17.決断の時
ローズが目を覚ましたのは、10時間後だった。彼女は連日不眠不休で裏工作に勤しんでいた為、気絶ついでにぐっすり眠ってしまっていた。
「おい、起きろ!」安らかな寝息を立てていたトコロを叩き起こされる。
「んあ? ……ここがウィルガルムの隠れ家?」雷魔法で一瞬で起きたての鈍い頭をスッキリと冴えさせる。
「隠れ家、と言うより堂々とした仕事場だ」ウィルガルム機甲団の隊員が答える。
ここはバルバロンではなく、ウィルガルムが仕切る国『アークゲルム』だった。首都の中心でそびえ立つアーセナルタワーの上部に彼女は連れ込まれていた。
「よくこんな所まで……ご苦労さん」
彼女は特別、拘束されていなければ、魔封じの手錠をかけられてもおらず、まるで客人の様に持て成されていた。だが、彼女の座る椅子の両脇には機甲団隊員が殺気を殺して立っていた。
「で? アタシに何のようなワケ?」
「しばらく待っていろ。あのお方は忙しいのでな」と、彼女の前のテーブルにティーセットが用意され、淹れたての紅茶と焼きたてのクッキーが置かれた。ふんわりとした湯気がローズの鼻をくすぐる。ここ最近、彼女は余裕のあるティータイムを過ごしていなかった。
「……ありがたくいただきます」と、一口啜る。「んまぁい」頬を緩め、喉をゴクリと鳴らす。
しばらくすると、部屋の外から地響きが鳴る。部屋に近づくほど音と揺れが激しくなる。しかしドアは音もなくゆっくりと開いた。
「おう、お前が1番隊ん所のローズか。始めまして、俺がウィルガルムだ」彼は室内だというのに、巨大な鎧を身に付けており、そこかしこから小気味の良い音を鳴らしていた。
「ウィルガルムって、魔王の右腕って呼ばれている?! まさかとは思ったけど、本当に貴方が……」彼女は心底驚き、もう一口紅茶を啜った。
彼女はよくてもウィルガルム機甲団の隊長辺りが来るのだと、予想していた。目の前の彼はこの国の王の様な存在であり、この大陸のナンバー2といってもいい存在であった。
「そう呼ぶのはやめてくれ。嫌いなんだよ、右腕って呼ばれるの」
「す、すいません……で、アタシに何の用ですか?」あまりの大物を相手に、つい畏まるローズ。
ウィルガルムは新しく用意された紅茶を飲み、一息つく。
「俺にいたぶる趣味は無いから、用件だけ言おう。今から、お前に俺直々で仕事を依頼する。ぼちぼち重要だから、よく聞いてくれ」
「……その、仕事はいいんですけど、『いたぶる趣味』とはどういう意味です?」
「聞きたいのか?」紅茶を飲む動作ひとつひとつに大きな音が鳴る。
ウィルガルムが合図をすると、機甲団隊員が分厚い書類束を彼女の前にドンと置く。ローズがそれに手を取り、捲っていくとどんどん血の気が引いていった。
そこには、ジャレッド達の反乱に関する計画や、今迄のローズの裏工作などが事細かに記されていた。
「あまり魔王軍を甘く見ないでほしいな」ウィルガルムはゴーグルの音を鳴らし、ローズの体温や心拍数を調査する。
書類を読み進めると、更にローズの知らなかった計画までが書き綴られていた。そこには反乱のその先の事まで書かれており、このまま成功すれば、バルバロンを転覆できるとまで書かれていた。
しかし、全ては魔王軍に、ウィルガルムにばれているのだった。
ローズは息を呑み、眼前のウィルガルムに震えた瞳を向けた。
「アタシはどうなるのかな?」少しとはいえ、ローズは反乱に加担していた。普通なら除隊どころか処刑されてもおかしくは無かった。
「だから言っただろ? いたぶる趣味はないって。お前に対してお咎めはナシだ。それどころか、お前は今回の行動で有能であると証明したんだ。そんなお前には、もっとふさわしい仕事を宛がうのが最善だろう?」
「……そ、そうなの……で、その仕事というのは?」
ウィルガルムは彼女に、西大陸のグレイスタンへ向かうようにといい、更にもう一束の資料を手渡した。そこには、風の賢者と呼ばれるブリザルドの計画が事細かに記されていた。グレイスタン乗っ取り、諸国の火種弄り、大戦の渦の操作、そして聖地ククリスの支配まで計画されていた。その先に、ブリザルドの野望についてまで書かれていた。
そして最後に、彼を裏でサポートしながら監視せよ、と書かれていた。
「こんな仕事を、アタシに?」
「不服か?」声にドスを効かせるウィルガルム。
ローズは背骨を掴まれた様に身体を震わせ、首を振り、この仕事を受けると頷いた。
「よろしい。では、早速行ってもらう。荷作りはすでに、こちらで済ませてある」
「済ませてある?」訝し気にローズが口にすると、隊員が彼女の隣に鞄を置いた。
「必要なものは全て揃っている。さ、着いて来てもらおう」隊員が冷たく口にし、ドアの方まで来るように促す。
「……は、はい……」余りの手際の良さ、情報収取能力、そして彼自身の凄みに押され、ローズは意気消沈していた。
その後、ローズはウィルガルムが作った飛空艇、ガルムドラグーンに乗せられ、今夜の内にグレイスタンへと飛び立っていった。
彼女は飛空艇に乗るのは初めてであり、普段なら目を丸くしてはしゃぐところではあったが、今の彼女は気落ちしており、まるで牢にでも入れられているかのようなテンションだった。
「ゼルヴァルトさん……」彼女は目を強く瞑り、座ったまま俯いた。
そんな彼女をよそに、飛空艇ガルムドラグーンは西の夜空の向こうへと、轟と飛んでいった。
タワーの頂上で、自分の愛機を眺めながらウィルガルムは重くため息を吐いた。
「本当にウチの魔王は甘いなぁ……裏切者を処罰せず、上手い事転がすのか……いつか、そんな性格が裏目にでるぞ」と、丸太の様に太い腕を組む。
「そんな彼をサポートするのが、貴方の仕事でしょ?」彼の隣には、ナイアが立っていた。
実は、あの分厚い資料は全て、彼女が用意したモノだった。
そんなナイアの前にウィルガルムが向き直り、わざわざ腰を折って彼女の瞳を覗き込む。
「お前から一番裏切り者の臭いがするんだがなぁ……気のせいかな?」
「変な事を言わないでよ。それに、アタシは魔王軍の人間じゃないわよ?」と、不敵に笑って見せる。
「それは、いつか俺たちに牙を剥くって事かな?」
「まだ、その気はないから安心しなさい」全身に兵器を搭載した大鎧の巨人を目の前にしても、彼女はなんら弱味を見せずに余裕たっぷりに笑って見せ、彼の生身である右手を抓った。
「いてっ!! ったく……ウチの魔王もそうみたいだが……俺もお前が苦手だ」
それから数日後。
ジャレッドが己の黒勇隊の隊員数名を連れ、用意していた勇者の残党たちと合流し、そのままバルバロン国内の砦を日中の間にあっという間に制圧。その近場に用意してあった物資や兵器を運び入れ、更にかき集めていた兵隊たちを招集し、反魔王軍の狼煙を上げる。
流れる様に半日で、あっという間に3000の兵力を纏め上げたジャレッドは、そこから勢いを増してもうひとつの砦を陥落させ、徐々に意気消沈していた勇者たちを集めていき、兵力を増強させていく。
そんな彼を見て、黒勇隊の者が少しずつ隊を抜けてジャレッドに合流していく。
ここまでは彼の計画通りであった。
そんな彼の活躍を聞き、ゼルヴァルトは揺れ動いていた。彼もこの反乱に合流したくてウズウズしていたが、それでも彼は動くまいと首を振った。
「魔王様からの指令が届きました」副隊長のラトが彼のテントにやって来る。
手渡された指令書を開き、命令を予測しながら目を通した。彼はそこに、『ジャレッドの軍を鎮圧せよ』と書かれていると予想していた。
しかし、実際は違った。
そこには『自分で決めるがいい』とだけ書かれていた。
「……っ!?」ゼルヴァルトは息を詰まらせ、呼吸を乱した。
「……どうしました?」
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