15.ローズ・ザ・スパイ

 バルバロン国内、黒勇隊本部。

 ローズは堂々と笑顔で本部の門を潜り、隊員たちに挨拶しながら奥へと進んでいった。

「本日はどんな御用で? 休暇のご様子ですが?」ひとりが訝し気な声を出しながら彼女に近づいた。

 黒勇隊は仕事中、皆が皆、黒甲冑に黒兜で身を包み、フルフェイスマスクで素顔を隠していた。ローズは彼が言う通り、長期休暇を取っている為、素顔の私服姿であった。彼女は他の隊員の様に素性を隠す事に拘ってはいない為、兵器で素顔を晒していた。

「休暇だからこそ、ここに来てみたんだよね~ だってアタシ、本部にはあまり来たことが無いからさ。いざ緊急事態になった時、本部内がどうなっているのかって知りたいしね」

「そんな事は起こらないでしょうが……まぁ、賢明ですね」

「ここら辺、適当にブラブラしてるから。何かあれば呼んでね」と、ローズは手を振りながら適当に近くを通りがかる隊員に愛想を振りまきながら、本部の奥へと進んでいった。

 この本部は広く、各セクションで入室許可のいる部屋がいくつもあった。彼女は1番隊副隊長であり、ここ6年であらゆる功績を上げ、名を上げていた為、殆どの部屋へ入る権限があった。

 しかし、そんな彼女でも未分類の重要機密情報が集まる保管室へはいる事は許されていなかった。入れるのは総隊長と一部の上層部の人間のみであった。

「さてさて……」ローズは本部内で保管部屋に入れる者をさりげなく探し、視線に入らない様に背後から近づき、魔力を込めた指を首筋に押し付けて気絶させる。

 彼女は現在、1番隊で副隊長の仕事の他に、情報収集やスパイなどを進んで行っていた。彼女はこういった仕事が得意であり、他の隊員よりも上手く立ち回れた。

「マジックキーか……」

 マジックキーとは、持ち主の魔力の認証が必要であり、鍵穴にその人物が一定量の魔力を流し込む必要であった。

つまり、赤の他人がカギを使っても開く事が出来ないのである。

「ふふ~ん」ローズは自慢げに懐から魔力抽出機を取り出し、気絶させた隊員の首筋から魔力を僅かに抜き取る。

 それにマジックキーを差し込み、スイッチを入れる。これを使う事により、鍵穴を騙す事が出来た。彼女のスパイ道具のひとつである。

 ローズは気絶させた隊員をトイレに隠し、彼女は自信満々な足取りで保管庫へ向かった。

自分は入れて至極当然、といった振る舞いで向かい、鍵穴にマジックキーを差し込む。いとも簡単に頑丈なドアは開き、彼女は吸い込まれる様に室内へと入った。

「さて、急がなきゃね」慣れた手つきで資料、情報に目を通し、頭の中へ書き込んでいく。

 ここに溜まった情報は全て整頓前であり、魔王軍に都合の悪いモノまで全て書かれていた。ここでジャレッドらが情報資料を編集し、各支部の黒勇隊へと送るのである。

「……ま、すぐに欲しいモノは見つからないか……」彼女は雷眼で素早く次から次へと資料を速読し、ゼルヴァルトの言った謀反に関係する情報を漁った。

「ここには無いか? 総隊長の私室とかかな?」と、部屋の奥にある整理されたファイルを手に取る。それは既に間引かれた情報ではあるが、世間や黒勇隊には出回ることの無い重要な情報であった。

「……これか?」ローズの雷眼が稲妻をのたくらせ、跳ねる様な音を立てる。

 そこには、選りすぐりの勇者たちの潜伏場所が記されていた。そこに送った武器、馬、食糧などの量、進軍方法、バルバロンを攻める順序などが事細かに書かれていた。

「これが総隊長の計画?」ローズは首を捻り、悩む様に唸った。

 読むだけなら、そしてこの通りに攻めるだけなら、ただならぬ計画ではあった。

 しかし、相手は魔王である。

 この通りに上手く行く筈はなく、ローズの目から見ても浅はかな計画に映った。

「……ん~ もっと情報が欲しいな」

 


 その後、ローズは気絶させた隊員の首筋の火傷をヒールウォーターで治療し、鍵を返して潜入の痕跡を消した。

 彼女が保管庫に入っていた時間はほんの数分であり、彼女の行為に気付く隊員は殆どいなかった。

「よぉ、ジェシー」殺気を抑えていたジャレッドが突然現れ、ローズの肩を背後からむんずと掴んだ。

「おわっ!! その名前で呼ぶのはやめてください」虚を突かれたが、心底驚いたリアクションはみせず、怪しまれない様細心の注意を払いながら彼の挨拶に応えるローズ。彼女は表情を少しも引き攣らせることなく、彼の殺気に応えた。

「流石、少しの間だけゼルヴァルトの下にいただけあるな。俺の殺気を正面から受け止めるとはな。ランドールはどうしている?」彼は世間話をする様子で彼女に話しかけ、愉快そうに笑いながら酒を呷った。

 ローズは自分の先ほどの行動を悟られない様、慎重かつ大胆に彼との会話を楽しみ、無事本部の門を潜って後にした。本部から10キロ程離れるまで彼女は気を抜かなかった。

誰の視線も気配も感じなくなると同時に、冷や汗をどっと掻き、目を剥きながら荒く呼吸を繰り返した。

「はぁっ……はぁっ……あぁ……疲れた……ジャレッド総隊長はハンパ無いなぁ……」本部の方角を忌々しそうに睨み付け、落ち着きを取り戻すために深呼吸をする。

「しかし……あんな計画を立てているなんて……謀反は本気なのかな? それとも……」彼女は情報を裏取りする為、ジャレッドが目をかけている勇者のいる地方へと駆けて行った。



「ゼルヴァルト……早速、反応しやがったな」ローズを遠目で見送った後に、ジャレッドは楽しそうに笑いながら酒瓶を傾けた。

 その隣で、いつの間にか本部を訪問していたナイアがため息を吐く。

「ゼルヴァルトはともかく、あの娘は大丈夫なの? ジェシーだっけ? 上手く動くのかしら……ま、これは貴方の計画ですから、別にいいんだけど」

「あの女なら上手く立ち回るだろう。ここ数年でスパイの腕を上達させている。恐らく、ここで得た情報の裏取りにでも向かったんだろうぜ。俺の計画を知ったら、次にどう動くか……俺の予想だと……」

「予想だと?」



 裏を取り終え、ローズは唸りながら頬杖を付いていた。

 彼女は今、ファーストシティの酒場にいた。そこでお気に入りのカクテルを注文し、グラスの口を指でなぞりながらため息を吐く。

「こんな情報を掴んで、アタシはどうすればいいんだろう……?」

 彼女は『黒勇隊総隊長、謀反』の確実な情報を掴んでしまい、持て余していた。

 本来なら直ちに魔王に報告し、事態を未然に防ぐことが、魔王に仕える者の使命であった。

 彼女は腐っても元勇者の一向に身を置いていたのである。

 これを機にジャレッドの謀反に、魔王討伐に参加すべきではないかとも考えていた。

 もしこの事をゼルヴァルトに伝えたらどうなるか、と悩み考える。

 彼と共に魔王を討てたら、どんなに名誉な事か。

 彼女は彼に対し尊敬の念を抱き、今迄憧れの目で彼だけを見つめていた。

 しかし、相手は魔王である。

どれだけの戦力を持っているか。個人の戦闘能力は噂でしか聞いたことが無いが、彼には黒勇隊だけでなく多くの有能な部下を従えていた。

この謀反に参加して、本当に魔王を倒せるのか? 勝算はあるのか?

ローズはずっとこの事を悩み続け、カクテルを温くしていた。

例え勝ち目のない戦いでも、勇敢に戦うのが勇者である。彼女はゼルヴァルトと出会うまではそう思っていた。

だが、勝算なく命を簡単に投げ捨てるのはタダの愚か者のやる事である。

今迄、彼女は呆れるほどの自称勇者を狩ってきた故、よく解っていた。

「はぁ……」カウンターに突っ伏し、頭を傾ける。

「彼女、何杯飲んだの?」近場の席の男がローズを指さし、バーテンダーに問う。

「まだ一杯も」と、俯いたままグラスを磨く。

 そのまま彼女は店が閉まるまで考え続け、仕舞にはバーテンダーに追い出されてしまう。

「……どうしよう……」いつになく難しい顔を作り、壁にもたれ掛る。

「どうしたの?」そんな彼女の背後に、ひとりの影がいつの間にか立っていた。

 その影の名は、ナイアだった。

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