16.転がった先
「あなたは確か……ナイア?」ローズは胡散臭い人間を見る様な目を向ける。彼女はナイアの事はある程度知っていた。魔王の元で情報提供をする、別の勢力の女。何度か会った事はあったが、こうして話すのは初めてだった。
「バーから出てきたのに、全然酔っているようには見えないわね……いや、何かに悪酔いしている様子ね」ローズの中で渦巻く物を見透かす様に口にし、怪しく紅い唇を緩めた。
「いきなり何? 余計なお世話よ!」ローズは瞳に雷光を蓄え、不機嫌な音を鳴らす。
「あらあら、穏やかじゃないわね……」
ローズは虫の居所が悪く、そしてあまり好きでないタイプの人間に揶揄われている気分になり、殺気を滲ませた。
「まぁまぁ、喧嘩を売りに来たわけじゃないんだけどな……」
「だったら今すぐ消えて!! 今、アタシはアンタみたいな奴と関わっている余裕はないのよ!!」更に威嚇する様に放電し、顔を険しく顰める。
「そうね、余裕がないわよねぇ……自分の手では持て余しちゃうモノを掴んじゃうと」ナイアは臆することなくローズの間合いに歩み寄る。
「なに?!」
「貴女……情報の転がし方がわからない様ね……ねぇ? どうすれば貴女の持つモノを上手く扱えるようになるか、教えて欲しくなぁい?」
「な、何の事?!」全てを見透かすようなナイアに向かって強がるような態度をとる。
「貴女の事は全部御見通しよ、ローズちゃん♪」ナイアはスルリとローズの間合いの内に入り込み、背後に立つ。
ローズは背筋に冷たいモノが流れるのを感じ、唾を飲み込む。
ナイアは獲物をいたぶる猫の様に、ローズが今迄やってきた潜入行動、そして掴んだ情報を言い当て、得意げな顔を向けた。
「……くっ……」ローズは悔し気に歯を剥きだし、ナイアのにやけた瞳を睨んだ。
「安心して、魔王に告げ口はしないから……アドバイスしてあげようと思ってさ」
「?」
「いい? 情報の転がし方ってのはね……」
それから一週間後。ゼルヴァルトのいる拠点にローズがやってくる。
彼女は彼に会うや『2人きりで話したい』とだけ言い、強引に彼の腕を引っ張ってテントへと連れ込んだ。
「強引だな。どうしたんだ、ローズ?」彼は訝し気に唸り、彼女の難しそうにしている瞳を見た。
「ゼルヴァルトさん……その……とんでもない事をやっちゃったかも……」ローズは気まずそうに口を渋くさせる。
「なんだそれは? 詳しく話してくれ」
彼が問うと、彼女はゆっくりとこの一週間やってきた事を話した。
まず、彼女はジャレッドの所から得た情報を、なんとバルバロンに散らばる元勇者達、引退者、魔王をよろしく思っていない者達に送ったと言った。この元勇者達の情報は、ローズが独自に調べて得たものだった。
「な……」胸を押さえ、喉を詰まらせるゼルヴァルト。
「その人たちの殆どは、どうすると思いますか?」
「決まっているだろう!! 参加するに決まっている!!」
彼は珍しく怒鳴り、兜の下の素顔を真っ赤に染めた。
ローズは目頭を熱くさせながらも、気安く謝るような事はせず、拳を握りしめて彼の目を見た。
「でも、アタシも元勇者! ゼルヴァルトさんだってそうでしょう!? こんな機を逃して何が勇者ですか!! 今こそ、今こそアタシ達は……」
ローズは前に出ながら大声で口にしたが、ゼルヴァルトはゆっくりと彼女の口を押えた。
「大声でそんな事をいうな……くそ、そう言う事か、ジャレッドめ……」
「どういう事です?」
ゼルヴァルトは勘ではあったが、ジャレッドの思惑について彼女に語った。
自分を炊き付け、戦力増強を図ったのだと。自分の近くには便利に動くローズという存在がいることも計算に入れ、そして情報を思うように転がさせる。
全てジャレッドの計画通りなのである。そうゼルヴァルトは確信した。
「そして、私が参加すれば……恐らく黒勇隊全員が反旗を翻す事になる」
これは己の自信からくる予想ではなく、確実な事実であった。
まず、ジャレッドが反乱を起こせば、黒勇隊の半数がついていく。そこへ、黒勇隊で多大な実績を残し、英雄の様に慕われるゼルヴァルトがそこへ加われば、確実に残りの者達が反旗を翻す。
更に、この事実が国中へ広まれば、反魔王を掲げる国、納得していない属国たちがこれを機に次々と立ち上がり、北大陸で大戦が勃発するのである。
「そうそう! ……そうなれば魔王を!」
「そんなに簡単にいくと思うか?」ゼルヴァルトは重々しく口にした。
彼曰く、もし上手く魔王包囲網を作りだせたとしても、全ては無駄に終わってしまうと予想した。
「何故です?! これは魔王を倒せる、またとないチャンスなんですよ!!」
「お前は、魔王を知らない……」
ゼルヴァルトは、魔王の玉座に辿り着き、顔を突き合わせた勇者であった。
彼はその時に魔王の本当の強さ、恐ろしさを知った。そして、黒勇隊に入って、魔王軍の圧倒的軍事力、規模、そして謎を目の当たりにした。
彼はこれにより『二度と魔王には歯向かわない』とまでは言わないが、例えチャンスがあってもそれに簡単に飛びつかないと誓っていた。
故に、トラウド国が反乱を起こした時も、彼はそれには参加せずに、それを鎮圧した。
しかし、彼の心情は、機があればそれに参加し、魔王を討ち取りたいと今でも思っていた。
そんな彼でも、今回の大規模な反乱に勝機はないと考えていた。
「なぜ、勝機がないと?」ローズは教えを乞うように口にした。
「……俺たちは、魔王軍に身を置きながらも、まだ魔王軍の強さの本質を知らない……」
黒勇隊は魔王軍から様々な支援を得ていた。更に新兵器のテスト運用なども頼まれ、その度に魔王軍の兵器開発力には驚かされていた。
しかし、まだ『無属性』や『ナイトメアソルジャー』、『闇属性』の正体を知らなかった。
「私たちの手の内の殆どを魔王は握っている。だが、我々は何も握れていない……勝ち目なんてあったもんじゃないぞ」
「それでも、勇者にはやらなきゃならない時が……」
「勇者は簡単に命を投げ出す事はしない!!」
ゼルヴァルトは彼女を腹から怒鳴りつけた。
「う……アタシは参加したいです……この反乱に!!」負けじとローズも大声を出し、涙を一筋流す。
その後、2人は沈黙し、やがてローズは去り際の挨拶も残さず踵を返してテントから出て行った。
「ゼルヴァルトさんはただ臆病なだけだ!! 見損なったよ……」ローズは独り言をブツブツと垂れながら黒勇隊本部へと向かっていた。ジャレッドに自分も反乱に参加すると宣言するつもりであった。
すると、彼女の背後に何か冷たい気配が叩いた。
「誰?」振り返ると、そこには黒勇隊とは違った身軽そうな鎧を身に付けた者が2人立っていた。彼の体内から、何かが小刻みに動くような音が耳障りに鳴っていた。
「我々はウィルガルム機甲団だ。大人しくついて来てもらおうか」
「断ったら?」威嚇する様に目を尖らせるローズ。
「そんな選択肢はない」
その瞬間、1人が彼女の間合いにスルリと入り込み、凄まじい威力のボディブローを喰らわせた。その一撃は真芯へと響き、彼女の意識が深く沈んでいく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます