18.勇者の時代の最期 前篇
数日後、ゼルヴァルトは部下を連れず、単身でジャレッドが制圧した砦へと向かった。殺気立った兵たちが各々の得物を彼に向け、牙を剥いて「何用だ!」と、まばらに吠えた。
彼は黙って相手方のボスが来るのを、腕を組んだまま待った。
しばらくして砦の奥から禍々しい殺気が現れる。周囲の兵たちとは比べ物にならず、野性的な鋭い殺気だった。
「よぉ、来たか! ゼルヴァルト」酒瓶を呷りながら元黒勇隊総隊長であり、この反魔王軍の総大将でもあるジャレッドが姿を見せる。
彼は普段と変わらない態度でゼルヴァルトに接し、あっさりと司令官室まで招き入れる。周囲の兵たちは黒勇隊4番隊隊長であるゼルヴァルトの事を必要以上に警戒し、目を鋭くさせた。
「お前らじゃ無理だ。そんな暇があったら、周囲を警戒しろ! 魔王軍がいつ攻めてくるかわからないからな!」彼は周囲が震えるほどの大きな喝を入れ、指令室の扉を閉じた。
ジャレッドは座り心地の良さそうな司令官の椅子に深々と座り、脚を組んで酒を呷った。
「ここの前の主人は、いい趣味をしていたようだな。中々、居心地がいいぜ」と、高級素材で出来た机に足を乗せる。
「ここの兵たちは……中々優秀だな。流石、貴方が集めた最後の勇者達だ」部屋の窓から砦内を見回し、戦の準備を進める兵たちを眺めた。
「あぁ……そして……これで『勇者の時代』は終わりだな。俺はこの大陸……いや、全国で潜伏していた勇者たちを集めた。どちらに転ぼうと、これで全てが決まる。ま、お前も呑めや」
「……」ゼルヴァルトは勧められるままにグラスを取り、素直に酒を呷った。
「で? お前はどうする気だ? 俺たちと一緒に暴れる気で来たのか?」
「……いえ、私は……見届けに来たのです。勇者の時代の最期を」熱い液体を流し込み、ジャレッドの目の奥を見た。
「そうか……お前は最後まで参加しないんだな」ジャレッドもグラスに注いで煽り、納得する様に鼻でため息を吐いた。
「魔王と戦い続けるには、継ぐ者がいなくては……戦いを見届け、意志を継ぐ者が」
「そうか……ふっ」ジャレッドは真面目な彼の顔を見て、肩を揺らして笑う。
「何が可笑しいんですか?」
「いや……そう言えば、俺たちはまだ、一度も手合わせをしていなかったな」ジャレッドは椅子から腰を上げ、背筋を伸ばして彼の前に立った。
「手合わせをする必要が無かったと言いますか……そんな余裕があるのですか?」ゼルヴァルトはこうなるのを予想していたのか、微笑を浮かべながら席を立った。
「砦の裏に、いい広場がある」ジャレッドは指で合図し、獣気に近い殺気を滲ませた。
砦裏の切り開かれた森の広場に2人がやってくる。ジャレッドは愛剣であるロングソードを肩に担ぎ、指の骨を鳴らした。
ゼルヴァルトは珍しく黒鎧は纏わず、身軽な私服のまま剣を構え、相手を見据える。
「加減はナシで?」ジャレッドの覚悟を汲んだゼルヴァルトが、あえて問う。
「もちろんだ。例え即死級の重傷を負っても、ホワイティ・バールマン特製のヒールウォーターがあるんでな」
「命を削る粗悪品で有名な?」ホワイティ曰く、そのヒールウォーターは未完成品の駄作であった。だが、それでも「神薬だ!」と、使う者が後を絶たないので、渋々量産を続けていた。
「俺たちには丁度いいだろ? さて……」
その瞬間、ジャレッドの帯びていた殺気がピタリと消え失せる。普段の戦闘では、まるで嵐の様に吹き荒れさせていたが、今回はまるで今迄のがウソの様に静まった。
「……まさか、ここで命を賭ける事になるとは……」ゼルヴァルトは剣を握り直し、ジャレッドの上体の動きを注意深く観察する。
「はじめようか?」
ジャレッドはゼルヴァルトの動きには構わず、ズンズンと距離を詰めた。その動きに隙は無く、ゼルヴァルトは珍しく冷や汗を掻いた。
だが、冷静に判断した彼は、ジャレッドの一撃を待った。
その一撃は、大きく片手で振りかぶった横振りだった。ゼルヴァルトはそれを余裕で受け流し、懐へ飛び込む。
それと同時に、ゼルヴァルトの腹部に爆ぜる様な衝撃が襲い掛かる。ジャレッドが最高のタイミングで蹴りを見舞ったのである。
「ぐぁっ!!」
「型にハマった戦い方じゃあ、俺には勝てねぇぜ~」楽しそうに左手でゼルヴァルトの顔を掴み、投げ飛ばす。
投げつけられた先で受け身を取り、首を振って視界を取り戻す。
その次の瞬間、既に間合いの内でジャレッドが剣を振りかぶっていた。
「はっ!!」今度はゼルヴァルトが先に動いていた。相手の攻撃手を斬り上げで躊躇なく切り飛ばす。
「やるねぇ!」だが、ジャレッドは怯まず、斬り飛ばされた右腕には目もくれずに血飛沫を目潰しに浴びせる。
ゼルヴァルトはそれを華麗に避け、更に肘打ちを脇腹へ見舞う。
だが、その一撃は効果が無く、今度は横面に爆ぜる様な衝撃が走る。ジャレッドの左拳が頬にめり込んでいた。
「ぐぉうぁ!!」頬骨が砕け、奥歯が抜け落ちる。
久々の激痛に怯み、態勢を立て直す頃、ジャレッドの左腕にはロングソードが握られていた。
「いいねぇ……お前との本気の殺し合い……始めて出会った頃からこれを望んでいた……最後に願いが叶ってよかった」ジャレッドは嬉しそうに笑い、ここで初めて殺気を吹き荒れさせた。この殺気は砦中に、まるで嵐の様に降り注ぎ、兵たちの間に小さな混乱が生まれる。
この激しい殺気に当てられたゼルヴァルトは、肌をヒリヒリとさせながらも剣を構え直す。髪を逆立たせ、全身の魔力を巡らせて稲妻をのたくらせる。
そして、台風の目に入った様に2人のいる空間だけが無となる。殺気と風が止み、静止した2人が黙って見つめ合う。
「…………」
「…………っ!!」
先に動いたのはジャレッドだった。彼は獣の様に荒々しく、且つ熟練の戦士の様に合理的な一撃を見舞った。フェイントのない、心臓への豪速の突きだった。
それをゼルヴァルトは紙一重で避け、相手の隣を瞬時に奔り抜ける。
「勝負あり、です」ゼルヴァルトは剣を鞘に納め、真っ白な疲労のため息を吐いた。汗を大量に掻き、震えた手で無理やり拳を作る。
「の、様だな……」切り裂かれた胴を押さえ、勢いよく吐血する。
ジャレッドは満足そうに笑い、殺気を収めて懐からヒールウォーターを取り出した。
ジャレッドは先ほどの殺気の嵐を兵たちに上手い事説明し、再び司令官室へと戻った。彼はヒールウォーターですっかり傷を癒していたが、ゼルヴァルトは自前の回復剤を傷に当てていた。
「なぁ、ゼルヴァルト」ジャレッドはどこからか刃渡りの大きいナイフを取り出し、彼に差し出した。
「これは?」
「こいつを……黒勇隊参謀のハーヴェイに渡してくれ」と、持ち手を差し出す。
「……わかった」ゼルヴァルトは丁重に受け取り、ナイフを懐に仕舞う。
その後、2人は沈黙したまま酒を酌み交わした。何を話すでもなく、笑うでもなく、ただ黙って楽し気にグラスを傾ける。
酒瓶が空になったところで、ゼルヴァルトが口を開いた。
「魔王はこの戦いで……ナイトメアソルジャーを動かすつもりだ」
「あぁ、知っている。正直、楽しみだ。あの得体の知れない無敵の軍団相手に、俺たちがどこまでやれるのか……な」
「……そうか……私は伝えよう。その戦いぶりを」と、だけ口にしゼルヴァルトは席を立つ。会釈し、彼は指令室を後にした。
「頼んだぜ……必ず伝えてくれ」ジャレッドはそう言うと、新しい酒瓶を開けてラッパ飲みを始めた。
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