「不服か?」隊長は咳ばらいと共にローズを睨んだ。

「はい、不服です!」

「そのハッキリした態度、嫌いじゃないよ」



 その後、ゼルヴァルトは夜中の内に馬を奔らせ、数日のうちにトラウド国に入国し、ゴルバリア砦攻略作戦本部のある陣地へと入った。

 そこには、黒勇隊の4番隊隊士たちや傭兵たちの指揮をとる隊長代理が肩を落としていた。

「ラト副た、じゃなく隊長代理殿! ゼルヴァルト殿をお連れしました!」

「……おぉ! 1番隊の皆さんのご到着か! これで一安心だ……」ガチャンと音を立てて気が抜けた様に座り込む。

「いえ、応援は取り合えず、彼だけです。1番隊の皆さんは遅れて到着の予定です!」

「なに? そ、そうなのか……あ、失礼しました! 私は4番隊副隊長、現在は隊長代理のラトと申します……」と、ゼルヴァルトに向き直り、敬礼をする。彼は数日、ろくに眠っておらず慣れない指揮を執り、疲れ切っていた。

 このゴルバリア砦攻略には1年もかかっており、最初は隣国アメロスタの兵隊を使って攻撃を仕掛けていたが、この国はトラウドと仲が良く、やる気がなかった。

 その為、攻めあぐねていた所を4番隊の者達が呼ばれ、本格的な砦攻略が始まった。

 しかしそこへ、砦の大将ヴィントスが単騎で現れ、4番隊隊長に一騎打ちを申し出る。それに答えた隊長は、果敢に剣を掲げたが、一撃のもとに玉砕したのだった。

「ヴィントスは名槍『無鉄』で、ウチの隊長を真っ二つに……あれを見て、傭兵団やうちの者は委縮し、士気は最悪……背後で控えているアメロスタ国に至っては、不甲斐ない俺を見て戦う気ゼロ……」ラトは弱ったように頭を抱え、小さく唸った。

 そんな彼を見て、ゼルヴァルトは腕を組んで小さく頷いた。

「……とにかく、指揮権を私に譲ってくれないか? あの砦の事は、私が良く知っている」

「本当ですか! ありがとうございます!! いやぁ~ 元々俺は隊長なんかできる器じゃないんですよ……なんでも言ってください!」息を吹き返したように胸を張るラト。

「そうか……早速、隊士と傭兵団のリーダーを呼んでくれ。作戦会議だ」

「はっ! それにしても、なぜあの砦の事を知っているんです?」ラトが問うと、ゼルヴァルトは小さく俯き、目を瞑った。

「……ここは私の故郷なんだ……」



 太陽が天辺に来る頃、会議が始まる。ゼルヴァルトは会議テントの中央で腕を組み、集まった者達を見た。4番隊の者達はゼルヴァルトの事を知って息を吹き返した様に胸を張り、気合を入れていた。傭兵団のリーダーは最初からやる気がないのか、鼻くそを穿ってそっぽを向いていた。

「……あの傭兵はどこで雇った?」ゼルヴァルトは呆れた様にラトに問うた。

「近場の一番安い連中を……」

「こういう時は、惜しみなく金を使うものだぞ」と、卓上に図面を広げる。そこには砦の内部構造、そして抜け道が記されていた。ここに来る道中、彼が書いた物だった。

「砦は山を背にして建てられている。山道に抜け穴があり、そこから物資を運び込んでいる。恐らく、アメロスタの者が支援をしているのだろう……放っておけば何年でもこの砦は持ちこたえるだろう……」と、滑らかに口にするゼルヴァルト。

「では、早速この抜け穴を潰して……」ラトが勇んで言うと、ゼルヴァルトが首を振った。

「ヴィントスはクラス3の大地使いだ。何度抜け穴を潰しても、いくらでも作れる。侵入しようとしても、勘付かれて向こうから潰しに来るだろう」

「では、どうすれば?」

「物資を運び込もうとするアメロスタ側を妨害すればいい。アメロスタはバルバロンの属国だ。一度証拠を掴んで指摘してやれば、2度と支援はしないだろう。だが、他の国も手を貸している可能性がある。調べてくれ」ゼルヴァルトはそこまで言うと、席を立った。

「……で、この砦をどう攻めるんだ?」傭兵団のリーダーがやる気のない声を上げる。

 この砦は正面からでは歯が立たないほどの迎撃兵器を搭載していた。速攻で砦を制圧するには、司令官を討つのが手っ取り早かった。故に、4番隊の隊長は一騎打ちの誘いに乗り、敗れたのである。

「まさか、持久戦って言うんじゃないよな? 補給を絶っても、あと半年かそれ以上は持つんじゃないか? ま、その分の報酬を貰えればそれでいいんだが」

「その心配は無用だ」ゼルヴァルトは目を尖らせ、殺気を漏らした。

「一体どうするんですか?」

「私が、一騎打ちを申し出る」ゼルヴァルトは鞘を握って音を鳴らした。


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